49.火の精霊と呪い

「その"金剛石ダイヤモンド"……いつの間に?」


 自分の頭ほどの大きさがある"金剛石ダイヤモンド"を、クウは目を細くして見る。


「ドワーフ達いわく、探そうと思えば何処どこでも見つかるものらしいわ。その"金剛石ダイヤモンド"は──このガガランダ鉱山の、土地そのものに"輪"を宿している存在の化身けしんで、今この土地にいるもの全てを、自在に移動させる力があるのだそうよ」


「つまり……その"金剛石ダイヤモンド"に『ここから出たい』とねんじれば、地上に──戻してくれるかもってこと?」


「そういう事ね。"金剛石ダイヤモンド"はあくまで、"輪"の魔術師がかりの姿を取っているだけのものよ。その魔術師がどういう存在かは分からないけど、ドワーフ達にとっては味方らしいから、心配は要らないみたい」


 "金剛石ダイヤモンド"をかかえたドワーフが、フェナの言葉にうなづく。


「あの地底湖を抜けてすぐの広間に、宝物ほうもつ満載まんさいした宝箱がたくさん並んでいたでしょう? "金剛石ダイヤモンド"以外の宝石類もあったけど、あれらも"輪"の一部らしいわよ。あの宝石類は、持ち去ってもいずれは元の位置に戻ってしまうんですって」


「なるほど、そういう事か。──"黒の騎士団"の襲撃を受けたにしては、手付かずだったあの宝箱が気になってたんだ。"黒の騎士団"の性格を考えると、丸ごと持ち出されてても良さそうなものだったからね」


 続いて、"金剛石ダイヤモンド"を持ったドワーフに、クウが近寄る。背の低いドワーフと同じ視線になるよう、クウは少しひざを曲げた。


「それを布で包んでるのは、何か意図いとがあっての事ですか?」


じかに手で触れねえようにしてるんだよ。素手で触れると、"輪"が発動するかも知れねえからな。──まあ、このデカいのじゃなくたって別にいいんだ。彼女、フェナがたった今説明した通り、探せば他にも"金剛石ダイヤモンド"はあるからな」


「そうですか。──つまり"輪"を使いたい時には、いずれかの"金剛石ダイヤモンド"に素手で触れればいいんですね」


「ああ。俺は"金剛石ダイヤモンド"をずっとこうして持ち上げておくから、移動したい時はこれに触ればいい。準備ができたら、全員で戻ろう。──ロフストを入れた、全員でな」


「ええ。──全員で」


 クウはそう言って、強く首を縦に振る。そして──ドワーフの持つ"金剛石ダイヤモンド"の表面に生じていた、奇妙な模様をじっと見た。


 無色の鮮やかな光の中に、赤い文字が浮いている。クウにはその文字を──読み取る事ができた。


~この身、おど紅蓮ぐれんの中にて、ついほろぼす事、かなおう~

なんじ、この不壊ふえなる金剛こんごうの身をほろぼし、われはなちたまえ~


「──最初の二行がない。もう必要ないから、消えたのかな」


「クウ、その言葉はどういう意味?」


「ああ、ちょっとね。──この"金剛石ダイヤモンド"が僕らの味方なら、僕の方からも協力してあげようかな」


 クウは赤い文字を何度も黙読もくどくしながら、考え事をしている。フェナはクウの真似をして、"金剛石ダイヤモンド"をじっと見つめていた。


「ねえ、フェナ。──今、火をける手段は何かある?」


「火を──? ええ、あるわね。この魔剣よ」


 フェナは"錆剣しょうけんジャスハルガ"のつかに触れた。


「見ての通り、この剣にはさやが無いの。普段は全体がさびおおわれていて、それが鞘の代わりになってるのよ。──使う時は、剣のつかにぎって魔力を込めるの。そうするとさびはすぐに落剥らくはくして、切れ味抜群ばつぐん刀身とうしんが使えるようになるわ」


「とてもいい魔剣だって事は伝わったよ。でも、火と何か関係が?」


「関係あるのよ。魔剣を開放する際には──剣に激しい火花ひばなが生じるの。刀身に油でもってから開放すれば、炎をまとう魔剣の出来上がりよ」


「なるほどね。理解したよ」


 クウはフェナに、ケペルムの残骸ざんがい──床のブヨブヨした白いかたまりを示す。


「フェナ、その炎の魔剣を是非とも披露ひろうしてほしいんだ。剣にる油なんだけど……その、あれはどうかな? 脂肪しぼう過剰かじょうに含まれてると思うんだけど」


「"十三魔将"──ケペルムの残骸じゃない。随分ずいぶん贅沢ぜいたくたきぎを見つけたものね。──まあ、いいわ」


 フェナは魔剣を握り、ケペルムの肉塊にくかいに近づいてじっと見下ろす。そして──剣を頭上に構えると、流れるような赤い軌跡きせき一筋描ひとすじえがいて、ケペルムの肉塊を華麗かれいに切り払った。


 魔剣の表面をおおっていた赤錆あかさびは一瞬でがれ落ち、空中に火花がほとばしる。フェナの持つ魔剣と、ケペルムの肉塊が、同時に燃え上がった。


 "輪"の解除された今となっては、湿しめを帯びていたケペルムの身体も、火に耐性たいせいなど無い肉塊にくかいと成り果てているらしい。


如何いかがかしら、クウ。この見事な刀身の曲線に、炎が奇麗にえるでしょう? うふふ」


鋭利えいりな刃物をたずさえて笑う女の子ほど、怖いものは無いよ。──まあ、そもそも僕がお願いした事だけどさ」


 クウはそう言うと、"金剛石ダイヤモンド"を持ったドワーフに近づき、彼に両手を突き出す。


「その"金剛石ダイヤモンド"、くるんでるその布ごと、僕に渡してくれませんか?」


「ん、ああ。──もちろん構わねえさ」


ドワーフは素直に"金剛石ダイヤモンド"をクウに渡す。クウは静かにそれを受け取ると──床で燃え上がるケペルムの肉塊の上に、それを落とした。


「ぬおっ!?」


「え──ちょっと、クウ!? いきなり何をするのよ!?」


 ドワーフとフェナが、揃って驚きの声を上げる。クウは二人の反応すらも予測していた様子で、冷静に床の"金剛石ダイヤモンド"を観察している。


「"金剛石ダイヤモンド"を構成する物質は炭素たんそだ。つまり、燃えるんだよ。──『おど紅蓮ぐれんの中』、そして『不壊ふえなる金剛こんごうの身をほろぼし』。この文言を満たす行動は、燃やす以外に考えられないね」


「答えになってないわ。クウ、血迷ったの? あなたらしくもない、この上なく不可解な行動よ」


「僕が本当に血迷ってたら、フェナにはすぐ分かるんじゃないかな。吸血鬼って血にはくわしそうだし」


 炎に包まれた"金剛石ダイヤモンド"は、まるであぶられた雪玉ゆきだまのように、じわじわと小さく溶けてゆく。クウは無表情で、それを観察し続けていた。


「この"金剛石ダイヤモンド"は、どうも滅ぼして解き放ってほしいみたいなんだよね。事情はさっぱり分からないけど、あの文章の内容を──四行全て遂行すいこうしてあげても、そんはないと思う」


 クウがそう言った時には、"金剛石ダイヤモンド"はもうてのひらに乗るほどの大きさまでちぢんでいた。縮む速度は、みるみる速くなっていく。


 やがて炎の中で、"金剛石ダイヤモンド"は強烈な赤い光を一瞬だけ放ったかと思うと、跡形あとかたもなく消え去った。


「──ああ、"人間"殿よ。感謝いたします」


 "金剛石ダイヤモンド"を消し去った炎が、不意に言葉を発した。クウとフェナ、ドワーフの3人が、一斉に炎を見る。


 炎は急激に燃え上がり、地面から完全に遊離ゆうりする。そして人型に変化したかと思うと──腕組みをした男性のような姿に落ち着いた。


「いやはや、感服かんぷく致しました。"人間"殿、博学才穎はくがくさいえいであらせられる。よくぞわれに刻まれた"輪"ののろいを解いて下さいました」


「"輪"の呪い──?」


 人型の炎が、クウに向かって丁寧な礼をする。


「まず、名乗りがまだ済んでおりませんでしたな。われは"ガルニオラ"と申す者。この赤の地に宿りし"火霊サラマンダー"であり、この地を守護しゅごする者にございます」


「"火霊サラマンダー"……ロフストさんが言ってた"精霊"──ですか」


「左様でございます。赤きの力をめしこの火山、その魔力により生じた存在の一体。それこそが我。──いやはや、お恥ずかしい。よもや我の"輪"が、我自身に呪いとなって振り掛かろうなどとは、露程つゆほども思わず……。"人間"殿。あなたがいらっしゃらなければ我は今もなお玉石ぎょくせきの中でありました」


「興味深い話が聞けそうですね。でも、まず僕の方も名乗りましょう。僕は蔵王空介ざおうくうすけ。皆には、略称りゃくしょうで"クウ"と呼んでもらっています。ガルニオラさん、でしたか?」


「どうお呼び下さっても結構。われは、あなたをクウ殿とお呼びしましょう」


 "火霊サラマンダー"──ガルニオラは再び深々とクウに一礼した。ガルニオラの燃える頭部がクウ、フェナ、ドワーフの近くに寄せられる。3人は顔をしかめ、少しだけ距離を取った。


「ガルニオラさん、ちょっと気になる事を言いましたよね。──"輪"の呪いというのは何ですか?」


「文字通り、"輪"の力によるのろいでございます。──"輪"の力は、すさまじい能力と共に……そのあるじすらみ込みかねない、"のろい"をもたらす可能性を秘めているのです」

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