第74話 集結の勇者

 陽が天に昇りきる少し前、【雨霧あまぎりの勇者】シュオンとその一行が中央都市アルス西門から最初に到着し、一時間後【日輪の勇者】グラヴィオース一行が東門から入都した。その二時間後にクロンズ達、【嵐の勇者】一行が南門から十数人の騎士らしき者達を率いてやって来たらしい。

 出迎える準備の為か、中央区域付近にある観光区域内の宿に泊まっているソリトとルティア達の耳へすぐに入る事になった。


 その一時間半後、冒険者や兵士達が予定通り中央区域に呼び集め式典が行われることとなった。間を空けたのは三勇者に少しだけ休息を取って貰うためだろう。

 それからこの都市の発展起源ともなった水源湖の中央区域広場に召集された者達が粗方集まった辺りで、ソリトは顔を幻影魔法と仮面で隠し頭をコート・オブ・ガードのフードを深くかぶり、一見暗殺者のような外見で来た。


 そして当然、そんな姿でいれば怪しい奴認定されてしまうのは必然。幾度か冒険者や兵士達に仮面を取って顔を見せるように言われるのは予想範囲内だったソリトは、素直に仮面を外して偽りの素顔を披露した。その度に仮面を外す要求をした者は顔を引き顰り申し訳なさに翳る表情で謝罪をして去っていった。

 三勇者が来たからと警戒心を緩めずに維持してくれと、ソリトはあまり期待はしない前提で願っておいた。


 式典の間、ドーラは目立つので留守番。ルティアは近くに自分がいると勘繰られては困る事、主役の一人という理由で先に広場へ到着している筈だと探ると、カロミオと合流しているのを【気配感知】で確認してからソリトは【念話】ルティアに繋げる。


 〈聖女、表情や仕草は崩すな。思考だけを少し思念会話に傾けろ〉

 〈難しい注文ですね。頑張ってやってみます〉

 〈なるべく手短に話す。今から四六時中【念話】を繋げておく〉

 〈え!心の声駄々漏れなんて嫌ですよ!!〉

 〈何だ?奴隷になった時に備えて妄想でもしてるのか?〉

 〈断じて、誓って、決して、無いと言い切ります!〉

 〈話を戻すが《え、無視ですか?》聖女が懸念してる事は起きない。【念話】の及ぶ範囲は会話だけだ〉

 〈……それは良かったです〉


 不貞腐れながら安堵しているようなので、ソリトはこのまま会話を続けた。


 〈スキル効果範囲外だと会話不能になって意味をなくすが、繋げたままにしておく〉

 〈はい……私、助けられてばかりですね〉

 〈死なれたら後味悪いし、今協力者を失うと教会が敵に回って面倒臭くなるだろう。だから助ける〉

 〈喜ぶべきなんですか?〉

 〈で、どっちに行くかは決めたのか?〉

 〈最前線に行きます。ソリトさんの言う通り、最近はソリトの行動を優先してしまっていました。個人として正解でも聖女としては不正解なんですよね〉

 〈少し違うな〉

 〈え?〉

 〈俺を優先して行動範囲を狭めているのは間違いない。が、聖女とか勇者とかの義務だからなんてのは別に俺はどうだって良い〉


 先日の行動の選択を聞いたとき、唐突にルティアの過去話を語るルティアの言葉と覚悟を思い出した。

 いつか協力関係を終え別れる。だが、このままではルティアは道を見失ってしまう。ソリトという存在によって。

 だが、途中で関係を切ってもルティアは断固として譲らないだろう。

 聖女の義務などソリトにはどうでも良い事だ。

 それでも、ルティアという一人の少女が決意して歩んでいる先にある可能性の道をたった一人の人間が奪う権利などない。


 〈いいか。お前が決めた道を、俺を優先して壊すな〉

 〈…その通りですね。でも、私が最前線に行くと決めたのは聖女としてとはまた別にもう一つあります〉


 その時、三勇者が水源湖前に設置されている壇上に現れた。


 〈あとで言いますね〉


 と言うので、ソリトは会話を終わらせた。

 その間に各勇者のパーティーメンバが冒険者や兵士達と同じ三勇者の方を向き最前列に並んだ。

 それから、アルス支部のギルドマスター、カロミオが挨拶をし、入れ替わりに歴戦の猛者のような大柄の男が前に立った。


「都市を守る為に集まった勇敢なる戦士達よ、【日輪の勇者】の名のもとに、この都市を滅ぼさんとする魔族を倒し、太陽の如く大いなる光をもたらすことを、俺はここに誓う!」


 巨体の男、いや【日輪の勇者】グラヴィオースは腕を掲げ、精気に満ち溢れた声を上げ堂々と宣言した。

 小麦色の筋骨隆々な体躯、シワの付いた白毛の眉間にオールバックの白髪、古い剣傷の残った右目、何処を観ても同年代前後の男子とは全く思えない容姿だ。


 言い終えたグラヴィオースが下がるとマフラーで顔半分を隠した狼牙族と呼ばれる亜人の女勇者が入れ替わりで前に出た。


「初めまして、【雨霧の勇者】シュオン、狼牙族です。唯一の女勇者です」


 それだけ言ってシュオンは下がった。

 マフラーの奥に隠れた切れ長な目や挨拶から寡黙でクールな印象だが、白い腕を肩が露になった紺黒のノースリーブとショートパンツ、それを繋げる黒のサスペンダーと露出が高く印象とは逆の装いをしている。

 そんなシュオンの短い挨拶に誰もが、え、それだけ?と思ったことだろう。


 挨拶を聞くのに飽きてきたソリトはルティアの気配が捉えられる範囲内にあるパン屋へと向かう。


「どうも、【嵐の勇者】クロンズです」


 パン屋に到着後に、クロンズの挨拶が始まった。

 ソリトは「店のオススメは?」とパン屋のおばちゃんに尋ねながら何を買うか悩みに意識を集中する。


「言いたい事は【日輪の勇者】グラヴィオースさんに言われてしまいましたので、そうですねぇ……犯罪者となって【調和の勇者】のように戦場で魔族から逃げ回らないように勤めようと思います!」


 大勢の前で人を貶して、自分は全く違うとアピール。ソリトに冤罪を吹っ掛けて言い張るクロンズは中々の道化っぷりは箔が付いたように健在のようで、人を苛つかせる達人と言っていいかもしれない。

 食欲に傾いていた意識は、言いたい放題の発言で湧き出る怒りの方に変わった。だが、今クロンズの首を刎ねてしまうと、防衛戦に影響が出る。

 カロミオから防衛戦への参加依頼を引き受けた以上は義を通す。それがソリトの義。


 それに、一々反応して感情的になるのは掌の上で踊らされているような今の状況は、物凄くソリトは不快に感じた。

 何とか冷静さが戻り戻した所で、念の為に【念話】を開く。


 〈聖女、大人しくしてるか?〉

 〈してますよ〉


 意外にも冷静だったらしい、とソリトが思ったのも束の間で、


 〈後で絶対に制裁しますから〉


 ルティアは全く冷静ではなかった。


 〈発言を不快に思っている方達がいるみたいで、何とか抑えられてます〉

 〈反対に堪えて笑っている奴もいるんだろ?〉

 〈やっぱり…………いるん、だろ?ソリトさん、ちなみに今何処にいますか?〉

 〈広場から少し離れたパン屋。聞いて俺が鼓舞されると?〉

 〈いえ……全くもって。あのソリトさん、後で払いますから塩パンとクロワッサンを二つずつ買っていただけませんか?聞くに耐えない糞……無礼なものを美味しい食べ物で消し去りたいので〉

 〈言い直すの遅いな……まあ分かった。挨拶頑張りたまえ〉

 〈はい、宿に帰ろうとしないでくださいね〉


 パンの代金を支払ったソリトは【念話】を閉じて、広場の方へ戻る事にした。

 その途中、繋げたままの【念話】から呼び掛けられたが、戻っているので構わないだろうと無視しながら。

 戻ってくると、三勇者が壇上から降り、脇におり、再びカロミオが前に壇上に上がっていた。


「今回、応援に駆け付けてくれたのは三勇者だけではない。【癒しの聖女】様と【守護の聖女】様が来てくださっている」


 直後、周囲から感嘆の声が大きく漏れた。だが、その後に【守護の聖女】は私用で外している為、【癒しの聖女】の挨拶をまず行う事をカロミオが説明した。その瞬間、行き倒れていた方向音痴の姿がソリトの頭の中に思い浮かんだ。


「も、申し訳、ありませーん!」


 反対側の広場から金色の刺繍の入った白いシスター服姿の少女が走ってやって来た。ソリトからは人混みで余りよく見えないが【守護の聖女】で間違いないだろう。


 〈ソリトさんは戻ってますかー?〉

 〈ソリトさんは戻ってますかー?〉

 〈山びこではありません!〉

 〈戻ってるからお前は早くしろ〉


「では、【癒しの……」


 カロミオが壇上へ上がるように呼び掛けようとした瞬間、ルティアが鼻息を荒げてそうな程に頬を膨らませながら上がっていく。ただ、姿勢はとても美しく綺麗なのでソリトとしては笑いのツボに嵌まりそうで笑い上げてしまいそうになった。

【守護の聖女】はそんなルティアの後に続いて壇上へ上がった。落ち込んでいるように見えるのはルティアが纏う雰囲気か、方向音痴で遅れたことへの申し訳無い気持ちのどちらかだろう。


 〈【守護の聖女】が気を落としてるぞ〉

 〈私が悪い場合はソリトさんが悪いんです!〉

 〈ソレハワルカッタ。ソレヨリミンナガマッテルカラ、早く落ち着け〉

 〈誰のせいですか!〉


 自分だと自覚しながらソリトはルティアで心を念のために落ち着かせていた。流石は【癒しの聖女】とソリトは讃えた。

 その時、ルティアが一歩前に出た。


「【癒しの聖女】ルティアと申します。この都市には一度訪れたことがあるので、私の力を知っている方がこの場にいらっしゃると思います。ですが、今回私は最前線でギルドマスターのパーティに同行する形で魔族と戦う三勇者の支援に回る事に決めました。その理由は皆さんです」

 

 その発言に冒険者や兵士達の雰囲気が息を呑むように一瞬静まり動揺が生まれた。


「私は皆さんと一緒にここを守りたいと思ってます。でも皆さんが目の前で死ぬのが怖いです。すぐに駆け付けて治したいと今もそう思います。それは逃げではないか?なら防衛戦に行け、そう思うでしょう。けど、どれでもありません」


 そう言った瞬間、ルティアと目線が交じった気がした。ソリトは気のせいだろうと思ったが、交じった直後見つめるように視線を外さないまま微笑みを浮かべたので、ソリトを見つけ、そして、分かって微笑んでいると理解した。

 微笑みを浮かべ続け、ルティアは話を続ける。


「以前、ある人に言われたんです。守りたいと思ってる人は簡単に死なないと。だから私は、皆さんがこの都市を死なずに守ってくださる事を信じて最前線へ行きます」


 すると、周りから「最前線は頼んだぜ」、「背中は任せろ」、「愛してるぜ!」と称賛や後押しする声、少し無駄な声援の混じった声が中央区域全体に広がる程に響いた。


 式典前、聖女が「後で言いますね」と言っていた事。そして、先程の微笑みはそれをしっかり聞いてくれという意味だったのだろう。

 それよりも、この後に挨拶をする【守護の聖女】にはかなりのプレッシャーになるのではないだろうか。


「聖女、やり過ぎだ」


 ルティアの言った事に対してでの感想ではなく、ソリトの口から出たのは小さな呆れのような呟きだった。


 ルティアが一礼して後ろに下がると同時に【守護の聖女】の少女が前へと出た。


「まずは遅れたことへの謝罪をさせてください。遅れて申し訳ありません。わたくしは【守護の聖女】リーチェ……と申します」


 緊張しているのか最後だけ息詰まると、何処からか男性陣がリーチェに応援の言葉を掛ける。

 男性陣、聖女二人にメロメロである。


 だが、緊張していた訳ではないようで、一呼吸入れずにリーチェは少しだけ体をルティアに向けた。


「【癒しの聖女】ルティア様」

「…はい」

「私もこの都市の皆様を冒険者、兵士の方々を守りたい気持ちは同じです。ですのでその役目、【守護の聖女】たる私が引き継がせていただきます」

「はい、よろしくお願いいたします」


 こうして、勇者と聖女の式典は幕を閉じた。

 それから皆が寝静まった夜、ソリトの部屋にカロミオがやって来た。


「どうした?」

「これを渡しておこうと思ってね」


 カロミオから渡されたのは二枚の大きな紙。その中身は何処かの建物の地図と通路の地図だった。


「一枚はギルドの設計図、もう一枚はギルドの地下にある水路の地図だ。緊急用に持っておくと良い」

「もし何か事があって匿ったのがバレたら敵に認定されるが」

「分かっている。だが、あの【嵐の勇者】の発言を聞いた後なら別に逃亡の手伝いくらいは構わないと思ってね」

「【嵐の勇者】にも渡してない事を願うよ」

「ははは。だが、その通路を使う場合気を付けてくれ。君なら問題はないだろうが。では、明日はよろしく頼むよ」


 カロミオが部屋を出ようとした所を止め少し頼み事をしてから後にしてもらった。

 そして、ソリトはその後に地図を読んでから眠った。

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