50.願いを叶える三つの宝石

あるじすらみ込みかねない……呪い?」


 ガルニオラの言葉を繰り返したクウの、表情が暗くなる。


「"輪"は力ある存在が宿やどす魔術の結晶であり、そのあるじしたがう最高の武器でございます。なれど、それはあやうき諸刃もろはつるぎにもなりる。そして過剰かじょうな魔力を得た"輪"は時として──そのさきを主へと向ける。それをイルトの古き生物達は、"のろい"と呼ぶのでございます」


 呪いという単語が、クウの耳に冷たく響いた。


「我の赤き"輪"、"地動坩ウェゲナー"の例をごらんになられましたでしょう? ── "火霊サラマンダー"である我は、え間なくこの"赤の領域"の地よりしょうずる魔力をこの身にたくわえ、存在をたもっておりました。何百年にも渡って、そうして生きてきたのです」


 一部ではあるだろうが、イルトの生物は易々やすやすと寿命が三桁さんけたを超えてくる。クウは心の中で──エルフの、ナリアとウィルノデルを思い出していた。


「しかし精霊と言えど、命には限りございます。多くの者達と同じように、いという概念がいねんもある。我も……老いたのでしょう。我は長年この身に蓄えていた魔力を、制御する事ができなくなっておりました。──そして我の"輪"は力の弱まった主である我を見限みかぎり、自由に振る舞うようになったのでございます」


「"輪"は、主の身体を離れて──意志を持って独立する事があるんですか?」


 信じがたいといった様子で、クウがガルニオラに聞く。


「膨大な魔力をかてとすれば、あり得る事でございます。お恥ずかしながら……我の身に起きた一連の出来事が、それを物語っておりますゆえ」


「それが、あの宝石の姿だった──という訳なのね?」


 フェナがガルニオラにう。


左様さようでございます。しかしながら呪いとは、かける手段があるならば解く手段もあるのが道理どうり。"輪"の用意した呪いの解除方法を見つけ出し、それを行えれば、"輪"は再び主へと戻るのでございます」


「あら、そうなの。──じゃあ"精霊"さん。今のあなたはクウが解呪かいじゅに成功した事で、一般的な"輪"の魔術師に戻ったという解釈かいしゃくでいいのかしら?」


「まさにその通り。──しかし、長くこの身体を離れていた所為せいか、まだこの"輪"は我の意思で、自在に操る事が叶わない様子でございます。いやはや、お恥ずかしい限り……」


 ガルニオラは自分の腹部を見る。よく見ると赤い"輪"が出現していたが、発光はかなり弱々しかった。


「ともあれ、この感謝の意は言葉にすらなりません。クウ殿、あなたは恩人でございます。是非ともこの大恩だいおん、お返しさせて頂きたいと思っております」


 ガルニオラはそう言うと、自分の胸元で丸く円を描いた。すると彼の前に──3つの赤い宝石が出現する。"輪"が干渉かんしょうした気配は感じられない。どうやら、"輪"をもちいない魔術を使ったらしい。


 ふわりと浮かんだ宝石は、ゆっくりとクウの目の前に流れるように移動した。


「クウ殿、どうぞ。その"魔道具アイテム"は──あなたの物でございます」


「赤い宝石……。とても綺麗きれいですね。でも、こういう物は男の僕より──」


 クウは3つの宝石を手に取りながら、横目でフェナを見る。フェナも、興味のありそうな眼差まなざしで宝石を注視ちゅうししていた。


「それは我のみならず、多くの"火霊サラマンダー"の力が秘められた宝石でございます。それを持ち、目を閉じて願いをとなえれば──その願いがかなう、魔法の石なのです。ただし、その願いは"輪"を持つ魔術師が、強い魔力を込めて唱えねばなりません」


「願いが叶う石? ──ランプのせいならぬ、宝石の精霊ですか……」


 クウは怪訝けげんそうに宝石を見る。真紅しんくの怪しい光が、宝石から放たれていた。


「こういうのは……あまり、長く持っていたい物じゃないね。──まあ、とりあえず最初の願いは決まってるけどさ」


「え……クウ。まさか──もう一つ目を使うつもりなの?」


勿論もちろんだよ、フェナ。──"地動坩ウェゲナー"の"輪"はガルニオラさんの身体に戻った。そして、まだ本調子じゃないガルニオラさんはその"輪"をあつかえない。そして僕らは今この通り──地の奥底、崩れた宮殿にたたずんでる。つまり、分かるでしょ?」


「あ……今の私達があの地底湖に戻っても、"地動坩ウェゲナー"は発動しない……。この"精霊"さんが解放された今、私達には地上に戻る手段が無いのね──!」


 フェナは口に手を当て、はっとした表情でクウを見る。


「そういう事だよ。──さて、持ち主の我欲がよく欠片かけらほども感じられない、清廉潔白せいれんけっぱくなお願いをしよう」


 クウは目を閉じ、宝石を一つにぎって、願い事を口に出した。


「僕とフェナ、キテラン王女。そしてガルニオラさんと──ロフストさんを含むドワーフの皆を、"ガガランダ王国"の入り口、火口の手前まで、全員無事に脱出させて下さい」


 クウの手の中の宝石が、真紅しんくに光った。


 目を開けたクウは、辺りを見回す。ロフストにしがみ付くキテランと、周りにつどうドワーフ達、そしてフェナとガルニオラ──クウ自身、全員の身体を赤い光が侵食しんしょくしていく。


 クウは消える寸前──黒焦げになったケペルムの遺体をちらりと見て、少しだけ悲しい顔をした。




 火口に空いた大穴の、手前付近に当たる地面一帯。そこにクウ達は、赤い光に包まれながらじわじわと姿を現した。


「ああ──ようやく地上に戻って来れたね」


「ええ。短いようで、長い旅だったわ」


 並び立つクウとフェナが、ほぼ同時にお互いの顔を見て言った。


 クウは目で全員の姿を確認する。キテラン王女もガルニオラも、約20名のドワーフ達も、全員が場にそろっていた。


「ところで、フェナ。──あれは何だと思う?」


 クウはある物を指差す。それは、車輪の付いた巨大な玉座だった。


「車輪の付いた豪華ごうかな椅子ね。──座面の大きさを見る限り、ケペルムの座ってたものじゃないかしら」


「ケペルムは地下の宮殿に、単身で乗り込んで来た……。"十三魔将"は"黒の騎士団"の大幹部だ。一人で行動してたとは、考えにくいよね」


「この車輪付き椅子を、ケペルムが自分で操作してここまで来たとは、とても思えないわね。──よく見たら地面には、甲冑かっちゅうを着た騎士の足跡らしい痕跡こんせきもあるわよ」


「フェナが言うなら、きっと間違いないね。でも、それなら──配下の騎士は今、何処どこにいるんだろう……?」


 クウの言葉で、フェナが地面にうずくまる。足跡が向かった方角を探っているようだ。


「人数は、恐らく50から60といった所かしら。車輪のわだちが続いてるのとは、来た道とは違う方向……。この先にあるのは、"メルカンデュラ"よ──!」


「まさか──! でも、何の目的で?」


「破壊されて、住民が力を合わせて復興させようとしてる最中さなかの村を、たわむれにまた破壊する──といった所かしらね。あの連中なら、そんな事を考えてもおかしくないわ」


「もしそうなら、絶対に見過ごせない。──今すぐ戻ろう」


「ええ。でも、ちょっと待って。"あの子"を呼びましょう」


  フェナはそう言うと、自分の指を口にくわえて──口笛を吹く。少しすると、馬のいななきが聞こえてきた。


 何処どこからともなく、馬具を装備した馬がクウ達の前に現れる。それはまぎれもなく、"ウルゼキア"を去るおりに、セラシア王女がクウ達にくれた馬だった。


「よしよし。──いい子ね」


 フェナは馬の顔を優しくでた後、颯爽さっそうくらまたがる。


「──ほら、クウ。いらっしゃい」


「あ、うん。……この、いつの間にここまで手懐てなずけたの?」


 クウが、フェナの手を借りて彼女の後ろに着席した。フェナはクウが自分の腰をしっかりつかんだのを確認してから、手綱たづなを取って馬に"発車"の合図を送る。


 キテランやドワーフ達、ガルニオラの視線に見送られながら、クウとフェナを乗せた馬は、メルカンデュラへと速足で駆けて行った。

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