52.イルトを旅する人間達

◇◇

 "赤の領域"、硫黄の街"メルカンデュラ"の家屋、その広々とした一室。部屋の中央には巨大な卓子テーブルが置かれ、それをはさみ込むように長椅子ながいすはいされている。


 二つの長椅子には、計3人の人物が腰掛けている。上機嫌そうな顔のクウ、そしてラン、その横でバツの悪そうな顔をしている"小鬼ゴブリン"、オボルである。


 この空間では、先程から間断なく会話が続いていた。内容はもっぱら、クウとランの前世に関わる出来事についてだった。


「──じゃあランさんも、"イルト"で最初に目覚めた時は、あの格好かっこうだったの? ほら、あの白い魔法使いのローブみたいなやつ」


「そうだよ。アタシは前世じゃ、えない地味なOLだった。30歳の時に──交通事故で死んじまってね。目覚めたらこっちの世界にいたのさ。こっちに来て、もう5年になるかなあ」


「いや……ランさん、どう見ても僕と同年代にしか見えないよ。二十歳はたちの間違いでしょ?」


「お、嬉しいね。そんなに若く見えるかい? ──"イルト"に至った"人間"はね、自動的に肉体年齢が、二十歳はたち前後になっちまうみたいなのさ。しかもこっちで数年過ごしても、見た目は全然変わらないんだ。どういう仕組みかは分からないけどね。……こっちで若返ってた自分の顔を見た時、別人と間違えちまったぐらいだよ」


「そうだったの? ──そっか。僕は元々死んだ年齢が二十歳ぐらいだったから、"イルト"でもそのままの姿なんだ。……あれ。じゃあ、もしかして──ソウの実年齢はもっと上かも知れない……?」


「可能性はあるさ。話を聞いてみるべきだね。その"ソウ"ってのには会った事ないけど、アタシも機会があれば話したいもんだね」


「多分ソウは、大したことは教えてくれないと思う。──この間まで"白の領域"を目指して、一緒に旅をしてたんだけど──自分の事は全然話そうとしなかったから」


 クウは少し寂しそうな顔をする。ソウに会いたがっているようにも見えた。


「クウが目覚めた場所は、"緑の領域"の森だったんだろ? アタシは、"赤の領域"にある山の中だったよ。──訳も分からずに山をうろうろしてた時に、この"オボル"と会ったんだよ」


 ランが横のオボルの背中を、パンパンと叩く。


「こいつはアタシと最初に会った時、眠ってたアタシに──いや、言わないでおく。まあ、とにかくオボルを殴り倒して、力づくで"イルト"のガイド役を引き受けさせたんだ。」


「……その話は、思い出したくねえですなあ。まあ、あのまま殺されなかっただけマシでしょうけどねえ」


 オボルの表情が、一気に暗くなる。


「ところで、ランさん。その銃なんだけど……どうやって調達したの? 僕の見立てでは、"イルト"の何処どこかには、僕らがいた世界での──19世紀ぐらいの技術を持ってる場所があるとは思ってたけど、銃を作る技術まであるとは思わなかったよ」


「いや、違うよ。こいつは──アタシが作ったんだ」


 ランが、腰の銃を抜き、クウに見せる。


「そもそもこいつは、アンタの知る銃とは違うよ。銃の形をしちゃいるけど、アタシの"輪"の力で、火薬を使わない方法で弾丸を射出しゃしゅつしてるんだ」


「え……火薬を使わない方法?」


「そうさ。一言で言えば、蒸気の圧力だ。──鉄の弾丸を装填そうてんし、弾丸と銃の間にあえて空間を作る。そんで、アタシの青い"輪"──"蒸気噴ワット"の能力でその空間の空気を急激に膨張させて、弾丸をブッ放すのさ」


「つまりそれは、銃の形をした──空気砲くうきほうだってこと?」


「その通り。小学生の時、理科の実験でった事はないかい? あれをヒントにしたのさ。──まあ、アタシのこいつは"輪"の魔力が与えるエネルギーがあるから、本物の銃にひけを取らない威力が出せるけどね」


 ランは慣れた手付きで、銃をしまう。


「その銃の見た目、本物と見間違えるほど精巧せいこうに見えるけど……それはつまり、ただの見かけ倒しなの?」


「まあ、そうとも言えるね。別に見た目は簡素でもいいんだけど、どうせならいいモノ作りたいだろ?」


「作品作りにこだわる名匠めいしょうみたいだね」


「実際、こだわってるよ。──アタシの赤い方の"輪"は、この銃みたいに色んな品物を作り出す能力でね」


「物を作り出す能力の──"輪"? そういうのもあるんだ……」


「かなり便利だよ。現実的だし、役に立つからね。この"イルト"みたいな、中世ファンタジー作品の舞台みたいな世界だったら、尚更なおさらさ」


 ランは赤と青の"輪"を持つ魔術師だったらしい。クウはその事実を知り、それでもう充分と感じたのか、ランが使う赤の"輪"について質問はしなかった。


「それより、クウ。アンタ今、気になる事を言ったね」


「えっ──。僕、何か変なこと言ったかな?」


「言ったじゃないか。『"イルト"の何処どこかには、19世紀ぐらいの技術を持ってる場所があると思ってた』ってね。"イルト"は各領域ごとに差はあるけど、アタシの目にはどの領域も──アタシ達の世界で言う13世紀から15世紀ぐらいの世界観を持った、中世のファンタジー世界にしか見えなかったよ。──"イルト"に19世紀相当の技術を持った場所があるって? アンタ、どうしてそう思ったんだい?」


「──注射器だよ」


 クウが、一言で答えた。


「緑の領域、"ホス・ゴートス"でフェナを開放した時、透明度の高い"硝子製ガラスせい"の注射器を見つけたんだよね。──この時代が中世なら、注射器は硝子ガラスの部品なんてもちいられない。部品も含めて全部が真鍮しんちゅうで作られたものでなければおかしいんだ。そもそも、透明度の高い硝子ガラスなんて、近代以降じゃないとお目にかかれない代物しろものだし」


「透明なガラスの注射器……? そんなモノが──"イルト"にあったって?」


「あったんだ。あれを見たら、ランさんも同じことを考えたと思う。──あの時点で"賢者様"から、この"床無し口"をもらってたら、あれを持って帰ってたと思うんだけどね」


 クウは賢者ウィルノデルにもらった魔道具アイテム──腰袋を見た。


「アタシは今の所、自分の"輪"で作った作品以外じゃ、そんな近代的なモノを作れそうな所なんて見た事がないよ。ちなみにアタシは、赤と青の領域なら結構知ってる方なんだけどね」


「僕は短期間だけど、緑と白の領域にいた事があるよ。僕はイルトの土地に全然詳しく無いけど、僕の見た限りでは、そういう場所は無さそうだった」


「それなら、可能性が高いのは──もう一つしかないんじゃないかい? まあ、確実とは言えないだろうけど」


「うん。僕も、同意見だよ」


 クウは腰袋──"床無し口"から、ケペルムの指輪を取り出し、それを観察した。


「"近代"の文明技術を持ってる可能性が高いのは──"黒の領域"だ」


◇◇

 "メルカンデュラ"よりやや離れた場所。そこは、草木のしげる小高い丘の上だった。"赤の領域"では、珍しい光景である。


キテランが地面に座り込み、悲愴ひそう面持おももちで何かを見ている。彼女の目の前には──花のそなえられた石碑せきひのようなものがあった。


「ロフスト……」


 キテランは小さくそうつぶやく。よく見ると石碑せきひには、ロフストを追悼ついとうするような言葉が刻まれている。


「──ここは、とても良い場所ね」


 キテランの背後から声がした。女性にしては低く、良く通る声である。キテランの真横に立っていたのは──フェナだった。


「ドワーフの技術には、目を見張るものがあるわね。路傍ろぼういわが、こんな立派なお墓になるなんて。──ロフストさんも、満足してるんじゃないかしら」


「吸血鬼殿。いや、フェナ殿であったか。──何用で参られたのじゃ?」


 キテランが、横に立つフェナを見上げる。


「別に用なんてないわ、キテラン王女。いて言うなら──この、服のお礼かしらね」


 フェナが、自分の身体を両手で示しながら言う。


 現在のフェナの服装は、細かな刺繍ししゅうい込まれた水着に、半透明な布を重ねたようなものだった。キテラン同様、踊り子を彷彿ほうふつとさせる衣服である。クウは間違いなく、この状態のフェナを直視はできなかっただろう。


「これは"赤の領域"の、ドワーフ族の民族衣装みたいなものなんでしょう。個人的にはかなり気に入ったわよ」


「身分の高い女ドワーフが好んで身に着ける、魔法を宿した衣服じゃ。燃えやすそうな見た目に反し、身に着けておる者を炎熱えんねつたぐいから防護ぼうごする効果があるのじゃよ」


「クウのほおを赤くする効果もあったわよ。──少しの間、この格好かっこうのままで過ごそうかしら」


「クウ……か」


 クウの名前に、キテランが顔を上げて反応した。フェナはそんなキテランの様子を見て、わずかにまゆをひそめた。

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