48.告白と、忠臣の最後

 崩れ落ちた宮殿。爆発の起点となった地点には、ケペルムの残骸ざんがいと思わしき──湿しめを帯びた白い蛋白性たんぱくせいかたまりわずかに残っている。


 そこから少しだけ離れた、くぼんだ地面。そこの、山積みになった瓦礫がれきの下から──クウとキテランが身をよじらせてい出してきた。


「くっ──。キテラン王女、怪我けがは!?」


「無傷じゃ、クウ。それよりも──!」


 瓦礫からだっしたキテランが慌てた様子で──ロフストの身体を引っ張り出す。


「ロフストさん──!」


 ロフストの容体は、一目で分かるほど深刻だった。全身の表皮が赤黒く焼け焦げ、背中は──組織の一部が丸ごと吹き飛んでいる。


 目の前のロフストと──"紫雷しらいのゴーバ"の雷撃らいげき深手ふかでを負ったかつてのクウ自身の姿が、一瞬だけ重なる。


「ロフスト! 気をしっかり持たぬか! ──お主の働き、大儀たいぎであったぞ……。わらわのため、ようここまで来てくれた……! "十三魔将"は倒れたぞ。さあ、あとはここを出るのみじゃ! ひとまずは"メルカンデュラ"へ向かい──」


「キテラン王女様……よくぞご無事で……。何より──です」


 ロフストは、もう意識をたもつのも一苦労であるらしい。声にまるで力が入っていない。


「王女様──お許し下さい。俺は、あの時……」


「もうよい、ロフスト! 地上に戻るまで、余力よりょくを残しておくのじゃ」


「いえ……言わせて下さい、王女様。俺は、陛下へいか──あなたのお父上があなたを逃がした、あの時──」


 ロフストの目に──細い涙が伝った。


「俺は──本当は、逃げたんです。あなた達、王族を置いて──自分一人だけ、助かろうとしたんだ……!」


「えっ──?」


 唐突なロフスト告白に、クウが驚いて目を見開く。


「あの時、俺は恐ろしくなって──泣きながら走って逃げた。一目散いちもくさんに……地上を目指した。──ガガランダ王国の親衛隊長……あなた達を守るはずの俺は──自分の命がしいだけの、ただの腰抜けだった……!」


 ロフストの口のはしから、血が流れ落ちた。かなり無理をしながら──気力のみで言葉をしぼり出している。


「許してくれ──王女様……! 俺は、あなた達を……見捨てた。俺にこの地位ちいを与えてくれた……恩義おんぎむくいる事もせず──俺は……俺は──! 許してくれ……。許してくれ──!」


「──よい」


 キテランの声色こわいろが変わる。


「お主の目には、深い後悔と──安堵あんどが見える。わらわの目は節穴ふしあなではないぞ、ロフストよ。お主はそうしてみずからの行いを懺悔ざんげし、ここでてる気であろう。それは、許さぬぞ──!」


 キテランの目からも、大粒の涙が溢れ出す。


「ロフスト、お主は我が王家にいかなる時もくしてくれた。そして、今後は王家最後の一人であるわらわのために──より一層、粉骨砕身ふんこつさいしんくすのじゃ。わらわにはお主をとがめる気も、手放てばなす気もないぞ!」


「キテラン……王女様──!」


 ゆがんでいたロフストの顔が、やわらかくほころんだ。


「キテラン王女様、心より感謝します──。俺はとんだロクでなしだったが……あなた達におつかえできて──幸せでした……」


「ロフスト……? おい、ロフスト──!」


 キテランが大声でロフストを呼ぶ。目を閉じていたロフストは──もう息をしていなかった。


「ロフスト……! お前まで……わらわを、置いて行くな……」


 キテランが、安らかな眠りについたロフストにしがみ付き、慟哭どうこくする。


 クウは棒立ちになってその様子を見つめていたが、少しして──自分も泣いている事に気付いた。


「──クウ、泣いているの?」


 クウの真後ろから、心配そうな声がした。クウは姿を見ずとも、それがフェナの声である事が分かった。


 クウは視線を向けないが、背後にはフェナと、鎧を着たドワーフ達が全員そろっていた。どうやら全員、先のケペルムが起こした大爆発から無事に逃れられたようだ。


「おお、キテラン王女様──。それに、ロフスト……」


 ドワーフ達の何名かが、キテランと、変わり果てたロフストにゆっくりと近寄る。互いの泣き顔を見たキテランとドワーフ達は、更に涙の勢いを増した。


「肩が震えてる。後ろ姿でも分かるわ、クウ。──あなたも、泣いてるのね」


「──フェナ、無事で良かったよ」


 クウはフェナに背を向けたままで話す。


「あの女の子が、キテラン王女様ね。倒れてるのは、ロフストさん……? まさか──」


「ロフストさんはくなった。──僕とキテラン王女を、命懸いのちがけで守ってくれたんだ」


「そうだったの……」


 フェナはクウの横に並び立ち、キテランと仲間のドワーフがしがみ付いているロフストの遺体を、悲しげに見つめた。


「あの時、ロフストさんは動けるドワーフ達に号令ごうれいをかけて、動けなかった私達をかつぎ上げて他の部屋に避難ひなんさせてくれたの。その後で彼は──あなた達二人に加勢するため、一人で戻ったのよ」


勇敢ゆうかんだね。普通なら──そのまま逃げ出しても、おかしくない状況だ」


「そうね。──それより、さっきの大爆発には本当に驚いたわよ。あれは当然、"ケペルム"の仕業しわざなんでしょう?」


「うん。"兇躯ウォレス"で変身したケペルムを追い込んだら、"輪"を"珪爆砲ノーベル"に切り替えて自爆したんだ。直前までキテラン王女が炎の"輪"を展開していたから、あの空間には爆発に使える酸素は少なかった。──かなりの爆発だったけど、あれでも威力は最大級じゃ無かったはずだよ」


「あまり良く分からないわね。──つまり、ケペルムは自爆じばくして倒れたということなのね?」


「……倒れたよ」


流石さすがね、クウ。これで倒した"十三魔将"は3人。見事だわ」


めてくれるのはありがたいけど、今は少しも──うれしい気持ちになれそうにないよ」


「あら……ごめんなさい」


 クウはフェナの顔を一度も見ようとしないまま、その場から歩いてケペルムの遺骸いがいに近づく。そして白いかたまりの中に光っていた──宝石のまった指輪をひろい上げる。ケペルムが装備していたものである。


 クウは例によって、ケペルムの死骸に向かって丁寧に合掌がっしょうした。


 クウは指輪を腰袋に収納すると、そこでやっとフェナに正対せいたいする。どうやら、自分の涙が収まるのを待っていたらしい。


「フェナ、ここを出よう。"メルカンデュラ"まで戻るんだ。──君も、結構やられたでしょ? 傷の手当てをしないといけない」


「爆撃に阻害そがいされて、ケペルムに近寄る事ができなかったの。剣で仕事ができない私なんて……ただの役立たずね。──ごめんなさい、クウ」


「君は役立たずじゃないよ。前世の僕とは違ってね。──さあ、行こう」


 "役立たず"という言葉がフェナの口から出た時、クウは──痛む古傷を手で抑えるような動作をした。 


「さて、大爆発で宮殿の各空間が繋がったのか、新鮮な空気が流入してるね。もう息苦しくないのはいいとして……地上にはどうやって戻ればいいのかな?」


「ええ。それについてだけど──」


 フェナが指で、後方に立っていたドワーフの一人を示す。


 ドワーフの手には、襤褸布ぼろぬので包まれた──あの"地動坩ウェゲナー"を発動させた"金剛石ダイヤモンド"がかかえられていた。


「アレを使えば、地上まで帰れるらしいわよ。──私達が火口の湖に飛び込んだ時や、あなたが"魔竜ドラゴン"と一緒に消えた時みたいにね」

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