第52話 黒と白の三英竜

 中央区にある書庫館に到着した。円錐形という変わった外観に目を奪われながらソリトとルティア達は入館料一人銅貨十枚を三人分支払い、馬貸し屋が言っていた混沌竜というドラゴンが登場する物語の本を探す為中に入る。

 ドーラ自身に関する物を探すので、向かっている途中で幽体離脱してもらい、身体は馬小屋で待機させ、主格である精神体はボロ毛布を羽織らせて同行させる。


 中に入ると、壁際に三階建ての二段式本棚が取り囲むような形で設置されており、また一階はそこと他に四方三列で本棚が並び、その中心に読書スペースが設けられていた。

 既に探すのだけで大変そうだ。

 司書に聞いてみると、物語関連は北西側二階に五列ある事が判ったので、ソリト達はそちらへと向かった。


「こ、ここから探すんですよね」

「ああ」


 ルティアが一棚一段の冊数を圧倒されたように呆然と眺めている。それもそうだ一棚だけで既に多く、その上二段式の為より威圧感まであるのだ。


「この中から司書の方達は探している本を瞬時に探したり、整理しているのだと考えると、凄い職業と思う半面、少し恐ろしいと思ってしまいますね」


 感慨深くなったのか、唐突にルティアが感想を述べた。


「とりあえず探すぞ」

「はい」

「はいやよ」


 そして、冊数も棚数も多いこの範囲をルティアとドーラ、ソリトの二手に分かれ端から探す。


「一段目はないな」


 次にソリトは二段目を探そうと、梯子はしごをキョロキョロと探していると、ドーラが床に寝込んで眠っているのを見た。生まれたばかりだから文字が分からないという事を失念していたのでこの結果は仕方ない。

 ルティアはというと二階目に取り掛かろうと梯子はしごを登り始めていた。

 その時、ソリトはあることに気付きルティアに声をかけようとしたが、余り大きな声は出せないので【念話】で頭の中から呼び掛けた。


 〈おい、聖女〉

「え?ソリトさん!」

 〈馬鹿、頭の中で話せ〉


 すると、ルティアがむっと顔を顰めてソリトを睨む。

 

 〈馬鹿とはなんですか。突然頭の中に声がしたら驚きますよ〉

 〈あぁ……お前には初めてだったか〉

 〈そうですよ。それより【念話】持ってたんですね〉

 〈ああ、それより梯子下りろ〉

 〈何でですか?〉

 〈お前、今自分が履いてる物は何だよ?〉


 自分がスカートであることを気付いた瞬間、ルティアは一瞬でボッと頬を赤く染めて両手でスカートを抑えた。直後、足が梯子から外れ体が下に傾いていく。


「チッ、言うんじゃなかった」


 ソリトは自分の失態に悪態を吐きながら一歩踏み込み、ルティアの下に行く。が、咄嗟に飛び出したせいで位置を間違えてしまった。このままではルティアを正面で受け止める事になる。


 即座に【思考加速】を発動した。というか飛び出す前に発動していれば良かったとソリトは加速世界で考えながら、落ちてくるルティアの体勢を観て横抱き出来るよう位置に移動して【思考加速】を切る。直後、ルティアを受け止める。


「大丈夫か?」

「はいありが…………!そ、ソリトさん手」

「て?」

「手をお離しいただけると……その……」

 

 突然顔を真っ赤に染めてもにょもにょ言うルティアの様子でソリトは自分の手が気になり、そちらに視線を移すと右手がルティアの豊かな胸を掴んでいた。

 直ぐに下ろしたが、これにソリトはショックしかなかった。


「不可抗力なのは分かりますが、何故胸を掴まれた私ではなくて掴んだ本人が絶望した表情をするんですか!?」

「いやだって、女に触るだけでも嫌なのに胸って、ありえないだろ」

「なっ!………なるほど…そうですか。一緒に悲しくなる理由は分かりませんが…クソ勇者の方々に対して怒りが込み上げてくるのはとても分かります」


 動機は良くわからないが、クロンズ達が【癒しの聖女】ルティアを敵に回すことになったのをソリトは理解した。


「ソリトさんを冤罪にかけた事、絶対償って貰わないと行けませんね。最初からですけど。フフフフフ、不思議とやる気が出てきました!」

「そこの白ローブの方書庫館ではお静かにお願いします」

「はい……申し訳ありません」


 一階から注意を投げ掛ける男性司書に謝罪するルティアを見ながら、ソリトは、やはり梯子を登ってた時にいうべきじゃなかったな事を密かに誠心誠意謝ったのだった。




「ソリトさん、ありましたよ」


 それから一時間後、怒りと悲しみは何処へ行ったのかと思うほど嬉しそうにソリトの方へとやって来て、見つけた本を声押さえながら見せてくる。

 探していた本はのタイトルは『白と黒の三英竜』らしい。白と黒なのに何故三体の竜なのか。おそらくそのうち一体がドーラのルーツかもしれない混沌竜なのだろう。


「早速読むか。おいドーラ起きろ」

「んや………あるじさま?」

「本を読む時間だ」

「ごは〜ん」


 食い意地を張ったドラゴンだ。命令して万が一呪いでうるさくすれば追い出されかねないので、ルティアに先に下りてもらい、ソリトはドーラをおぶって一階の読書スペースに向かった。


「ドーラちゃん起きてますか?」

「…うん」

「では、読みますね」


 そう言って、ルティアは表紙をめくった。


 ***


 遥か昔、黒き竜と白き竜がいた。

 二体の竜は仲が悪く、互いの力が頂点であることを示すために争い続けていた。


 黒き竜は武を、白き竜は魔を使って力をぶつけ合う。

 そして、それは長きに渡って続けられていった。しかし、自分が一番であるということは中々証明出来ずにいた。


 黒き竜と白き竜は考えた。

 それから白き竜が人間に自分達の力を伝授してどちらの力がより優れているか証明しようと提案した。

 黒き竜はその案を受けることにした。


 そうして、黒き竜は自身武の力をある一つの国に伝え、白き竜は魔の力をもう一つの国に伝えた。


 それぞれの国の人間達は竜から授かった力を使い争った。

 武と魔が交錯し、多くの血が流れた。


 それから年が一つ過ぎた。

 互いの国は沢山の民の命を失った。

 二つの国は争いを拒み、二体の竜に争いを終わらせたいと願った。

 しかし二体の竜はそれを許さなかった。

 戦いを強制し、自分達の力を示そうとした。

 二つの国の人間達は竜を恐怖し、嘆き、絶望した。


 そこに、新たに一体の竜が現れた。

 その竜は黒と白の鱗を持ち、黒き竜の武と白き竜の魔の両方の力を併せ持っていた。

 竜は己の魔と武を持って黒き竜と白き竜を圧倒し、そして勝利した。


 そして竜は言った、「互いの力はどちらも互角。ならば争うのではなく、互いに力を合わせ頂点を目指すべきだ」と。


 こうして、黒き竜と白き竜は互いに手を取り合い、同時に二つの国も手を取り合うこととなった。

 そして、二体の竜を鎮めた竜は後生に武と魔を持った原始のドラゴン、混沌竜と呼ばれるようになり、黒き竜と白き竜も人間と交流を深め崇められるようになった。


 ***


「以上です」


 ルティアは本を閉じた。


「で、その混沌竜がこいつだと?」

「…んや…あるじさま?ドーラ、スゴいのんよ?」


 ぼんやりと聞いていたのか、理解できなかったのか、ドーラはソリトとルティアを交互に何度かキョロキョロ見て尋ねる。

 これを見ていると偉大そうには見えない。逆にアホっぽい感じだ


「そうらしいな」

「おおー」


 ドーラは嬉しかったのか興奮気味になる。


「そういえば、ソリトさんあの話に出てきた武についてどう思いますか?」


 ルティアの言葉にソリトは考える。

 武、そのままの意味で捉えるなら武力という事になる。だが、ルティアはそうは思っていないのかもしれない。

 武力と言っても戦略、武器、兵士の数など捉え方や含み方によって変わるからだ。


「魔は魔法だろうな。ただこれも見方によっては武力だ。あくまで予想だが、武は武技の事だろうな。というか予想はついてるんじゃないのか」

「はい。ですがその、魔物が武技を使うというのが引っ掛かって」

「そうだとしても鵜呑みにし過ぎだ。これは伝承じゃなく物語だ。本当にあった話だったとしても多少は変えてるだろ」

「………そうですね」


 とはいえ、本当にドーラが混沌竜であれば、何故そんな卵をいけすかない魔物商が持っていたのかが気になってくる所である。

 まさか、スキルの成長補正で突然変異したわけでもないだろう。それなら今頃、【魔物使い】によって育てられた何体かの飛竜は混沌竜になっているはずだ。

 ならば、魔物商が知らなかっただけの偶然……は、それにしては出来すぎている。【賭博師】があった所で日常での幸運には作用しない。あくまで賭け事と戦闘のみだからだ。

 何故、幽体離脱出来るのか判るかもとも期待していたかが、ソリトの中で謎が深まっただけになった。


 納得していない顔だ。きっとルティアも同じなのだろうと考えながら、ソリトは席を立つ。


「とりあえずドーラのルーツは一旦保留だ。まだ服の件もある」

「そうでした。普通の服ではダメですから……洋裁屋に行くべきなのでしょうか?」

「そうなるな」

「ごはんやよ?」

「後だ」

「うーごはん」


 どれだけ食い意地を張っているのだろうかこのドラゴンは。


「次の用が終わったら約束を守ってやる」

「美味しい?」

「美味しい食べ物だ。頑張って我慢しろよ」

「はーい」


 万が一と考えてガイドのカナロアに聞いていた店が役に立ちそうだ。


「苦労しますね」

「お前が言うな」

「む、それはどういう意味ですか!」

「はぁ」

「無視しながら溜息吐かないでください!」

「そこの方お静かにお願いします」

「申し訳ありません」


 こんな調子でソリト達は書庫館を後にした。

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