第2話

▼回向院境内 勧進相撲二日目 土浦取組後


【取組を終えて、続く力士に力水をつけたあと、土俵裏までさがってきた土浦。先の取組の興奮もさめやらぬなか、ましてや上がり切った息など収まる暇もないなか、親方が労をねぎらいにやって参ります。激しい息に巨体を揺らしたままの土浦とのやり取りが始まります。どんな会話かと申しますと】


親方  <おう、おう、土浦。いい押し出しだったな。けっこう、けっこう>

土浦  <ごっつぁんです>

親方  <相手がこう来たらこう、そう来たらそう。教えた通りだ。いいぞ>

土浦  <ごっつぁんです>

親方  <明日は早くも松島が相手か。力むなよ>

土浦  <ごっつぁんです>

親方  <相手は小結とはいえ、先場所では悔しい思いをしてるだろ?>

土浦  <ごっつぁんです>

親方  <ひとつ、じゅうにぶんに報いてやれ。やり返せ>

土浦  <ごっつぁんです>

親方  <ふつふつとたぎる気概といったところか。まぁまぁ、冷静沈着に。今日はよく風呂に入って。明日に備えろ>

土浦  <ごっつぁんです>

親方  <風呂に入ったあとは飯だな。何が食いたい?力の付くものだろう?>

土浦  <ごっつぁんです>

親方  <そうだ、お前の故郷から今日もたくさんの応援があったみたいだな>

土浦  <ごっつぁんです>

親方  <ある方が、霞ヶ浦の鯉をくれたぞ>

土浦  <ごっつぁんです>

親方  <懐かしだろう?>

土浦  <ごっつぁんです>

親方  <そうか、そうか、そうだろう>

土浦  <ごっつぁんです>

親方  <よし、決まりだ。今夜はふるさとの味といこう>

土浦  <ごっつぁんです>

親方  <刺身じゃいけないな>

土浦  <ごっつぁんです>

親方  <ん?>

土浦  <ごっつぁんです>

親方  <おうおう、腹壊すなよ>

土浦  <ごっつぁんです>


【親方と土浦がかみ合っているんだか合っていないんだか分からないやり取りをしているところ、今度は付き人が、親方にも土浦にも遠慮しがちに話しかけます】


付き人 <いや、関脇。お疲れさまでした>

土浦  <ごっつぁん>

付き人 <手ぬぐいをどうぞ>

土浦  <ごっつぁん>

親方  <じゃあ、俺は行くから。おう、お前、あとは頼んだぞ>

付き人 <ごっつぁんです>

土浦  <ごっつぁん>

付き人 <関脇、みごとな寄せでした>

土浦  <ごっつぁん>

付き人 <あれはやはり、相手の出方を見てですか?それとも、直感で?>

土浦  <ごっつぁん>

付き人 <そうですか、すごいですね>

土浦  <ごっつぁん>

付き人 <新しい浴衣をどうぞ>

土浦  <ごっつぁん>

付き人 <大風呂はいま松島関がいらっしゃいます>

土浦  <ごっつぁん>

付き人 <さすが関脇。そんなもの関係ないと>

土浦  <ごっつぁん>

付き人 <行きましょう。ささ、こちら>

土浦  <ごっつぁん>

付き人 <そうだ、昨日は申し訳ございません。関脇が好きな固い手ぬぐいを持ってきておらず。背中を流すにもいつもと違ったでしょう?>

土浦  <ごっつぁん>

付き人 <わたしとしたことが、こんな落ち度を致すとは。今日はきちんと固い固い手ぬぐいを持って参りました>

土浦  <ごっつぁん>

付き人 <このあと、関脇の大好きな鯉料理もお出ししますので>

土浦  <ごっつぁん>

付き人 <あら、ご覧ください、あちら。タニマチの>

土浦  <ごっつぁん>

付き人 <ええと、誰だっけな。まずいな、思い出せ>

土浦  <ごっつぁん>

付き人 <思い出せ、思い出せ>

土浦  <ごっつぁん>

付き人 <そう、五津町のひいき筋、五津町の>

土浦  <ごっつぁん>

付き人 <関脇、取組後で疲れておりましょうが、少々お時間かかりますが、話してあげてくださいな>

土浦  <ごっつぁん>


【先の取組での勝利に大喜びのひいき筋が土浦の汗みずくの巨体へと飛びつくようにして申しますことには】


タニマチ<いよっ、日本一>

土浦  <ごっちゃん>

タニマチ<今日は見事だったね>

土浦  <ごっちゃん>

タニマチ<この調子で明日も頼むよ>

土浦  <ごっちゃん>

タニマチ<明日は松島だ。前のことなんか気にするない、真正面からがちんこだ>

土浦  <ごっちゃん>

タニマチ<そうそう、その意気、その意気。明日も期待してるよ>

土浦  <ごっちゃん>

タニマチ<そうだ、あたしゃね、土産をぎょうさん持ってきたんだよ>

土浦  <ごっちゃん>

タニマチ<えぇ、鯨、鯨だよ>

土浦  <ごっちゃん>

タニマチ<好きだろう?>

土浦  <ごっちゃん>

タニマチ<ええ、ええ。もう鯨の肉を一頭近く仕入れてきたからね。好きなだけ食べて、精つけておくれよ>

土浦  <ごっちゃん>

タニマチ<鯉や鰯が好きだって聞いたけど、そんな小さい魚食べてちゃ、立派な力士になれないよ>

土浦  <ごっちゃん>

タニマチ<大海原を悠々泳ぐ、鯨をまるまる飲みこむような、ね?>

土浦  <ごっちゃん>

タニマチ<明日の松風を踏み台に、今場所こそ大関を取りに、ね?>

土浦  <ごっちゃん>

タニマチ<こっちも全力で応援してるよ>

土浦  <ごっちゃん>


【一気呵成にしゃべりきると、熱冷めやらぬままさっさと向こうへ行ってしまいます。残された土浦、ようやく一息つけたと見え】


土浦  <ごっつぁんです>


【どうやらこれだけで会話は成り立つようで。江戸の町の、盛夏の相撲です。果てはどうなるものやら。結末は次回のお話にて】

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