第51話小さな理解

「あんたがゴートホースを貸してる【魔物使い】か?」


 目的の馬貸し屋の所へ到着してドーラから下りて早々ソリトは、ギルドマスターの知り合いらしきウエスタンハットを被った男に尋ねる。


「………そ、そうです。ゴートホースを借りに来たということでは、ないですよね」

「ああ、実はギルドマスターのカロミオっていう男から魔物紋も取り扱ってると聞いてな。本当か?」

「カロミオの知り合いですか!」

「ああ、今日の夜に時間があればいつもの酒場シューメイでらしい」

「本当に知り合いのようですね。……すみません、魔物紋ですよね。扱ってます。もしかしてそのドラゴンにですか?」

「ああ。ドーラ命令だ聖女の頭をかじれ」

「やよー!」


 ドーラはそっぽを向く

 主の命令に逆らったのに、ドーラに掛けた魔物紋は反応しなかった。


「こんな感じで魔物紋が一切反応しない」

「命令に悪意が感じられるのですが」

「適当に決まってるだろ」

「適当で食べさせようとしないでください!」


 ルティアが抗議しているが、ソリトは馬貸し屋の前に行く。

 勿論、後ろから送られる強い視線も無視だ。


「悪いな」

「あ……えっと、ところでさっきドラゴンが喋ったような」

「で、まず調べて欲しいんだが」

「畏まりました。それでドラゴン…」

「知らん、早くやってくれ」

「は、はい!」


 魔物が喋ることに興味を持つ馬貸し屋の言葉にソリトは低い声で被さって魔物紋を調べるように促す。


「では、少しお預りしますが宜しいですか?」

「バラすくらいになるべく詳しく調べてくれ」

「ギュア!?」

「いやいやそのような事出来ませんよ!」

「冗談だ。何かあったら慰謝料は請求するが」

「ギュア〜」


 ソリトの一言に安堵の声をするドーラと共に馬貸し屋は奥へ行った。

 ドーラはもっと抵抗すると思っていたが、素直に付いていった。ソリトが近くにいたからかもしれない。

 それから数分後、馬貸し屋の男がドーラと共に戻ってきた。


「お待たせしました」

「原因は?」

「はい、どうやら純血種のドラゴンのようで普通の魔物紋では意味を成さないようです」

「純血?混血じゃなくてか?」

「はい、私も最初はそう思ったのですが、間違いなく純血種です。それでさっきの話なのですが、高位の魔物は普通の魔物紋では拘束出来ないのです」


 プルトの受付嬢の見立て違いではあったが、見たことがないと言っていたのだから仕方ないだろう。


「つまり、純血種のドラゴンであるこいつには今の魔物紋は意味がないと」

「はい」

「ちなみに何の純血種か判るか?」

「うーん」


 何かを躊躇う理由があるのか、話そうか迷って馬貸し屋の男が頭を捻る。


「……これは推測に過ぎませんが、おそらくこのドラゴンは混沌竜ではないかと」

「混沌竜?聖女は知ってるか?」

「いえ」

「本当かどうかは私も些か自信がありません。ですが、混沌竜の詳しい話は中央区域の書庫館に行った方が早いと思います」


 ソリトはこの後にでも書庫館に行ってみようと思いながら話を続ける。


「それで高位用の魔物紋は施せるのか?」

「ええ、ただかなり値が張ります」

「幾らだ?」

「そうですね、銀貨百四十枚でどうですか?」

「……高いな」

「本来なら安くてもこの七倍はしますよ。カロミオの紹介ということで今回は大マケさせていただてます。どうですか?」


 七倍という値段を聞いて精神的ダメージがソリトに与えられた。

 今すぐにでも血反吐を吐きたい気分だ。

 それでも施す選択肢しかないソリトはその値段に折れ、馬貸し屋に銀貨百四十枚を渡す。


「ちゃんと掛けてくれよ」

「分かっておりますとも」

「ドーラこっちに来い」


 いつの間にかルティアの隣にいたドーラ。ドスドスと足音を響かせながらソリトのもとにやって来る。


「良いかそこでじっとしてろ」

「何でやよ?」

「後で旨い飯を食わせてやる」

「じっとするやよー!」


 翼をパタパタさせ喜ぶドーラの足元に馬貸し屋が魔法陣を描いていく。

 書き終わった今もドーラは大人しくしている。施すなら今だろう。ソリトは馬貸し屋を見て頷き合図を出す。馬貸し屋も同じく頷く。


「よし、集合!」


 馬貸し屋が号令を掛けた瞬間、裏から部下らしき男達が現れ、ドーラを中心に取り囲む。

 そして、ソリトは血を魔法陣に分けて欲しいと指示で親指の腹を噛みきり魔法陣に血を落とす。直後、馬貸し屋と部下達が魔法を唱え始めた。

 すると魔法陣が光り輝き、ドーラを捕らえるように天井の方まで光柱となって伸びる、


「え、なんやよー!」

「や、やっぱり喋ってませんか!?」

「聖女が驚いた声を出しただけだろ」

「え、な、なんやよー!」


 ルティアが何故か顔を赤くしながらドーラの言葉を真似る。


「ぐぅぅぅぅぅ!がああああ!」


 魔物紋の上書きで痛みを感じ始めたドーラが暴れまわり外に出ようとするが、その度に魔法陣が発する光がバチバチと防ぐ。

 それに馬貸し屋と部下達が驚愕の声を出す。


「流石純血種のドラゴンだ。念のために従業員を総動員して拘束しているのに動き回るとかヤバい」


 ドーラのレベルはまだ20。これで50、60となるとどれだけ強いのだろうか。将来は有望のようだ。


 暫くして、ドーラの腹部に魔物紋が刻み込まれ、大人しくなった。それを確認した馬貸し屋は部下達を下がらせた。


 ソリトの方は早速、タグで項目を見る。と、今度は設定できるようになっていた。迷わずソリトは自分の命令には絶対に従うという項目にチェックをいれ、他にも設定しておく。


「はぁ、はぁグルぅ」


 ドラゴンの姿の肩で息をして、何かを言いたそうにソリトに視線を向けるドーラ。

 そして、ソリトは【念話】をドーラに繋げる。


 〈何だ?〉

 〈あるじ様酷いやよ!痛かったやんよ〉

 〈そんな所悪いが出発だ〉

 〈やー!その前に美味しいものやよー!〉


 念話内とはいえ命令を拒否し、美味しい物をねだったドーラの魔物紋が輝く。


ギュえっギュアアアアやよぉぉぉぉ!」

「ソリトさん何を」

「ただの確認だ。聖女は黙ってろ」

「でも」


 理解はしているでも納得は出来ないといったルティアだが、強く止めることはなく沈黙して立ち尽くす。

 その間にあの時のように薄くドーラの体が白く光る。だが、今回はその光が消え魔物紋の呪いが確り発動する。


 〈痛い、痛いんやよぉあるじさまぁ〜!〉

 〈命令を聞けば痛くなくなる〉

 〈やよぉー!〉

 〈なら痛みが増すだけだな〉

 〈ぐぅぅぅぅぅ〉

 〈途中で食べさせてやるそれで良いか?〉

 〈ホントなん?〉

 〈ああ、俺は自分の言葉は裏切らん〉

 〈分かったやよ〉


 ドーラがソリトの命令に従う事を決めると、魔物紋の輝きが消えた。


「確り発動したようですね」

「世話になった」

「いえ、こちらも良い体験を部下どもにさせることができました。魔物紋を施し直す仕事はそうそうないので。それとこの魔物紋はかなり強力なので何かをしようとしてもそう簡単には弄れませんのでご安心ください」

「そうか」


 商売人としてこの男の言葉なら信用して良いだろうと、馬貸し屋の言葉を受け取り、ソリトはドーラの正面に立つ。


「ドーラ、今掛けた魔物紋に銀貨百四十枚を損失した。これでもかなり大金だ。その分黙って俺の命令に従って貰うからな」

「や、やー」


 成竜とはいえ精神はまだまだ幼子なドーラだ。我が儘になるのは分かるし、ソリトだって良心が傷付く。

 だからといって、旅に同行する以上は自重してもらわねば困るのだ。


「はぁ、言うことを聞けないなら仕方ない。馬貸しとはいえお前だって馬車は引けるからな。この主人にお前を引き取って貰うことにする」

「ッ!」


 その言葉でドーラは自分の立場がようやく理解したらしく、表情に怯えが浮かぶ。


「で、ちなみにいくらだ?」

「純血種ですからねぇ、相場を考えても金貨五十枚以上の値は十分ありますよ。魔物紋も強力なものですから。逆らうことも出来ませんしね」

「だそうだ。良かったなお前の好きな馬車を一生引く生活が出来るぞ。とはいえ、他人に貸すわけだからな、質の悪い奴だと飯抜きにされたり、もしかしたらこっそり実験台にされたりもあるかもな、そうしたら使い物にならなくなって殺されるかもな」

「や、やーやよー!」


 ドーラは馬貸し屋がいることも忘れて幽体離脱して、素っ裸の少女姿でソリトに抱き付いて泣き出した。


「ややよぉ、あるじ様と離れたくないんやよ。一緒にいたいんよ。すてないでぇ、ドーラのこと嫌いにならないでほしいんよぉぉぉぉぉぉ」


 馬貸し屋の方に視線を向ければその光景に仰天している。


「俺の言うことに素直に聞くなら嫌いにもならないし、一緒にもいてやる。捨てもしない。分かったか?」

「うん」

「じゃあ人前で人の姿は控える言語を話すのは止める。これが最初の命令で約束だ。良いな」

「はいやよ!」


 ドーラは肉体の方に戻っていった。


「今の幻術魔法は他言無用だ。分かったな」

「幻術……魔法。あれが」

「……訳ありだ、これで了承しろ。これは忠告だ」


 馬貸し屋は黙って頷いた。

 と、その時、後ろにいるルティアが微妙な顔でソリトを見る。


「ソリトさん、少しキツすぎなのでは」

「それなら止めれば良かったろ。でも止めなかった。俺がそうしない事を理解してたからじゃないのか?」


 無償で得たとはいえ、結果的に銀貨百四十枚も損失したのだから、捨てるなどするわけがない。


「そうですよ。ふふ、良く分かりましたね」

「何となくだ」

「なるほど、何となくでも私を理解してくださってるんですね」


 逆にルティアはソリトを勝手に理解し過ぎである。


「嫌そうですけど、もっと知っていきますからね」

「止めろ、見るな、近づくな」

「む。ソリトさんはもう少し飴を出すべきだと思います」

「これで十分だろ」

「…はぁ……今のソリトさんの事を考えると鞭が多いのは納得です。あ、行きます?」

「だから………行くぞ」


 ソリトは店を出るタイミングを見抜かれながらルティア達と店を後にした。


「お前は理解を抑えろ」

「ソリトさんが私を理解すれば読みにくくなりますよ?」

「絶対理解したくない」

「ソリトさんのアホ!べー!」

「子どもか!」


 年齢的にはルティアは一応まだ子どもだった、なんて小さな理解をしながら書庫館へ向かった。


 ̄ ̄

ドーラの服どうしたら……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る