第13話 黒大蛇

 奥地へ来てからしばらく経過した。

 だが、対象と遭遇する気配が一向にない。

 話を聞いた限りでは、あちらから襲って来る筈。

 明らかに妙だった。


 一旦足を止めるソリト。

 視界を封じ、周囲の気配を探る事に集中する。

 おそらく、大蛇は襲撃する隙を狙っているのだろう。

 微かな葉揺れ、触れる空気は自身の意識から排除する。

 探るのは潜む敵の殺気だけ。

 獲物を観て静かに待つ殺気を。


 何かが触れた。

 その瞬間ソリトは両眼を見開いた。

 右横から微かに風鳴り音が近付いてくる。

 同時にソリトは上へ跳躍する。直後、足下を何かが通過した。

 右の靴先が掠り。

 一瞬でもタイミングを違えれば諸に衝突していただろう。


 油断せず気配を捉える。

 通り過ぎた敵がバキッと木を折るのを音で確認した。

 聖剣を構えるソリト。

 その背後から敵は襲い向かってきた。咄嗟に振り返って腕を交差させ防御体勢をとった瞬間、吹き飛ばされた。


 しかし、余りダメージも痛みも無い。

 ソリトはすぐに立ち上がった。

 防御力がかなり底上げされている事を冷静に実感する。


「光の精霊よ、道を照らせ〝アインス・ライト〟」


 少し離れた所からルティアの魔法を唱える声が聞こえた瞬間、辺りが光に照らされた。

 そして、ソリト視線の先に長大な黒大蛇がいた。

 体長は約十五メートルはありそうだ。


「シャアアアアアア!」


 巨大な黒大蛇が頭部を起こして咆哮をあげた。


「何でこれで見つからないんだよ!」

「お、落ち着いてくださいソリトさん!」


 照らされてやっと目にした黒大蛇を前にソリトは思わず叫んでいた。

 頭では理解している。

 光の射し込まない密森林の暗闇と大蛇の黒い鱗が保護色化して姿が隠蔽されていたことは直ぐに理解した。

 だが、叫ばずにはいられなかった。

 光魔法のお陰で今は姿を視認出来ているが、効果時間が切れれば再び姿は隠蔽される。

 ここは黒大蛇との相性が良すぎる。

 厄介な相手だ。


「聖女、お前は村に戻れ」

「な、何ですか!?」


 ルティアが抗議してくる。

 が、その間にも黒大蛇はソリト達に金色の瞳をギラつかせながら大口を開け、矢の如き凄まじい速度で襲い掛かってくる。


「きゃ!」


 咄嗟にソリトはルティアを両腕で抱え横に跳躍し、回避したと同時に黒大蛇に一発蹴りを入れた。

 一撃によって黒大蛇が地面を引き摺りながら仰け飛ばされた。

 その時、黒大蛇の姿が闇と少し同化していた。

 光魔法の効果が終わり始めている。


「光の精霊よ、道を照らせ〝アインス・ライト〟」


 そこにルティアが光魔法を再び発動して姿を晒させた。

 ソリトは一旦距離を取る。


「私は光魔法を繰り返し発動して維持します。その間にソリトさんはあの黒蛇を倒してください」

「必要ない。ライトなら俺も使える」

「戦闘に集中して欲し…ソリトさん!」


 ルティアが指差す右斜めの方向から黒大蛇が尾先で攻撃しようとしていた。

 バキバキと木々を破壊しながら、水平に尾をしならせて振るって迫る。

 ソリトは後ろに回転しながら跳躍し回避する。

 着地と同時にルティアに話し掛けられる。


「ソリトさん下ろしてください。私は大丈夫です」

「分かった」


 ルティアの体を腕から離すと、ドサッと地面に落ちる。


「あたっ!……もう!ちょっとは止めてくださいよ」

「俺に求めるな」

「本当、そうでした!」


 ルティアが自棄気味に不貞腐れる。

 そんな事より、黒大蛇を早く討伐することに気持ちを切り替える。


「とりあえず下がれ!」

「いや……いやです!」

「悩むなら下がれよ!」


 などと言い争っていると、


「シャアアアアアア!」


 黒大蛇の喉部分が膨らみ上がった直後、ソリト達に向かって紫色の吐息を吐き出した。

 反射的にソリトもルティアも後ろに下がる。

 だが、範囲が尚拡大して行き、ソリト達は吐息の霧に包まれってしまった。


「何だこれ?」

「ゲホゲホゲホ………!」


 ソリトが平然としている中で、ルティアは口と鼻を塞ぎながらも咳き込んでいる。色的に危険な物だと反射的に回避したが、当たりのようだ。


「ソ…ッ!ゲホゲホゲホ……!」


 何か訴えようとしたようだが、ルティアは辛そうに咳込む。


「聖女。三度は言わない、下がれ!」

「ゲホゲホ!」


 咳き込みながらルティアは頷くと、バトルジャケットの中に着ている黒服の裾をぐいぐいと引っ張る。

 あなたも、とでも言いたいのだろう。

 だが、ソリトは特に咳き込むといったことがない。

 これは予想だが、この霧は相手を状態異常にする類いのものだろう。

 そして、それはソリトが獲得した【麻痺耐性】か【毒耐性】のどちらかが防いでくれているのだ。

 ルティアに痺れがみられないところを見ると黒大蛇が吐いたのは毒霧だ。


「良いから行け!死にたくないなら行け」


 裾を掴む手を更にぎゅっと強くしたが、ふらっとルティアの体はふらつき自然と掴んでいた手も離れる。

 ソリトは大量に霧を吸わないよう肩に顔を埋めさせた状態でルティアを抱え、急ぎ毒霧の外へ脱出した。


「ゲホッゲホッ!…すいません。立ち眩みを起こしてしまいました」


 吐息煙から少し離れた所で下ろした所で、ルティアが謝罪する。


「それより自分で治せるな」

「…はい……精霊よ、彼の者に、安らぎを〝アインス・キュア〟」


 魔法を唱えて自分自身に掛けると、荒かった息がすぐに落ち着いていき、少しして体を起こした。

 毒にもよるが中級の回復魔法でもアリアーシャは数回は唱えて全快させていたのをソリトは思い出す。


 それはともかく。

 この後の戦闘はルティアがいくら回復魔法を扱えても参加は厳しい。

 ソリトは【毒無効】があるため戦えるが、ルティアは数分も持たないだろう。


「聖女、お前はここにいろ」

「はい……行くんですね」

「ああ」

「すいません」


 その謝罪は何に対してだろうか。

 さっきの事を謝っているのなら、何か勘違いをしている。

 戦闘に参加出来ないことなら、情報が不足過ぎたのだ。

 どちらにせよ、ソリトは目の前で死なれる事に後味が悪いと感じたからだ。


「気にするな。元々、お前と馴れ合う気はない」

「そうでしたね」


 ルティアが俯きながら薄く笑う。


「ま、ここに来るまでの事は助かった」


 そう言ってソリトは黒大蛇の元に戻るため、駆け出した。


「〝アインス・ライト〟!」


 元いた場所辺りまで着いた瞬間、光魔法を唱えて広範囲を眩い光が照らす。

 少し先に影のような黒大蛇がおり、突然の強い光に驚愕し、更に眼をやられたか暴れ始めた。

 黒大蛇の攻撃範囲に入った瞬間、暴れる尾が襲い掛かってきた。


「流星閃!」


 暴れまわる尾を掻い潜りながら、光の剣閃を黒大蛇の顔目掛けて放つ。

 流星閃が鱗を削いで命中し黒大蛇が悲鳴をあげる。

 その隙を狙い追撃する。


「〝アインス・フレイムボール〟!」


 火魔法を黒大蛇にぶつける。

 鱗の一部に命中するが、少し焼け焦げた程度で余り効果がない。

 どうやら、蛇鱗の皮は魔法耐性が高いらしい。

 だが、こういう敵の場合は斬撃に弱い事がある。 ソリトは一気に踏み込み、黒大蛇の懐まで接近し聖剣を振った。

 聖剣は鱗を断ち、肉を斬った。


 流石は聖剣、とソリトは心の中で誉めておく。


「シャアアアアア!」


 同時に、黒大蛇が毒吐息を吐き撒き散らす。

 そんなもの気にも止めず、ソリトは跳躍し黒大蛇の体に沿って頭上目の前まで到達し、聖剣を上段に構える。


「死ね!」


 聖剣を黒大蛇の頭部目掛けて全力で振り下ろす。

 剣筋の見えない剣撃が頭部を斬り裂き、上に伸ばしていた身体を斬り裂いた。

 ズシンと黒大蛇の頭部、次いで身体が倒れた。


『黒大蛇を討伐により全能力が上昇します』

『同一条件スキルを確認。補正措置により全能力が上昇します』

『同一条件スキルを確認。補正措置により全能力が上昇します』

『スキル【夜目】を獲得』


 これまででスキル獲得には様々な条件があるらしいが、そもそも、その条件の定義が不明でソリト自身もまだ理解できていないのだ。

 だが、今回の既に得ているスキルがある場合のステータスの全能力上昇に変換されるという予想外の新たな発見は確信を持って理解したと断定出来た。


「ソリトさん!」


 後ろに振り返ると、ルティアがソリトの方へと手を振りながら走って来ていた。


「聖女」

「ルティアです!ル・ティ・ア!」

「いやどうでも良い」


 だから何故この世の終わりみたいなショックを受けた顔をするのだろうとソリトは思いつつ、二回目だからか面白いと思った。


「何でニヤけるんです?」

「………」

「今の無視する場面ですか!?」


 なんてツッコミをいれてくるルティアを無視して、ソリトは黒大蛇の死体に体を向ける。

 そして肉は焼却し、鱗は解体して素材にした後、ソリトは幾つか回収して持ち帰った。

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