第84話 一か八か その2

 ソリトが案内された場所は中央区域で三勇者と聖女二人の式典が行われた場所から右に回った西側にある白い二階建ての大きな屋敷。


 その奥にある部屋へ案内され、ソリトは中へ入る。

 そこにいたのは巨体に感じる程の筋肉質な体と身長二メートルの褐色肌の刈り上げ金髪男だった。その男が着ているスーツは広い肩幅と大きな胸板で今にも破れそうな程に張っているおり、ソリトは一瞬相手の上半身の圧倒的な存在感に目を奪われてしまったという事はない。


 だが、目の前の男とは面識があったのでそこまで驚くことはなかった。


「楽に掛けてくれ」


 その時、ラルスタが中央に備え付けられているソファーに座るよう促され冷静さを取り戻したソリトは、ラルスタの向かい側のソファーに対面するよう座る。

 老人執事がさりげなく紅茶を二人分テーブルに用意して部屋を後にしていった。


「仮面は外してくれても大丈夫だ」

「そう言うって事は俺の事は調査済み、もしくはギルドマスターのカロミオから聞いたって事だな」

「ギルドマスターにこの都市の防衛を一人で任せたい人物がいると言われればその相手について報告してもらわねばならない。ああ、ちなみにその件で彼を責めないでやってくれ」

「いや、一人で都市防衛をするなら話を通すのは当然だ。責めるつもりはない」


 これくらいのリスクは予想範囲のソリト。問題はここから先である。


「それは良かった。さて、面識は先程あったが、自己紹介はまだだったな。私が当代、中央都市アルスを統括しているラルスタ・スタローンだ。宜しく」

「こっちの自己紹介は不要かもしれないが、ソリトだ」


 ラルスタが差し出した手を取り軽く握手を交わしながらソリトも自己紹介をする。


 ラルスタ・スタローン、目の前の男は都市に戻ってくる際に地竜を運ぶ演技をしてもらったカロミオのパーティの一人だった。


 ラルスタは今では都市を統括する会頭の座にいるがその前はこの都市の一商人で旅商人でもあったらしく、カロミオとは商人時代からの仲で旅商売の途中に荷車を盗賊に襲われそうになった時は共に戦ったりもしたという。


 冒険者と共に戦える実力をもった商人という肩書きに信用は別として、ソリトは不思議と親近感が沸いた。


「この都市の防衛、並びに地竜討伐に感謝させて欲しい。ありがとう」

「いや、無理を通してくれたんだ。こちらとしてもその判断に対して相応の意を示すのは当然だ。ただ、地竜に関してはその感謝を受け取っておく。あれは連携を取っていれば勝てた可能性がある相手だったからな。まあそれは良い。ここに呼んだのは単に感謝を述べるだけじゃないのは予想が付いてる」


 ソリトは不遜な笑みをラルスタに向ける。その時、ラルスタが息を呑んだ。


「で?どうするんだ?」


 それは一瞬だったが、見逃さずにソリトは尋ねた。

 相手からすれば全てを見抜かれたような、この状況は仕組まれたように感覚だった事だろう。

 ただ、ラルスタはそんな表情を出していない。

 ソリトも実際は分からない。その一瞬に賭けたブラフ虚勢だ。


 罠である予想が未だソリトの中に存在する。だから、その場合の道を潰す為に虚勢を張った。

 罠ならその選択を取った場合、罠でなくとも間違った選択した場合の結果の末路を想像して慎重に選べという意味を込めた。


「〝我々〟は中立として立たせて貰う事にした」

「へぇ。〝我々、〟って事はそれは会頭以外の幹部の人間達と話し合っての事で良いよな?」

「……そうだ」

「それには個人的な判断も含まれていると判断して良いか?」

「構わない」

「その決断で良いんだな」

「………」

「中立が悪いとは思わない。俺の立場を考えれば当然の決断だ。だが、それが俺に対しての対応か?」


 ソリトは言った。都市防衛の件に関しては無理を通してくれた事に対して相応の意を示すのは当然だと。

 また言った。地竜に〝関して〟は感謝を受け取ると。

 もしソリトが最前線の異変に気付かなかった場合、地竜が都市付近に被害が及んだ可能性は高かった。ソリトが駆け付けた事に対して貸しの一つはあっても良い筈だ。


「別に永続的にと言ってる訳じゃない。一回限りの情報収集で構わない。だがもしそれでクレセント王国に目をつけられたならその時は俺の責任だ。その場合は俺に脅されたからとでも適当な理由で擦り付けてもらって構わない」


 現状、クレセント王国から仕掛けてくることは何も無い。国境の検問が強化されていたがそれだけだ。それは国境を越えれば手出しが困難になっているからだろう。

 だが、もしどの国からも敵認定されることがあればクレセント王国のクズ愚王は捕らえようとする筈だ。


 聖剣の件もある。他国に支援要請でも掛けて大々的にすれば国民を不安に煽る事となる。捜索している場合、秘密裏に行っている事だろう。

 その目星として自分に的を定めているのは明確に近いとソリトは考えている。


「勿論これは誓約書を書いた上で互いに同意する事が一つ条件だ」


 ある程度のメリットは提示した。誓約書もその一つだ。脅されて書かされたとでも言っておけば擦り付ける事など簡単だ。


 ただ、ブラフや駆け引き、こと賭け事に関してソリトは素人だ。

 だからこそ、手札を多めに持ちカロミオに無理を通すようにした。結果的に予想外な後ろ楯があることを知った。

 これが通らなければ打つ術が無くなる。


「それは確かだな」

「ああ。俺だって事は穏便に済ませたい。同族同士で争うのは魔族に隙を与える事になる。早急に事を沈黙させるべきだ」


 冤罪を晴らすと決めたのなら余り敵に回すのではなく、逆に少しでも多く味方に付ける方が最短善手だと都市滞在中にソリトは思った。


「一つだけ本心を聞かせてくれ。冤罪が晴れたら君は勇者としてまた動くのか」


 問われたことに対して本心で語るか迷ったが、ここは本心を語った方が良いかもしれないと思い、ソリトは本心で語る。


「俺は俺の目的の為に動く。結果や過程に人類救済が世界救済が必要ならやってやる。それが目的に繋がるのならな。だが、それを邪魔する奴がいるなら、人間だろうと亜人だろうと俺にとっては敵だ」


 それが聖女であっても。この場にルティアがいればそれを聞いた時、どんな反応をしただろうか。

 何故ルティアを気に掛けるようなことをと疑問を抱きながら、ふと浮かんだ言葉をソリトは頭を軽く振って祓う。


 何故ラルスタが突然そんな事を言ったのか。条件を呑むかの判断材料にするつもりなのだろうとは思っているが、何故それだったのかという疑問が頭の中に残ったままソリトはラルスタに尋ねる。


「じゃあ、あんたの答えを聞こうか?」

「君の条件を呑もう」


 正直言って、余り納得しにくい答えというのがソリトの感想。

 決めては最後に語った本心なのだろう。敵に回すのを恐れたのか、それは分からない。

 今は様子を窺うしか無いのかもしれない。


「なら、早速で悪いが誓約書のせ……」

 〈マスターさん!〉


 タイミングが悪い。あと少しで終わる所に来た聖槍からの呼び掛けに内心頭を少し抱えたくなるのをソリトはこらえ、舌打ちで済ます。


「制作を頼む。それと紅茶を飲んで良いか?」

「ああ、飲んでくれ。冷めてしまっているだろうが、それでもセバスの紅茶は格別だ」


 ラルスタの薦めるセバスというあの老人執事の紅茶を時間稼ぎに聖槍に返事をする。


 〈動いたか?〉

 〈う、動いたかじゃないッス。早く、早く来て欲しいッス!〉

 〈聖槍、落ち着け。用途、確り話す。でないとマスターも困る〉

 〈むむ無理ッス。早くしないと聖女様が!〉


 その言葉を聞き、ソリトはテーブルをバンッ!と強く叩いて立ち上がる。


「どうかしたか?」

「……悪いが急用が出来た。誓約書の制作はしといてくれ、確認は後でする!」


 驚愕と焦燥感による咄嗟の行動は二の次にして、ソリトは地下の部屋を後にして、聖槍との繋がりを辿って屋敷の地下から北側に【影移動】で影の中へ潜り向かった。

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