51.銃を持つ女船長

◇◇

「……これは一体、どういう事?」


 フェナと共に、馬上ばじょうから硫黄いおうの街"メルカンデュラ"の景色を見たクウが、驚いた声でそうつぶやいた。


 "黒の騎士"達が──全滅ぜんめつしている。


 町の至る所に、黒い甲冑姿の騎士が倒れていた。人数は数十人以上。目算もくさんではあるが、おおよそフェナの見立てに近い人数のようだ。


 クウは馬から跳び降り、近くに倒れていた黒い騎士の一人を、近寄って見下ろす。フェナもクウの後を追って下馬げばした。


「胸元からの出血──傷跡きずあとは丸い。よろい貫通かんつうしてる。フェナ、この傷は──やりとかで付けられたもの?」


「いえ、多分違うわ。武器の種類は、私には特定できない。こんな形の傷は──初めて見たわよ」


「フェナでも特定できない武器? ひょっとして……」


 クウとフェナが傷の検証けんしょうをしていると、村に吹き荒れる砂塵さじんの中から、身長差のある二人の人影が、こちらに歩いて来ているのが見えた。


 人影の一つは、小柄で薄緑色うすみどりいろの肌をした、やや人間離れした容貌ようぼうの生き物。もう一つは、海賊船の船長のような帽子ぼうしかぶった、妙齢みょうれいの女性だった。


 どちらも、非常に派手な赤い衣服を着ている。


「──おや、"船長キャプテン"。あれを見て下せえ。生き残りが2人いやがる」


「あんたが見逃してたんじゃないのかい、"オボル"。まあ、いいさ。─"たま"は、まだあるからね」


「いやあ、"船長キャプテン"の手をわずらわせるまでもありやせん。奴らは、あっしにおまかせを」 


人影の一つが──短銃たんじゅうを取り出した。


「あれは、何……?」


「まさか……! あ──フェナ!」


 クウがフェナの肩をつかみ、真横に倒れ込んだ。二人の身体すれすれを──赤と青の光をまとった"銃弾じゅうだん"が、通り抜けていく。


「むっ──かわしやがっただと!?」


 小柄な生き物──オボルが驚く。そして同時に、フェナへと向けていた銃口をらした。


「今のをよけけるとは、すげえ反応だ。只者ただものじゃねえな。まさか──あいつらは"黒の騎士"じゃねえのか?」


「そのようだね。とりあえず、オボル──銃はおさめな」


「へっ? は、はい。分かりやした」


 "船長キャプテン"が言うと、オボルは素直に銃をしまう。


 クウが立ち上がり、フェナを自分の後ろに隠す。そして"朧剣ろうけん"を手に、臨戦態勢りんせんたいせいを取った。


「アンタ──いきなりって、悪かったね。砂嵐すなあらしのせいでよく見えなかったんだ。許してくれよ」


 "船長"は敵意が無い事を示すように、両手を上げながらクウにゆっくりと近づいて来た。クウは剣の構えをくが、まだ目には警戒の色が宿やどっている。"船長"はそれを感じ取りつつも、クウの方へと歩くのを止めない。


「あ、アンタは……!」


 両者の距離がある程度までちぢまった所で、"船長"は──クウの顔を見て目を見開く。そしてクウの目の前で──その特徴的とくちょうてき帽子ぼうしを脱いだ。


「あ──!」


 今度はクウが驚く。真後ろのフェナも、同様の反応を見せた。


 帽子の下から、"船長"の黒い──"夜色よるいろ"の髪がふわりと広がる。彼女の髪は、前髪がまゆを隠す長さで揃えられた、現代で言う所のショートボブにあたる髪型だった。


 クウはそんな彼女の姿を見て、ようやく剣を腰におさめた。


「あなたは、"人間"ですよね? ──どうも初めまして。僕は、蔵王空介ざおうくうすけです。"イルト"では、クウって名乗ってます」


「"クウ"。可愛かわいいあだ名だね。──アタシは、"宇和島蘭子うわじまらんこ"。一緒にいる奴らには、"船長キャプテン"って呼ばれてるよ」


蘭子らんこさん、ですね。いやあ、久しぶりに日本人の名前を聞きました。僕、これまでたった一人しか"人間"には会わなかったんですよ。──ちなみにそれは、僕と同年代くらいのソウって名乗ってる男なんですけど、彼は本名を名乗らなかったんです」


「別にそんな、丁寧にならなくていいって。敬語じゃなくていいし、アタシの事はランって呼んでよ。あと、アタシも他の"人間"に直接会ったことは無いね。アンタが初めてだ。鏡に映った自分以外で黒髪の誰かを見たのは、いつ以来かな? ──とにかく、会えて光栄だ」


「こちらこそ。僕も同郷の人間に会えて──うれしいよ」


 ランの言葉を受け、クウは即座に口調を切り替えた。


「じゃあ、君の事はランさん──って呼ぶね。敬語も止める。──いやあ、でも良かった。イルトには、まだ他にも"人間"はいるんだね」


 クウと──ランはどちらからともなく歩み寄り、固い握手を交わす。フェナとオボルは、無言でその様子を見ていた。


「ところで、ランさん。そこかしこに倒れてる"黒の騎士"なんだけど、もしかして彼らは、ランさんが?」


「そうだよ。アタシ達が来た時、こいつら丁度メルカンデュラをおそう直前だったんだ。だから、こいつで挨拶あいさつしてやったのさ」


 ランが自分の腰を示す。細身の彼女に不釣り合いなほど大きな拳銃けんじゅうが、ベルトで固定されていた。


 クウがよく目をらすと、ランの指先からは──"輪"によるものと思わしき、赤と青の2色の光が生じている。


「それより、クウ。このまま立ち話を続けるより、ひとまずそこらに倒れてる"黒の騎士"共を片付けないかい? ──その後で場を整えて、ゆっくり話をしようじゃないか」


 ランがそう言って振り返り、村の方を見る。


 家屋に閉じこもっていたらしい多数のドワーフの住民達が、戸口から顔を出してクウ達を見つめていた。


◆◆

 "青の領域"。何処どことも知れぬ場所に門を構える、豪奢ごうしゃな屋敷の一室。


まるで"ウルゼキア"の宮殿を思わせるような、豪華ごうかな家具と調度品ちょうどひんあふれた空間である。


部屋の中央には巨大な四角形の卓子テーブル。その四辺にはそれぞれ椅子に腰かけた人物の姿があり、猜疑心さいぎしんに満ちた視線で、自分の他、3人の顔を不規則に見ている。


「──さあ、お三方。俺の話はこれで以上だぜ。あんたらの方は、何か話しておきてえ事はねえのかい?」


 椅子に座る人物の一人、青と黒の混じったフードをかぶった人物──ソウが乱暴な口調で言った。他の3人は、ソウの尊大そんだいな口調を特に気にする様子はなかった。


りてきた猫みてえに大人おとなしいじゃねえか。"青の領域"の"中立都市フィエラル"、その裏社会を牛耳ぎゅうじる──"きり四貴人よんきじん"が、久々に俺を含めて4人全員集まったんだぜ? 気の利いた挨拶あいさつとか、笑える冗談の一つぐれえ披露ひろうしてくれてもいいんじゃねえか?」


 ソウは反応のない3人に、一度ずつ視線を向ける。3人は、ソウにまさるともおとらぬ個性の強さを、それぞれ備えていた。


「なあ、そう思わねえか? ──"マルトシャール伯爵"」


 ソウの正面にいるのは、紳士帽しんしぼうかぶった、小太りな青白い顔の男だった。真っ黒な男物のベルベットを着て、全身に装飾品を身に着けている。見るからに成金なりきんといった印象を与える風貌ふうぼうの持ち主だった。


「あんたはどうだい? ──今日も美人だなあ、"藍蜘蛛あいぐもニニエラ"」


 ソウの右側にいるのは、"ウルゼキア"で見たノーム族らしき妙齢みょうれいの女性である。胸元と背中が大きく空いた群青色ぐんじょういろのロングドレスを着ており、妖艶ようえん雰囲気ふんいきただよわせている。


「お前は、今日もオドオドしてやがるな。──"もやのトールコン"よお」


 そしてソウの左側にいるのは──青みがかった肌と、魚のひれに似た耳を持つ若い男だった。男は落ち着かない様子で、他の3人の表情を、とても臆病おくびょうな顔で見ている。


 ソウの発言力は、かなりのものらしい。それぞれ名前を呼ばれた3人は、ソウにどんな発言をていすべきかと、慎重しんちょうに言葉を選ぼうとしている様子だった。


「──ソウ。俺からも一つ、面白い話があった」


「聞かせてくれよ。何だい、"マルトシャール伯爵"?」


 小太りの男が、紳士帽しんしぼう目深まぶかかぶり直しながら、ソウへと視線を送った。


「俺の"旧友きゅうゆう"である──"すす伯爵はくしゃくケペルム"についてだ。奴は少し前、"黒の騎士団"の指揮官として50名以上の部下をひきいて、"赤の領域"に侵攻しんこうした。情報屋から仕入れた情報で、これを知る者は、ほぼいない」


「ケペルム……"十三魔将"の一体だな。──"赤の領域"に行ったってのは、確かなのか?」


「ああ。確かなすじの情報だ」


 ソウの表情には、ほんのわずかに戸惑とまどいの色が垣間見かいまみえた。


「面白いのはここからだぞ。ケペルムと奴が連れて行った配下の騎士達、その消息しょうそくが、急に途絶とだえたらしい。──これはかなり不自然だ。ケペルムの性格からして、奴が本拠地ほんきょちである、"黒の領域"への定期報告ていきほうこくおこたるとは思えない。考えられるのは……」


「ケペルムの身に、何か起きたとか?」


 ソウに藍蜘蛛あいぐもと呼ばれていた──ノームの女性ニニエラが、急に口を開いてマルトシャールに聞く。


「ああ、起きたんだろうな。"何か"が、だ。──ちなみに、さきんじて"赤の領域"へと踏み込んでいた"舞踊千刃ぶようせんじんシェスパー"の一団に関しても、同様の情報が寄せられている。とても信じられないがな」


「じゅ、"十三魔将"が……。そ、そんな立て続けに二人も……? あ、ありえないですよ」


 この場において唯一、まだ発言していなかった"もやのトールコン"が、ここでやっと口を開いた。


「──いつも派手に暴れまわってる"十三魔将"が、いきなり消息を途絶えさせるなんて、これまで無かったわね。二人共、誰かにやられたのかも。"伯爵はくしゃく"は、どう思う?」


「俺もその可能性を考えてはいるぞ、"ニニエラ"。しかし、やはり信じがたい事ではある。情報を更に集めさせるつもりだ」


 マルトシャール伯爵がそう言った時、ソウがすっと椅子から立ち上がった。そして3人に背を向けると──黒の"輪"、"浸洞レオナ"を発動させた。


「ど、何処に行くの……。ソウ君……」


「"赤の領域"だ、"トールコン"。──お三方、悪いが今日は解散だ。ちょっと、俺の"相棒"の安否確認あんぴかくにんに行かねえと……」


 ソウはそれだけ言うと、紫色の光に縁取ふちどられた亜空間あくうかんに、そのまま消えて行った。

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