第82話アルスへの帰還

大変お待たせしました。




 半身も無い姿の三つ首地竜、デュエビィの亡骸の方へ後始末をする為に戻った。とは言っても、解体をここですると持ち帰る面倒が増えるだけなので、都市の近くまで運ぶだけ。本格的に解体をするのは都市の近く。


 ただ、武具の素材として残っている物は鱗と後ろ足の爪のみ。予想外の共鳴解放レゾナリリースを行使したのは間違ってはいなかったものの、結果的に素材を減らしてしまう事にはなった。

 他にも、少なからずソリトが殲滅させた魔物達もいる。ソリトとしては装備を強化するほど困ってはいないので、素材をギルド、もしくは冒険者や都市にいる職人に売り捌く事にした。


「じゅるッ……あ〜」

「おい食うな」


 ドーラが三つ首地竜を喰らおうとしたソリトは命令して止めた。


「うぐぅ〜」


 渋々といった様子で距離を取った所で、ソリトはデュエビィの半身の下に手を入れ、持ち上げていく。

 半身でもそこそこ重いが、以前持ち上げた巨大なブラックウルフより少し重い程度。それはステータスが上昇し続けた結果だ。

 ソリトは自分の頭上に来るよう軽くデュエビィの半身を放り投げ、片手で支えた。その瞬間、地面が重量に耐えられず、ソリトの足下が数センチ程沈んだ。


「ドーラもやるんよー!」

「後にしろ」

「えー」

「ドーラちゃん、逃げることは無いですから後にしましょう」

「はーいやよ……」


 ドーラとルティアは竜車に向かい、ソリトはそのまま荒れすぎた荒野の中を歩いて都市へと向かった。途中、「うちの反応が可笑しいんッスよね」とソリトの背中のホルダーに納められている聖槍が言っていた。何の事なのか理解出来なかったソリトは、また卑屈になられても困ると思い、とりあえず否定しておいた。


「聖女」

「はい」

「カロミオ達を回復させろ」

「良いんですか?」

「カロミオ達だけだ。三勇者の奴等の方は起こすな」


 今意識を戻されても、倒せなかった敵を倒されたと分かって色々と煩くなりそうで、面倒そうであり、仮面は付けているもののソリトとバレる可能性もある。それに残りの二人の勇者がソリトを犯罪者と認識して突っ掛かられても無駄に返り討ちにして時間を食うだけだろう。その点で言えば、裏切りがない限りカロミオが収集をつけてくれるだろう。その為にはどう倒したのかを説明する必要がある


「聖剣、聖槍」

「すみませんッス!うち重たいッスよね!」

「聖槍黙る。あといい加減卑屈止める」

「うるさくて……とにかくすみませんッス!」

「うざい」


 弱腰、否、卑屈腰ひくつごしな聖槍に、普段声色に変化の無い聖剣の平坦な声が、聞き間違いようの無いうんざりした声に変わった。


「それよりもだ。お前らに聞きたいことがある」

「さっきの技?」


 意図を汲み取り尋ねられた事にソリトは頷く。


「謝罪。私も知らない。初めて」

「うちもッス。役立たずですみませんッス〜!」

「卑屈な謝罪、うざい」

「うぅ」

「まずは意識的に自重することだな。それと聖槍、お前に命令だ」




 日が沈み、一体は夜闇の中、中央都市アルスは陽気な声に満たされていた。

 酒場では酒盛りに耽り景気良い大笑いする声、外ではダンスや吟遊詩人等が安らぎと盛り上がりを提供している。


 そんな中、ソリトはこの都市を守る役目も担っている岩の頂上に立ち、穴から家や店から漏れ出るオレンジ色の灯りが照らす都市の静かに上から一望していた。


「マスター、食事集めてきた。食べる?」

「ああ」

「どこも凄い活気」

「一応危機が去ったからな」

「警戒、するべき」

「同感だ」

「だから外の警戒は、他に任せれば良い」

「辛辣だな」


 その意見には再度同感するも、聖剣の言う通りソリトは警戒している。ただ、それは都市の人間の為ではない。

 例えば、鍛冶師が名工と言える力作を鍛えたする。それを買い手に一日で叩き折られればどんな心情になるだろうか。

 ソリトが今こうして都市を守る岩の頂上にいる理由も似たものだ。望んで提示した条件での事とはいえ、一人で大群から防衛して殲滅させたのに、気が緩んでいて襲撃を受けましたとなれば、防衛した意味はあったのだろうかとなるのは明確。


 ただ、ここに来た理由は半分でしかない。


 都市へと戻る途中、目を覚ましたカロミオ一行に聖剣と聖槍の能力行使を伏せてデュエビィを倒した戦況を話した。そして、カロミオ達にはその戦況を元に話を合わせてもらい、アルス市民には三勇者一行が倒したと、冒険者や兵士達には一部伏せた真実を話し、それを隠す様に言った。別に助ける義理も無いのだが、善評の高い者、それも勇者が悪評のドン底に落ちればどうなるだろうか。

 ソリトはそれを良く実感している。唯に今はなるべく目立たないようにする為に隠れ蓑としても利用させてもらうのだ。

 考えるようになったのは封印されていた魔王四将ルミノスの時だ。その為にもやはり【天秤の聖女】の力が必須となる。


 アルスの市民に伝えないようにしたのは不安を煽らせないため。三勇者が負けたとなれば、アルスだけでく近い内に他の国の人間にも勇者は勝てるのかという不安が感染するだろう。

 そうなった場合、【天秤の聖女】の情報収集が行き詰まる結果になる可能性と三勇者、特にクロンズが接触して来て難癖を付けられないよう考慮しての決断だ。


 そうして、ソリトは幻影魔法で姿を隠し、カロミオ達が運んでいるように見えるように歩ける程度に力を抜いて戻ってきた。

 その瞬間、突如としてソリト達は冒険者や兵士達に囲むように集まってきた。

 その原因はソリト、つまり仮面の人間がたった一人で大群を壊滅させた事を【守護の聖女】リーチェが話した事。そして、発端は各門の防衛する冒険者達を代表して、各門から二人ずつ様子を見に来た事だった。

予定通り三勇者一行が魔族をそして突如出現した地竜を倒した事をカロミオが言ったが、仮面の人間の功績が霞むことはなく、三勇者一行、そしてルティアとカロミオ一行と同じ英雄的存在になってしまった。

 これは大きな失態だった。一人で壊滅という目立つ行動をしたことではない。リーチェに口止めをし忘れた事が、である。姿を消していたのでなんとか逃れることができたが、仮面の人間はルティアの護衛という事にしている為、知られるのも時間の問題かもしれない。


 そして、その冒険者と兵士達に真実を伝えてもらうのは逆に不安を煽っての士気の向上。勇者達だけに任せてはいけない。自分達でも対抗出来るくらいの力をつけなければならないと意識をつけさせること。

 敵対する場合、少々面倒になってしまう可能性があるが、それ止まりだと思っている。格下だからと舐めていては足下をすくわれるのはクロンズとの決闘で知ることができた。


「とりあえず飯を……なんだそれ」

「オードブル」

「お前は残飯という物を知ってるか」

「人の食べ残しを適当に混ぜて作られた通り物。こっちは効率を考えて一皿に色んな〝料理〟を詰め込んだだけ」


 外と内に気を張り続けるのも疲れるので少し休憩を思った瞬間、見たものを尋ねると聖剣が両手で抱えるように持つスープ皿のような形の大皿には様々な料理が山盛りに乗せられていた。オードブルと言えば聞こえは良いが、ソリトの目の前にある物は野菜類や肉類、パン、サラダドレッシング、そして、一番下には何かの赤いスープが入っている。


「で、この効率料理を食べろと」

「ん。一緒に……食べ、たい」


 これまで人の姿になった聖剣と交流することはなく、精神世界の中でだった。そして、聖剣からソリトに要望するのは初めての事だった。だからなのか、恥ずかしがる様に無表情の頬がほんのり赤く染まっている。

 目の前の料理は口にするのを躊躇いたくなる雰囲気を出している。それでも、施設ではこれほどの量を食べる事など出来なかった者として、粗末にする事はしたくないソリト。ならば、取るべき選択は一つしかない。


「分かった。」

「感謝、マスター」


 聖剣が精一杯口角を上げ微笑む。ただ余り表情が出ない為、ぎこちない。

 喜ぶのは良いが、料理のバランスを考えるべきだろう。

 効率よく食事出来るのは良いことだが限度がある。

 やはり残飯のようにしか見えない山盛りを、ソリトは覚悟を決めて次々と頬張り口の中に放り込み、食べていった。


 その感想は、あらゆる味が混ざりあい想像絶するものだった、とだけ。

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