第73話 迫る決断と支えの一言?
翌日、ソリトは朝早くギルドへと足を運び、闘技場にてカロミオと拳を交えていた。
周辺には魔物が殆どいない。倒したところでステータスやスキルを獲得できるとも思えなかったソリト。
そこで必要な物を買い集めようと思っていたのだが、昨日【守護の聖女】捜索から戻ってきた際にアランが自分がやっておくと言いかなり時間を持て余す事になってしまった。
どう時間を潰そうかと考えた末に思い至ったのがカロミオとの組み手だ。
ギルドマスターという職業柄、かなり戦闘の方がご無沙汰ではないかと思ったのだ。それでもし、【嵐の勇者】から干渉があった時に対応できなかったでは困るというもの。という事で、鈍くなった感覚を戻して貰うためギルドへ赴き、手を合わせているわけだ。
それから組み合って一時間が経過していた。
その時、ソリトは【拳闘士】というスキルを獲得した。
【拳闘士】
打撃力四割上昇。(一段階アップ状態)
防御力三割上昇。(一段階アップ状態)
敏捷四割上昇。(一段階アップ状態)
体力四割上昇。(一段階アップ状態)
武技(闘)習得可能。
スキル効果により、打撃力、敏捷、体力が五割上昇。防御力四割上昇。
互いの拳が頬へと吸い込まれるように入った。
そのままソリトは拳をカロミオの顔面へと放つ。直撃し、仰け反るカロミオへと更に攻撃を続ける。
だが、仰け反りながらカロミオは腕を前に出し防御体勢を整えてソリトの三連撃を防いだ。決め手となる一撃は入らないと判断し、ソリトは三撃目のアッパーを放った後、姿勢を地面ギリギリまで低くしてカロミオの下へと潜り込み、脚を引っ掛け崩れ駆けていた体勢を崩した。
カロミオは崩れた体勢のまま仰け反っている体を自ら更に反らし、手が地に付けいた瞬間その勢いのまま後方へと跳び、体勢を戻し、距離を取った。
「感覚はどうだ?」
「ああ、大分戻ってきたよ。いきなりギルドに押し掛けて、俺と戦えなんて言われた時は何だ?と思ったが、助かったよ。だが、私に合わせて君が拳で戦わなくても」
「勘違いするな。俺としても剣だけでなく拳での戦いの経験を上げておきたいだけだからな」
聖剣を手元から離れた時や剣を使えない状況になったとき【拳士】のスキルが役に立つ。だが、それで全く格闘戦闘が出来ないとなれば【拳士】のスキルを振り回す事になるだけ。
行商の途中で剣を使わずに何度か戦っているので、全く出来ないわけではないが、張り合いがない。
現在は慣らしもあってかなり威力を抑えている。
返答直後、ソリトは一瞬でカロミオの懐へと潜り込んだ。
感覚が戻ってきたという事で速度を半分だけ通常に近い状態に戻した。
それでも速いし、通常時も結局抑えているのだが、ギルドマスターとなった人間の力量ならレベルは高いと予想して、自身のステータスの基準が今どの位か知ってみる機会と思ったのだ。
「速いな。だが」
そう言った瞬間、カロミオがソリトの視界から外れ、背後に回り込んでいた。
低い姿勢のまま体を捻りカロミオの方へ向き直り、その回転力を使い拳を放った瞬間カロミオの拳と直撃する。
衝撃で爆風と砂埃が舞った。
「レベル幾つか聞いて良いか?」
「レベルは68だ」
ソリトのレベルは62。普段使っている速度の半分がレベル60の速度と同等となる。通常時は本来の速度の三分の一。
相手の所持するスキルによって変化はするが、本来の速度はレベル60の人間と比較すると三倍速となる。
攻撃力は【破壊王】もあり、三倍以上だろうが、とりあえず他のステータスもレベル60の三倍と考えておくべきかもしれない。
と、考えている時、カロミオが脚を蹴り上げる。咄嗟に空いていた左手で防いだが、低い体勢だった為にソリトの体勢は後ろへと崩れた。
「獅子王拳!」
そこへカロミオが獅子の顔をした拳撃をソリトに向けて飛ばした。
後ろに崩れる体を地に両手を置いて両腕で支え物理攻撃特化の【破壊王】を発動し、脚を獅子の拳撃に向かって蹴り上げた。
直後、拳撃が消滅し、そしてこれでもかと目を見開き、驚いたようにカロミオが声を上げた。
「おいおい!いくらなんでもただの蹴りで消されるほどの威力じゃないんだが!?」
「ただの蹴りじゃないんでな」
「【調和の勇者】の能力が気になってきたよ」
そう言った直後、教える気はないという返答として先程より威力を上げて一発入れ込むと、「言ったところで教える気は無さそうだ……」と言いながらカロミオはソリトの攻撃を腕を交差して防御する。
だが、威力を上げて放った事で腕が弾かれた。その隙を逃さず、ソリトは腹部へ叩き込む。
更に連続でカロミオへと拳撃を放つ。
「流水!」
十秒間だけ全ての攻撃を回避する武技、流水を使いソリトの攻撃を難なく回避していく
「連続で叩き込む時の脇が少し甘い」
ソリト自身、この攻撃はまだ甘いと自覚している部分だった為、指摘させられても然程驚くことも同様もない。このままにすることはないが、それをカバーする対策としてソリトは考えてなくはないのだ。
ソリトの右拳からの拳撃が下へと流れると、そのまま地面に手を付き、回転させ、蹴りを入れる。それ繰り返してソリトは攻撃を続ける。
多数であれば攻撃終了後の隙が大きくなってしまうが、一人相手ならその隙も埋めることは可能で、ソリトも流水を習得している為、今回の場合は問題無いと、流水の十秒間が過ぎるまで続ける。
だが、やはり回避中に仕掛けるべきではなかったかと思うも、しかし、このままでは間に合わないという焦りが出始めたその時だった、
『武技:
「頼むから確り防げよ!
直後、ソリトの攻撃速度が急上昇した。
そして、まだ十秒内にも関わらず、ソリトの武技攻撃が命中し始めた。「そんな……有り得んだろ」とカロミオが呟いていたが、ソリトは舞うが如く回転しながら、拳撃、蹴撃を繰り返す。
途中、攻撃の仕方が合わないと、一部裏拳や踵落としを加えた所で型が嵌まった感覚を覚えながら、最後に竜尾の様な蹴りを横からカロミオの脇腹へと決め、壁向こうまで蹴り飛ばした。
壁にめり込み暫くして、崩れ落ちカロミオは倒れた。
そこへすぐに駆け寄りソリトは中級回復魔法を唱え、カロミオの傷を治す。
少しして、カロミオは意識を取り戻しゆっくりと起き上がった。
「悪かったな」
「いや、武技ならば仕方ない。しかし、あれが君本来の力か」
「そうだ、と言いたいところだが、必死に押さえ付けたからな」
「手加減してあれか。今度手合わせすることがあったら、君には攻撃で武技は使わないで欲しいものだ」
「やることがあったらな」
驚き半分呆れ半分のような微笑を浮かべながら言ったカロミオの言葉に、ソリトは素っ気なく返す。
「じゃ、当日聖女様を確り護ってやれよ。俺は急ぐんで」
ソリトは足早で闘技場入場口へ向かう。途中でカロミオが後ろから何か言っていたが、任せてくれなどの意気込みだろうと思い聞き流しながら後にした。
「何処へ行ってたんですか」
宿に帰って部屋に戻って早々、ルティアが中で待ち構え、少し怒気の含まれた声と不満げな表情でソリトに尋ねた。
怒っているのに不満。その表情少し面白いと思いながら、ソリトは宿に戻る途中で買ってきたアプリコットパイ一切れを紙袋から取り出し、ルティアの口に押し込んだ。
「朝飯。人気商品らしいからな朝早くから並ばないと無理らしいから少し焦った」
途中で終わらせても良かったが、自分から持ち掛けておいて切り上げるのはどうかと思い、そのままソリトは組み手を続けてしまった。結果的に武技を習得し、開店前に並ぶも既に行列だった為に次回に持ち越しと思ったが何とかパイを買うことに成功して万々歳であった。
「サクサク甘酸っぱで美味しい〜!」
惚けた表情で小動物のように黙々食すルティアを首根っこ掴みながら部屋に入れながら、餌付けしている感覚を抱いた
ついでに寝ているドーラの口の中にアプリコットパイを少し入れると、カッと目を見開き起き上がり、一瞬にしてドーラの腹の中へと消し去った。
「聖剣、お前はどうする」
「ん、いただきます」
人の姿になり、聖剣は一口食べる。今何気なくソリトは聖剣に食べ物を渡したが、食べる姿を見る度に剣の身体の何処に行くのかと疑問を抱きながら観察していたりする。
「なに?」
「美味いか?」
「ん」
「そうか」
「あるじ様おかわりないんよ?」
「無い」
「えー」
「味わわなかったお前が悪い」
「お前に聞いて無いやよー!」
「残り半分あげる。だから黙る」
「ホントやよ!お前いい奴やよー」
「ちょろい」
一瞬、ドーラに対して珍しく優しさを見せたと思ったソリトだったが、最後に聖剣が小さく呟いた一言で餌付けなのだと思った。
「ソリトさん、突然なんですけども、先程ギルドマスターのカロミオ様が私を訪ねてきました」
「アイツが?」
わざわざギルドマスター直々にルティアの所へ行かずとも組み手終わりにでも伝言を言えば良かった筈と思ったソリト。
だが、その時ソリトの頭の中は人気パイで埋め尽くされて、カロミオが声を掛けても耳に入れずに店へと直行したことを思い出した。
つまり、カロミオが足を運んだ理由はソリトに頼む事が出来なかったからという事だろう。とはいえ、ギルドに来たのは偶然なので、どのみちカロミオがギルド職員が足を運んでいただろう。
「まあいいか……用件は?」
「ん?…それで用件の内容なんですが……」
カロミオが訪ねてルティアに伝えた用件の内容はこうだ。
昼の前後辺りに三勇者の一行が到着するとのこと。その間に都市内にいる冒険者とアルス兵を中央区域集め、到着次第三勇者と二人の聖女を交えて士気向上を図って小さな式典が開かれるらしい。そこで三勇者一行、ルティアとカロミオ達のパーティが最前線で、【守護の聖女】が防衛戦の最前線とも謂える北側へと行くことを公表するという。
「で、お前はどうするんだ?」
眉を寄せ、下唇を噛み、スカートを握る締める様は、物哀しげな、悩んでいるような、葛藤するような様々感情の混ざった少々複雑な雰囲気を漂わせる。
ルティアは下唇を噛んでいた歯を離してソリトの言葉に応える。
「……本当の事を言うと答えは決まってるんです。聖女としても、私個人としても最前線に行き回復に尽力して三勇者と一行方と共に魔族と戦う。それが答えです。でも……でも気持ちは、気持ちだけはこのアルスの側で住民の方々を守るために動きたい。ソリトさんと一緒に……戦いたい」
考えを複雑化させてしまっている今のルティアでは自分の求める答えを見つけだすことは出来ないだろう。
ただルティアの場合、どちらが自分にとって正解なのかを探そうとしているから頭と心が乖離してしまっているのだとソリトは思う。
ルティアがどう思っているのかは分からないが、その状態はソリトから見ると、助けを求めているような気がした。
そう思った瞬間、ソリトはルティアに手を差し伸べていた。
「え?ソリトさん」
「外、行くぞ」
ソリトの顔と差し伸べている手を困惑した表情で交互に二度見て、ルティアはソリトの手を取った。
その手を握り、ルティアを引っ張り、ドーラに竜車を引かせてソリトは中央区域から商業区域の大通りを回る。
「あの…」
「この大通りにいる人間の表情から、お前はどう感じる」
「どう……賑やか、ですね」
「そうだな。それが明日には怯え一択だ。だがな、そこに希望という光が怯えを消し去ると信じる心一つで生きることへの大きな支えになる」
言いたいことが次々とソリトの頭に浮かんでいく。だが、ソリトはルティアに説教をするわけではないなるべく手短に話すように努めて話していく。
「冒険者も兵士も同じだ。この都市を守りたいと思ってる。そういう奴等は簡単に死なん」
理由は様々だろう。だが、守りというように意志を強く持つ者というのは中々に面倒臭い存在になると、ソリトはここ最近思い始めていた。今話を聞いているルティアのように。
「お前は同じ後悔と失敗をしないために聖剣から剣技を学んでる。自分の届く範囲で助けられる奴を助けるために努力してるお前は強い。けど、助けを求めなければいけない時があったなら、助けを呼べ。助けが欲しいと弱さを認めることもまた強さだ。その強さを見せるのが俺は今だと思う」
「………」
先程よりは悩みの種を払拭出来たのか、ルティアは影が少し晴れたような笑みを小さく浮かべていた。
複雑な物の根本は最初はシンプルな物だ。ルティアは絡んだ糸のように複雑にし過ぎただけの事。その糸を解く切っ掛けを作れたのならソリトの役目は終わったも同じ。
人を信用しないと決めた自分が何をやっていると、ソリトは自分自身に言ってやりたい気分だった。手を差し伸べてしまった手を引っ込めるのも可笑しく思った。だが、それも今終わった。
「後は聖女次第だ」
「はい」
「時間はないがな」
「そういう事言わないでください!」
「焦るなよ」
「焦るなと言われると余計焦ってきますから!」
「どうどう」
「馬じゃありません!あと今の冗談ですから」
「馬なのか?」
「の前です!」
ルティアらしいツッコミが戻った来た。これなら大丈夫だろうと判断し、ソリトはドーラに指示して宿に引き返した。その少しの間、馬弄りが続きルティアは飽きもせずツッコミを続けるので、ソリトはルティアにツッコミ女王の称号を密かに授けた。
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