第67話 糸を求めた先での成果と儲けその2

 中央都市へ向かっている途中、ソリトは盗賊から快く貰った宝石を手にしながらルティア達に魔力付与を施したアクセサリーでも作ってやろうかと思った。

 また最近ドーラも色々反発しているも聖剣の指導を聞き頑張っている。ルティアはそれを含め、冤罪を晴らすことを協力して貰っている褒美として素材が手に入った時に作ろうかとは考えていた。


 ソリトはどんなアクセサリーが良いか御者台で手綱を握るルティアと竜車を引くドーラ達を観察しつつ考える。

 しかし、細工が出来るようになったとはいえ、見た目に合わせて作るというのは市販されている物を選ぶよりも難しい。


『ありがとうソリト!一生大事にする!』


 ふとファルとの記憶が【思考加速】したように鮮明に過った途端、ソリトの中から多くの負の感情が入り雑じった黒い感情が湧き上がり、つい指に力が入ってしまい持っていた宝石を細々こまごまと砕け散らす羽目になった。

 しかし、物が物だった為に湧き上がった感情は何処かへ鳴りを潜めた。


「マスター落ち着いた」

「あぁ宝石のお陰でな……やっちまった」

「いきなり凄い形相で宝石を砕いたものだから私も驚いたわ。まあ一番驚いたのは指圧で砕いた事だけどね。それで、どうしたの?」


 気遣ったのか冗談を合間に入れてからアランが尋ねる。

 だが、冤罪とはいえ目の前にいる男の正体が【調和の勇者】と呼ばれている強姦男だと知らないアランに私情を話すわけにもいかず、またそこまで信用している訳でもないので、理由を隠す選択しかない。


「アイツら二人に何かを作ろうと思ってるんだが中々浮かばなくて苛つきが頂点に達しただけだ」

「プレゼント?きっと喜ぶわ」

「違う。魔力付与を施した装備だ」

「色気無いわねぇ」

 

 装備に色気を求めても視界の邪魔になるだけだ。求めるのならば恋人や夫婦の間で十分だと、ソリトは考えたくもないことを無意識に思考しながら、話続けるアランの声に耳を傾ける。


「でもそうね……ルティアちゃんにはティアドロップイヤリングとか良いわね。ドーラちゃんはゴシックドレスだからチョーカーとかかしら」


 アランは防具店であり洋裁屋でもあるからだろう。ルティア達にどんなアクセサリーが似合うのかパッと頭の中に浮かんだようだ。

 流石だ、と思うのと同時にドーラの服はゴシックドレスのままかとソリトは思った。

 その時、隣からクイッとコートの裾を聖剣に引っ張られた。


「どうした」

「マスター私には?」

「いやお前は付けても意味無いと思うが」


 そう答えると聖剣は眉間に皺を作りはち切れんばかりに頬を膨らましてソリトを睨む。

 今は少女の姿でも、聖剣は剣だ。アクセサリーを身に付けても付与効果が無駄となってしまう。


「別にアクセサリーでなくても良いんじゃない」

「マスターのなら何でも良い」

「………分かった。何が欲しい」

「それなら服が欲しい」


 聖剣の言う服とはつまり鞘のことだ。アクセサリーや宝石細工は出来るが鞘は知らない。しかし、幸い出来そうな人間が今竜車にいるのでソリトは聞いてみてみることにした。


「なぁ、鞘って作れたりするか」

「えぇ、鞘師も兼任してるから問題ないわよ」

「悪いが鞘も作ってくれないか」

「良いわよ。でもどうして服じゃなくて鞘なの?」

「それは私が剣だから」

「え?剣?」

「おい、待て…」


 制止させようと言葉を投げ掛けるも聖剣は姿形を剣に戻して、ソリトの手元にやって来た。

 アランは言葉を失い、聖剣を見つめる。

 聖剣は人の姿に変身してソリトの隣に座る。


「つまり、こいつの服っていうのは鞘の事だ」

「………なるほど?」

「この事は伏せてもらう。今は周りに知られると困るんでな。契約書を書いてもらう。あと鞘に彫るのは俺がやらせてもらうが良いか?」

「え、ええ」


 驚愕の余りか理解しようすることに精一杯な様子で本当に了承してるのか分からない為、ソリトは後でもう一度聞き直すことにした。


「鞘は作れないが、細工技能で彫刻だけは俺がやる」

「ん、マスターありがと」

「じゃ、聖女と御者台を交代してくる」

「そうよ、ルティアちゃんって聖女様だったのね」

「ん?ああ。だが別に態度を変える必要はないだろ。アイツ自身今さら畏まられても困るだけだろうしな」

「そうね。ならそうさせてもらうわ」


 そして、ソリトは御者台へ移動する。


「交代だ聖女」

「はい。それよりソリトさん大丈夫ですか?」


 車輪の音で聞こえづらくても砕ける音がすれば気になっても可笑しくはない。

 が、何故確信した様に察しが良いのか。

 おそらくここで何もないとソリトが言ってもルティアはまた引かないだろう。


「まぁな、少し嫌な事を思い出しただけだ。もう落ち着いた」

「良かったです。また何かあれば頼ってください。相談でも愚痴でも聞きますよ」

「後ろ向きに考えておく」

「前向き!何のための協力者ですか!?しっかり頼ってください!」

「お前は俺のお母さんか」

「となるとソリトさんは反抗期の子どもですかぁ……ルティアママ寂しいです」


 ルティアの発言にソリトは少し苛つきを覚えた。


「黙れババア」

「な、誰がババアですか!」

「なら酔いどれ聖女だな」

「ふふん、今はもう酔ってなんて、うっ!……戻ります」


 調子に乗って結局酔ったルティアは大人しく竜車の中に戻って行った。


 それから二日掛けてクレセント王国の国境に辿り着いたソリトは幻影魔法で顔を隠して国境を抜けた。ドーラの飛行力ならばあと一日もすれば中央都市に到着するだろう。

 その夕方、少し先に町が見えた。渓谷に行く前にも行商で立ち寄った場所だ。

 陽も落ち始めてきたのでその日は町で宿を取って休むことにして町に入る。

 前とは違いかなりの数の冒険者が町の中にいるのがソリトは少し気になったが、そのまま宿へと竜車を走らせた。


 その夜、ソリトは宿の部屋でルティアの治療に集中していた。

 教会から買った聖水を器に移し、痕の小さい箇所はガーゼを貼り、広い箇所は包帯を染み込ませ、ルティアの体に巻いていく。

 その度にジュワと焼けるような音がして、紫煙が立ち昇り呪いの痕が引いていく。


「大丈夫か?」

「はい。治りかけのかさぶたみたいなむず痒さが治まるような感覚です。あと呪い特有の疲労みたいなものが取れて体全体が少し軽くなる感覚もあります」

「そうか。次は聖魔法だ」


 聖魔法に関しては痛みが無いみたいなので、ソリトは最後に掛けることにしていた。


「精霊よ、我が声を聞き届け、彼の者の邪を祓え〝カースド・キュア〟」


 聖魔法は特殊なのかソリトはスキルを獲得出来ないでいる。

 今のところ一日一回なので困ることはないが、出来ればルティアには早く治って欲しいソリトは少しでも魔法効力を向上させたかった。何せ自分で負わせてしまったのだから。


「ソリトさんの聖魔法の効力が羨ましいです」

「そうか……」

「だって治りが早いんですから」


 それでも根強く残っているのだからあのスキルの呪いの力は相当強力なのだろう。


「大丈夫ですよ。この調子なら数日以内には治っています」

「なら今治れ」

「無茶振りです!……ふふ」


 何か可笑しかったのかルティアが突然微笑した。


「あーまたあるじ様とルティアお姉ちゃんイチャイチャしてるんよ。それだけはダメやよ」


 ドーラが治療中の部屋に入ってソリト達の間に入ってソリトに抱きつく。

 一体何がダメなのだろうかは捨て置き、


「だからお前はどう見たら俺と聖女がイチャイチャしてるように見える」

「そうですよドーラちゃん。今は治療中なんです」


 ドーラはルミノスの件の後から時折言ってはその間に入ってくるのだ。

 ソリトとしては子どもが構って欲しいと駄々を捏ねるようにドーラも気を引こうと適当に言っていると思っている。

 どこで覚えたのかは知らないが、ルティアとはそういう関係ではない。

 それをドーラにしっかり理解させなければならないようだ。

 そう思い至り、ソリトは自分に抱きついているドーラを引き剥がして言う。


「良いかドーラ。俺と聖女はイチャイチャするような関係じゃない」

「でも手繋いでたんよ」

「あれは包帯を巻いた後、すぐに魔法を掛けたから結果そうなっただけなんだ。ドーラ、物事は見聞きしたものだけが真実じゃない。それだけで判断すれば、いつか何の罪もない奴の人生を狂わせる」

「ソリトさん……」


 飼い主だからこそ、ドーラにはクロンズ達や王国の人間のようにはなって欲しくないと思った瞬間、ソリトは無意識にそんな事を口にしていた。


「分かったんよ。でも、ルティアお姉ちゃんには負けないやよ」

「………うん?私も負けませんよ?」

「とりあえず、ドーラは部屋を出ろ。すぐ終わるから」

「はいやよー!」


 ドーラは部屋を出た。


「ドーラちゃんの言ってたこと……」

「お前が分からないんだ。俺が分かるわけない」

「そうですよね。あ、ソリトさん足の方の治療、お願いして良いですか」

「悪い、忘れてた」


 その後ルティアの治療を終え、 ルティア達は食事を済ませて眠りについた。

 その間、ソリトは聖剣の鞘のデザインとルティアとドーラのアクセサリー細工を進めた。


 翌日。

 予定通り中央都市へと戻ることが出来た。

 すぐにアランを洋裁屋へ送り、レインボーシルキワームの糸を魔綿の虹布に加工してもらえることになった。

 その最初の過程でドーラの気分は沈んでいた。


「もぉーややよー」

「ごめんなさいねドーラちゃん、加工するにしても糸に相手の魔力を記憶させる必要があるのよ」

「我慢しろ。終わったらまたあの和菓子の店に連れていってやる」

「あまあま!じゃあ頑張るんよ」


 魔力を糸に流すことにドーラは集中する。

 魔力操作は慣れれば簡単だが、スキルなら感覚的にも違いに差ができ、魔力付与も簡単になる。


 今思うとスキルとはスキルに合った行動を補助する為のものではないかという考えがソリトの頭の中に浮かんだ。


 ならば、勇者と聖女のスキルは?

 この二つに関しては補助ではなく何かの役割を果たすためのものではないか。

 勇者の役割は魔王を倒すこと。では、その魔王とは?その存在は何の為にある。

 何の意味がある。

 分からない。


 ならば【反転】スキルは何の為に存在する。

 明らかに補助から、役割から外れたような力は何の為にあるのだろう。

 負の感情が何らかの理由で変化を与えて生まれたスキル。

 何か意味があるのならそれはなんだろうか?

 考えたところで、ソリトがスキルを極める目的は変わらない。

 だが、知ることで極める為の要素になるかもしれない。


 もしかしたら、スキルを習得して行くことでそれも判明していくかもしれない。

 その為にも早く【天秤の聖女】と出会い、ソリトにかけられた冤罪を晴らさなければならない。


 ソリトは店の扉の方へと体を向ける。


「どこに行くんですか?」

「ギルドだ。【天秤の聖女】の新しい情報が無いか少し聞こうと思ってな」

「私も」

「ドーラが終わったら一緒に来い」

「分かりました」

「アラン、今のうちに竜車の中にある装備の換金を頼みたい」

「査定は戻る途中で済ませてるから、すぐに持ってくるわ」


 そう言って、戻ってきたアランに手渡された金銭袋の中には金貨二十枚もの大金が入っていた。装備だけで高い額となると、あの盗賊達は結構名の知れた盗賊団だったのかもしれない。


「盗賊のリーダーくらいは引き渡しても良かったかもな」

「守銭奴みたいですよ、ソリトさん」

「俺は聖女様みたいに聖人ではないんでね。それに金の必要性はお前も分かってるだろ」

「………そうですね。では、ソリトさんが手を汚すような事をしそうな時は私が止める事にします」


 そう言ってはいるが、冤罪が晴れれば協力関係は終わり、同行することはなくなる。

 つまりはその間に起きれば止めるという事だろう。そう考えて当然なのだが、ルティアの発言はそれ以降も着いてくるような口振りに聞こえる。


「聖女、お前……」

「はい?」


 ルティアも協力関係は冤罪を晴らすまでと分かっている筈だ。そう思ってソリトは言うのを止めた。


「いや……じゃあ、俺はギルドに行ってくる」


 ソリトは【天秤の聖女】の情報を新たに得るためにアルス支部のギルドへ向かった。

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