第50話ギルマスへの要求

遅くなりました。

―――




「ギルドマスター、当事者のお二方と聖女様をお連れしました」

「………ああ、入ってくれ」


 声からして男のギルドマスターの返事で受付嬢が扉を開け、扉の端に寄りソリト達に先に入るように促す。

 その前に少し間があった気がしたソリト、事情は知っているはずなので【癒しの聖女】の存在も分かっているはずだが、それでも、萎縮してしまうものなのかもしれないと【思考加速】を発動して考えながら案内された応接室へと入る。


 目の前に現れたのは、綺麗に整髪された茶髪にスーツを着用した中年の男だ。他にいないのを見るに、受付嬢の言葉に嘘偽り無ければ、彼がギルドマスターだろう。


「初めまして、私がギルド中央都市アルス支部、ギルドマスターのカロミオ・ローベンだ。【癒しの聖女】のルティア様と、そっちの君達が今回の当事者のソリトくんとカナロアくんで宜しいかな?それでもう一人女の子がいたと報告が来ているが?」


 受付嬢が向かいのソファにソリト達を案内した後、手短で簡単な自己紹介を済ませて、詳細は聞いているらしく、ソリト達に簡単な確認として訊ねてきた。


「さあな、いつの間にか姿を消していたとしか」

「そうか。まあ、今回は咎める為に呼んだんじゃないから構わない」


 そう言ってカロミオはソファから立ち上がり、ソリトに頭を下げた。


「ソリトくん、カナロアくん。今回はギルドの冒険者達が申し訳なかった。あの五人には然るべき処罰を与える。貴族の方も出身国と話し合い処罰をくだす事を約束する」

「分かった。それで、俺達への償いはどうする?」


 処罰は分かったが、あの五人に関してはギルドの、坊っちゃんは国の監督不行き届きが問題、ギルドと国が然るべき処罰を下すのは当然だろう。

 つまり、ソリトはギルドは迷惑料として何を支払うかによって不問にするという提案を遠回しにしているわけだ。

 何せ、喧嘩を売ってきたのはあちらなのだ。ソリトはただ【威圧】と殺気を向けただけ。そこに問題がないと問われれば少しはあるかもしれないが、一方的に手を出そうとした相手にと考えればまだ優しい対応だろう。


「そもそも、俺は冒険者じゃない。ギルド内で冒険者が一般人に手を出すのはどうなんだ?」

「確かにその通りだ。分かったそれ相応の対価を払うと約束する」

「なら、契約書を書いてもらう?言葉だけだとどうにもな。ガイド、お前もそれでいいか?」

「え!あ、はい。私はガイドを出来ればそれでいいので」

「分かった。シーナくん契約書を持ってきてもらえるかな」

「少し待ってくれ」


 シーナという名前だったらしい受付嬢にカロミオが契約書を持って来るように頼み話が付いた瞬間、ソリトは受付嬢を呼び止めた。


「契約書は今ここで書いてもらう。ガイドお前が書け」

「え?」


 突然自分に話の矛先を振られ、ソリトの一言に何故?と疑問に思い、驚愕と少し困惑の混じった複雑な表情を向けるカナロアにソリトが簡単に説明する


「確か、お前は【筆写師】のスキルを持ってたな?」

「は、はい」

「【筆写師】なら書類くらい早く作れるんじゃないか?」

「確かにガイドの無い時は事務での書類作成は私メインでやってましたが」


 所持者のカナロアが聞き入りながら納得していた。


「なら、契約書くらい早く作れるはずだ。それにここで書いてもらった方が信用性がまだある」

「………確かに、カナロアくん頼めるかな」

「畏まりました」


 ソリトの提案はお前達の契約書は信用出来ないと言っているのと同義だ。にもかかわらず、カロミオはその提案を呑みカナロアに作成を頼んだ。念のため、カナロアには自分達用に三枚書いてもらうことにした。

 おそらく信用されないより、信用を勝ち取る方を選択したのだろう。


「では、君達の要求を尋ねるとしようか」


 ソリトは先にカナロアに要求を勧める。何故なら一番の被害者はカナロアなのだから。最優先がカナロアになるのは当然だ。


 そして、カナロアは迷惑料と、あの坊っちゃんが二度関われないようしてほしいという要求を提示した。

 それだけで良いのかとカロミオは尋ねるが、ガイドの仕事が出来るのなら他には無いとのこと。余程案内人としての仕事に誇りを持っているらしい。


「俺が要求するのは二つだけだ。一つは各勇者の現在の行動と【天秤の聖女】の目撃情報を集めること、そして、これらの内容に関して他言無用と中立を貫く条件を呑んで貰う。この二つだ」

「理由を聞いてもいいかな」


 カロミオが怪訝な表情で尋ねる。

 ソリトも自分が似たような事を言われれば同じように疑念を抱き、尋ねるだろう。

 疑念を抱くのも当然だ。

 ゆえに、ソリトは核の部分は隠して理由を簡単に説明する。


「【調和の勇者】の冤罪を晴らす為に【天秤の聖女】の力が必要だからだ」

「【調和の勇者】、確か自分のパーティの女子に強引に迫ったていう。冤罪というのが本当だとしても何故君が?」

「彼に恩があるのです」


 カロミオの質問にソリトが答える前にルティアが返した。

 そして、ルティアはすぐに頭を下げ謝罪する。


「申し訳ありません。話に割り込んだご無礼お許しください」

「いえ。それで、つまり【癒しの聖女】様が【調和の勇者】に恩返しとして探しているという事でしょうか?」


 カロミオが質問の矛をソリトからルティアに変えて話を続ける。


「はい。それだけの理由だとお思いかもしれませんが、私はあの人が犯罪をそれも女性に無理矢理手を出すような人ではないと知っています。あの人は無愛想で、人や人の話なんて聞かず無視ばかりで、素直じゃなくて、目付きの悪いどうしようもない人です」


 本人がいる前で堂々と貶せるなと、ルティアが一つ一つ語っていく度に眉間にシワが寄り、口角が吊り上がらせながら怒りが心頭に発していくも、一応名前を伏せてルティアが語っているからと、ソリトはボロが出ないよう内心だけに抑え込む。

 そこにルティアが「でも」と前置きし、話を続ける。


「目の前で困ってる人がいれば放っておけなくて、面倒くさがりながらも面倒見が良くて、普通に心も傷付く優しい人なんです。そんな彼が犯罪などする筈がないんです」


 そう言った後、ルティアは再び頭を下げる。


「お願いします。どうか【調和の勇者】様を助ける力を貸していただけませんか」

「聖女様の気持ちも【天秤の聖女】様を探す理由も十分に理解しました」


 ルティアの過剰な恩返しの想いは、ルティアの性格上ソリトの方から折れるしかないくらいのものだ。だからか、今回はさすがに聖女としては個人に偏り過ぎているように感じた。

 それでも怪訝な表情を納得に変えるには十二分だったようだ。


「ありがとうございます」

「いえ、ですが納得は出来ません」

「何故ですか?」

「勇者となれば国が関わる。いくら中立のアルスに構える支部とはいえ国にもギルドはあるからな。ギルド全体を巻き込むことになるなら多少なりと詳細を聞く必要がある。そんなところか?」

「その通りだ」

「調べろと言っても噂、範囲はこの都市だけだ。各国から商人が訪れるんだから困らんだろ。それにこっちも余り表立ちたくはない。何より、〝中立〟を貫いて貰うって言っただろ」


 ソリトとしては国が何か手を回してきて裏切ったとして手出しできないように釘を刺すのがメインであるが、表立つのも本当である。

 それでも敵対すれば容赦はしない。その時は敵対した人間全ての命を奪うだけである。それがたとえ敵対者の中に大切な家族を持っていたとしてもだ。


「…………分かった」


 悩んでいたが、最後は頷いたカロミオ。ギルドマスターとして良い判断をした。

 そして、それらをカナロアが契約内容に書き記していく。

 書き終わると、残り二枚も同じ事を書き記し、ソリト、カナロア、カロミオはそれぞれ三枚の契約書にサインを書き自分の手元においた。


「ガイド、悪いがお前にも【天秤の聖女】の方の情報を集めて貰う。ギルドがやるとはいえ範囲が広いからな。拒否権はないからな。決闘の際の契約依頼だ」

「……はい」

「これで話は終わりだな。まだここで行商する為の手続きが終わってないから行かせて貰う」

「君は行商人なのかね?」

「ああ。行商の許可と何か分かったら……聖女、様宿は?」

「既に取ってありますよ」


 そして、ルティアが宿の場所を教える。そこはカナロアがソリトの要望で薦めていた宿だった。


「じゃ、もう行く」


 ソファから立ち上がる前にカロミオがソリトを呼び止める。


「その手続き、ギルドが受け持とう。場所に関しても保証する」

「………契約内容に追加でいいか?」

「勿論だ」


 という訳で契約書に新たな項目が追加された。


「ああ、そうだ。少し尋ねたいんだが」

「何かね?」

「この都市に魔物商はいないか?」

「何故?」

「聖女、様が乗ってきたドラゴンがいたろ?あれは俺のでな。ただ、どういう訳か魔物紋の効力が効かなくてその原因を探りたいと思ってるんだ」

「魔物商はこの都市にはいないが、知り合いに馬車用にゴートホースを貸している奴が【魔物使い】で魔物紋を取り扱っている。そこなら分かる筈だ。南門付近のメインストリートに建っているからすぐわかる筈だよ」


 南は他国への行き来がしやすいゆえに人混みが激しい場所らしい。となるとギルド冒険者が依頼の為に借りようとして競争率が上がる。確かにそこに構えるのは忙しい分、儲かるには善手ではある。


「ちなみに土地の斡旋をしたのは私達だ」


 だから行商を行う場所の手配は期待していてもらって良い、そう言いたいのだろう。


「じゃあ、許可を貰ったらさっき教えた宿に来てくれ。いなかったら伝言でいい」

「そうしよう、ちなみにあのドラゴンはどうやって?」

「偶々だ」

「…なるほど」


 カロミオがそれ以上言ってこないので、ソリト達はギルドを後にし、それからカナロアとも直ぐに別れた。

 そして、ソリトとルティアはギルドの馬小屋で待っていたドーラと合流してカロミオの知り合いの【魔物使い】の馬貸しの場所へ向かった。

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