第66話 糸を求めた先での成果と儲け

6000字とちょっとあります。長いのが苦手な方は少しずつお読みいただいて大丈夫です。







「ここが目的の渓谷か?」


 ソリトは中央都市アルスからクレセント王国北東部を進んだ先の深い谷の前にたどり着いた所でアランに尋ねる。


「ええ。この先にレインボーシルキワームがいるはずよ。早くドーラちゃんのゴシックドレスを新調したいわ!」

「そ、そうか」

「それにしても死んでるわね」


 竜車の中でルティアが限界を迎え横たわっている。


「死んでるな」

「うぇ…すみま……せん…………ウッ!」

「お、おい!吐くなよ!少し待て!」


 ソリトがすぐに外に連れ出した直後にルティアはリバースした。

 ある程度回復するまで休憩を挟むことになった。


「それにしても、随分と稼いだわね」


 渓谷に来るまでの一週間半、行商の成果はより良いものだった。

 その頃にはドラゴンが引く馬車が特徴的という事もあって有名になり始めていた。

 有名になるのは位置を知られる可能性があるため行動が把握されるリスクとなるが、今はドーラや聖剣が人化しているので大丈夫だとソリトは考えたいと思っている。


 だが、通り掛かった人間が客に変わったり、立ち寄った町や村で物を売る時の信用が大きかったこと、移動中に乗り込んだ客から薬が売れるなどのメリットもあった。

 初級魔法の本の解読も順調に進み、薬を作る種類の幅も広がる。


 消臭剤、回復薬(丸薬より回復が上)、治療水、魔力薬水、殺虫剤。


 消臭剤や殺虫剤を作るのは、臭い消しや虫除けの薬草同士を混ぜて水に溶かしたりするだけで作れた。

 その時、ソリトはアランから香水を作ってみてはどうかと提案された。試しにラベンダーなどの香りのある香料薬草で作ってみた所、女性客が増加した。

 ちなみに消臭剤が男性に度々売れた。特にお年頃の子持ち男性。理由は汗臭いからと言われたからだそうだ。


 他にも立ち寄った先でルティアが回復魔法で、ソリトが治療薬を飲ませたりで治療し回りもした。僅かながら魔物関連で困っている事があれば鍛練も兼ねて解決していった。

 当然、ルティアの回復魔法治療以外では金を払ってもらった。


 そうして旅は今も続いている。

 成果といえばソリトのステータス上昇やルティアとドーラのレベルも上がった。


 ルティア Lv61

 ドーラ Lv32


 ステータスは閲覧不可能なままだが、竜車を暇そうに引くようになった。

 ふらふらと飛ばれても困るのでソリトも注意するが、「なんか軽くなって引き応えないやよ〜」とドーラは残念そうだった。

 ここまでが渓谷に来るまでの一週間半の成果だ。


「金貨十枚相当は稼いでるわよ!」


 金銭袋二つに入った銀貨と銅貨を数え終わるとアランが金貨に換算して驚いていた。


「もっと稼がないとな」

「少しは喜んだらどう?」

「………」

「ルティアちゃん、気分はどう?」

「はい。もう大丈夫です」

「なら行くぞ」


 竜車に戻り、ソリト達は渓谷の中へと入る。


「あるじ様…」

「マスター途中から追ってくる気配がある」

「うがー!ドーラが先に言おうとしたんよ!」

「静かにしろ」


 ドーラと聖剣が言い争いながらソリトに注意し、ドーラは飛ぶのを止める。

 奥に進んでいく途中、気配感知で後を追ってくる気配と前からやって来る気配が複数あることを確認していたので、ソリトからも注意を促すつもりだったが手間が省けた。


 ソリトと聖剣は竜車の中から外を確認する。

 しばらくして渓谷の奥と谷の上に人影が現れた。

 清潔感のない服の上に統一感のない防具や武器を装備した盗賊らしき連中だ。


「おい、危険な目に合いたくなければ金目の物を置いていけ」


 如何にもな常套句を吐いた事にソリトは半ば呆れながら、襲うなら黙って襲い掛かるべきだと思った。

 とはいえ、ソリトの場合は気配感知で察知していたので無意味に化したが、もしかするとドーラが気配に気付いて飛び進むのを止めたのが分かったから姿を表したのだろうか。

 ソリト達を舐めているとしか思えない。

 それにしてもこの渓谷に盗賊がいるという話をソリトはここに来るまでに聞いたことがない。


「どうやら、糸が流通しないのは繁殖時期だけじゃないらしいな」

「みたいですね」

「おほぉ!上等な女に見込みのあるガキがいるな。今夜は楽しいぜ」


 盗賊達がルティア、ドーラ、聖剣を卑しい顔を向ける。

 そんな盗賊の連中にソリトは久しぶりクロンズ達の行為中の事が頭に過った。


「ソリトさん、この人達斬っても良いですか?」

「お前聖女だよな」


 ルティアな発言に言葉が自然とソリトの口から出た。

 小言を耳にしたルティアは手で唇を押さえ苦笑いを浮かべて誤魔化す。


「ドーラもやるんよー!」

「そうか、じゃあお前ら頑張れ」

「「は……え?」」

「魔物はあっても対人はないだろ?安心しろ、後方支援してやる」


 と言ったものの、ルティアに関しては聖女に対人戦やらせようとしているのだろうかとソリトは自分の言ったことにツッコミをいれた。


「怪我されて服を作れなくなられても困るからアランは竜車から下りるな」

「分かったわ」

「よし、二人とも行け!」


 ソリトの命令と同時に盗賊連中も武器を構えて襲い掛かってくる。


「いやお前らに言ってないんだが」


 とはいえ、襲い掛かってくるのは奥から来た十人くらいで、渓谷の上にいる他の盗賊達は動かずに待機している。

 気付いていないと思われているようだ。

 奇襲の対応も役に立つだろうと、ソリトはとりあえず泳がせておくことにした。


「精霊よ、我が声を聞き届け、彼の者の速度を上げよ〝アインス・アクセル〟!」


 ソリトは最近解読出来た補助魔法の一つをルティアに掛け敏捷性を上昇させる。


「精霊よ、我が声を聞き届け、彼の者の力を上げよ〝アインス・パワー〟」


 もう一つの補助魔法でドーラの攻撃力を上昇させた。

 どちらも【付与師】の効果で速度は四割増加し、持続時間も向上している。


「なっ!この女急に速ぐハァ!」


 速度の上がったルティアがその俊敏さで肩関節や脇腹を細剣で刺突すると、次々と倒れていく。

 ドーラは強化された力で尻尾や前脚で盗賊達を吹き飛ばしていく。その殆どが十メートルは吹き飛び転がる。

 流石に死んだかもしれない。


 盗賊が観戦しているソリトの方に四人襲い掛かってくる。


「〝ブラッドプリズン〟」


 盗賊の一人を縛り拘束し、その盗賊の近くにいた仲間の方に蹴り飛ばし数メートル先の岩壁に一緒に吹き飛ばす。


「この野郎!」

「くたばれ!」


 残りの二人がソリトを斬り掛かる。だが、ソリトの体に刃が通ることはなかった。


「は!?」

「馬鹿な?」

「いや、事実だ」

「「ガハァ!」」


 ソリトは盗賊二人の頭を掴んで互いにぶつけて気絶させた。

 聖剣の指導の甲斐あってあっという間に盗賊の数が減り、残り五名となっていった。

 だが、盗賊に焦りの顔はなく余裕の表情だ。

 仲間を潜ませているのだから当然だ。


「おい!お前らも加勢しろ!」


 今のままでは不利だと理解したようで、渓谷の上で隠れていた仲間を呼びつける。

 増援が壁を滑り降りて横と後方から現れる。

 ルティア達の方に潜んでいた盗賊達は上から弓を引き矢を放つ。


「〝エアリアルシールド〟」

「〝ツヴァイブ・アクアブラスト〟」


 空中に風魔法盾を出現させてルティアに向かっていく矢を防ぎ、水魔法でドーラへの矢を弾く。


「囲まれたわよ」

「分かってる」

「え?いつ後ろに」

「勿論今だ」

「そうよね。あなた本当に何者なの?」


 中央都市にも既に出回っているだろうがアランにソリトが【調和の勇者】だと教えていないのでそう問い掛けるのは不思議ではない。

 だが、教えて特徴を広められても困るので、ソリトはこのまま戦闘の出来る行商人としてアランに勘違いしてもらうことにする。


「マスター、私も」

「いや、お前は聖女の方へ行け」

「むぅ」


 明らかに分かってない不服な顔で見られてもソリトは困る。


「なら聖女達の方を早く終わらせろ。だが師匠が一方的に終わらせるなよ」

「ん、分かった」


 聖剣は御者台の方から降りてルティア達の方へ加勢にいく。

 ルティア達を主軸にして戦わせるように遠回しにだが指示したのでソリトの方へ来るのは少し後だろ。

 レベルは低いが数が多いため中々に厄介で面倒くさい。いつ不調なルティアが危うくなっても可笑しくないだろう。

 だが、聖剣がいれば問題ない筈だ。


「まさか一人でやるつもりか?」

「ああ」

「そりゃあ残念だったな。こっちにはランクアップしてる仲間がいるんだ」


 ランクアップ。

 つまりLv35以上の人間がいるらしい。

 他よりも装備や身なりの良い女の盗賊がいる。おそらくはその女盗賊がランクアップしているのだとソリトは判断する。

 見た目は二十代くらいで、胸元のはだけさせたプレートメイルを着ている。

 ソリトには視界に入れるのも憚らりたくなる不愉快な格好だ。

 時間も惜しいので、ソリトは手短に終わらせることにする。


 とはいえランクアップ後の上限はLv70。上げるのは一苦労だし、盗賊なのでそこまで高いと思えない。Lv62とは不相応のステータスに成長しているものの油断は大敵となると思い、ソリトは気を緩めず、手段を選ばずに攻撃を仕掛ける。


「精霊よ、我が声を聞き届け、蜃気楼を起こし彼の地の色で我を隠せ〝アインス・ミラージュ〟」


 ソリトは幻影魔法で自身の姿を消す。


「き、消えたぁ!?」

「おい探せ!」


 盗賊達が狼狽えている間にソリトは女盗賊の懐に入り腹を殴って倒す。やはりレベルはそこまで高くなかったらしい。

 ドーラももうすぐレベル上限に達する。Lv32でかなり高いステータスだし期待は出来ると思いながらソリトは盗賊達を殴り倒していく。


「ニア!くっ、ここは撤退だ!」


 盗賊のリーダーらしき男が女盗賊を抱えながら言い放つ。恋人かもしくは切り札的存在が倒されたことに驚愕しているのだろうか。と、考えるもののソリトにはどうでも良いことだった。


「させると思うか」


 ソリトはブラッドプリズンで盗賊リーダーと女盗賊諸とも縛り上げ、他の盗賊も気絶させて縄で捕縛した。

 ルティア達の方に向かうと終わっており、竜車を回ろうとした所で鉢合わせた。それからルティア達の方の盗賊達も縄で捕縛した。


「むぅ、マスターの嘘つき」

「嘘はついてない。単に早く終わっただけだ」

「次は弟子に花は持たせない」

「いや持たせてやれよ」

「あはは」

「さて、どうするか」

「当然自警団にでも出すべきです」

「この人数を、この離れた辺境みたいな場所のか」


 ソリトの言い返した言葉にルティアは眉を寄せて難しい顔をする。

 その顔の通り約三十人もの人数を運ぶのが難しいことを気付いたらしい。


「仕方ない。ここに放置して表れた魔物の餌にでもするか」


 放置されるなんて思わなかったのか、盗賊達が一瞬にして顔を青くした。

 しかし、ルティアはそれを良く思わず反論する。


「いけません!そんな事なら無理に引きずってでもどこかの町の自警団かギルドにでも引き渡すべきです」

「その間魔物に襲われた守るのは俺達なんだぞ」

「私が責任を持って守ります」


 その体で守れるわけがないとソリトは言おうと思ったが、またルティアは言い返すだろうと思い考え込む。

 呪いを付けたのは自分なのだからルティアがやるなら変わりにすれば良いだけのこと。

 だが、ソリトにも目的があり、その一つに冤罪を晴らすというものがある。【天秤の聖女】の情報が無駄にならないためにも、早くこの渓谷に来た用事も果たす必要もある。

 流石にそこまで付き合えない。


「………そうか、盗賊か…ふふ」

「ソリトさん何か良からぬ事を考えてませんか?」

「何を言う聖女。とても人道的だ。殺傷なんて一切無いぞ」


 ソリトは盗賊団の方に近寄り膝をつく。


「お前らを助けてやる」

「ほ、ホントか!?」

「本当だ、俺は自分の言葉を裏切らない。見逃してやっても良い。だが拒否するならお前達の命は無い」

「分かった助けてくれ」

「よし交渉成立だ。じゃあ、お前達の持つ金目の物、装備全て寄越せ。分かったらアジトの場所を教えろ。別に嘘をついても良いが、俺は裏切りと嘘がこの世で一番嫌いでな。その時はそこにいるドラゴンのご飯にでもしてやるよ。活きの良い状態でな」

「ごはん!?じゅるり」


 乗りが良いのか、本心なのかドーラがよだれを垂らしながら言う。

 脅し文句で言ってはみたが流石に人間を食うのはソリトも止めて貰いたいと思いながら、今はこの勢いに乗って不敵に笑う。


「ソリトさん、悪人顔になってますよ」

 〈演技に決まってるだろ〉

「ひゃ!」

「どうしたの?」

「いえ、何でもありません」


 アランに何もない事を告げるとすぐにルティアがむっと顰めた顔でソリトを見ながら【念話】を返した。


 〈いきなり【念話】を使うのは止めてください〉

 〈仕方ないだろ対応中なんだから〉

 〈いつもみたいに無視すれば良かったじ……〉


 盗賊のリーダーが震え上がりながらアジトの場所を答え始めたので話している途中で【念話】を切って、地図を広げて確認する。


「突然切らないでください!」

「ルティアちゃん本当に大丈夫?」

「は、はい。本当に大丈夫ですから」


 ソリトは後ろから強い視線の圧を感じたが無視してアジトの場所の確認を続ける。

 アジトの場所は渓谷を作っている西側の山脈にあり距離も以外と近かった。

 そして、ソリト達は本当にアジトがあるのか確かめるために渓谷から山脈の方に竜車で登り、アジトの場所にいた見張りを黙らせて同様に拘束した。


「聖女…は別に良い。聖剣、盗賊の奴等から装備を剥ぎ取っておけ。ドーラはそいつらが逃げないよう見張りだ。逃げようとしたら食べても良いぞ」

「ん」

「はーい」

「「「ヒィィィィィ!」」」


 怯えながら盗賊達が一ヶ所に固まる。ドーラのご飯効果はトラウマ級に絶大なようだ。


「剥ぎ取りって、それじゃあ盗賊と変わらないじゃないですか」

「そんな事無いわ。彼は金目の物と装備の全てを寄越せって言ってたんだから。問題は言い方だけよ」


 アランからまさかの意外な賛成の声を聞きながらソリトはアジトの中にある金品などの宝のある場所へ向かった。

 そこには金銭、武器防具、貴金属、宝石少々、安価な薬、食料に酒、香辛料が少々、意外な珍しい物などなど様々な物が貯め込まれていた。

 たんまりと貯め込んでいたのでかなりの臨時収入となった。

 だが、何故ここまで盗んでいるのに話が出回らないのかソリトは不思議に思った。

 それから宝を竜車に詰め込んだ後、盗賊団は適当にアジトの中に放り捨てて山脈を降りた。

 すると、突然ソリトはアランにこんな事を言われた。


「あなた商人に向いてるわよ」

「そうか?聖女に俺の意見をフォローをしたお前の方が向いてると思うが?」

「命を金で買わせるなんてそうそう出来ないわ。私はあなたほど商魂逞しくないから無理よ」


 アランにそう言われた時、以前魔物商にも同じ様な交渉をして似た事を言われたのを思い出す。

 とはいえ、実際にソリトは行商をしているのだからアランの言う逞しい商魂を持っていて損はないだろう。


「そうだ。これドーラの服に使えるか?」


 ソリトは網籠あみかごに大量に入っている物をアランに渡す。


「これ、レインボーシルキワームの糸じゃない!」

「アジトの中にあった。あの渓谷で誰かが採取した糸を奇襲で奪ったんだろ」

「あぁなるほど」

「作れるか?」

「十分な量よ。少し余りが出るくらい」

「なら、戻って大丈夫だな」


 そしてソリト達は意外な所で目的の魔物糸を手に入れて中央都市に戻ることにした。

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