53.青の領域へ

「のう、フェナ殿」


「何かしら、キテラン王女様」


 キテランが立ち上がり、フェナと向き合う。背の高いフェナは、腕組みをしてキテランを見下ろした。


「間も無くクウは、そなたと共にこの"赤の領域"から去り、別の土地へと向かうのじゃろう?」


「どうしてそう思うの? まだクウは、そんな話をしてなかったわ」


「"まだ"していないという事は、いずれするという事じゃな。やはり、そうか……」


「あら、さみしそうな顔。──クウの事、好きになっちゃったのかしら? 王女様」


「な──!」


 キテランは目を開いてフェナをにらむ。フェナの表情は変わらなかった。


「残念だけど、クウは渡せないわ。──彼に目をつけたのは、私の方が先よ」


「な、なんじゃ! わらわは何も言っておらんぞ!」


「あら、それなら──もし私がこの足でそのまま、クウと"赤の領域"から出ていくと言っても、文句は無いのね?」


「な、何──!? そ、それは……」


「──冗談よ」


 キテランが更にするどい視線でフェナをにらむ。


意地悪いじわるは、この辺にしておきましょう。ごめんなさいね、うふふ」


「……フェナ殿よ。そなたはクウと共に、我が種族を救ってくれた恩人じゃ。その恩義をわらわは忘れぬが──この事も、違う意味で忘れんからの」


「ええ、望むところよ。私、嫌われるのには慣れてるの。──ああ。そう言えば、あなたへの用事を一つ思い出したわ」


わらわに用があったのか。──うかがおうぞ」


「クウをゆずる気は毛頭無もうとうないのだけれど、代わりにこれを──あなたにあげる」


 フェナはそう言うと、腰に差していた──"錆剣しょうけんジャスハルガ"を手に取り、キテランに差し出す。


「こ、これは──」


「クウのち取った、"魔竜ドラゴン"から作られた魔剣よ。──これはね、ロフストさんの手によるものなの」


「ロフストの……? しかし何故なにゆえ、これをわらわに?」


「深い意味は無いわね。あえて言うなら──意地悪をした、おび」


 キテランは少し躊躇ちゅうちょした後、フェナの手から魔剣を受け取った。


「その剣、気に入ってはいたわ。でも、私じゃその魔剣を使いこなすのには力不足だって気付いたのよ。赤の"輪"を持つ者から生み出された剣なら、同じく赤の"輪"を扱う者が手に取るべきよね。──あなたの方が、その魔剣には相応ふさわしいわ」


「フェナ殿……ありがたく、受け取らせて頂こう。──感謝する」


 魔剣はキテランの手が触れた瞬間から、刀身に赤い光をまとい始めた。フェナの手の中に会った時には、見られなかった現象である。


「──用事は済んだわ。お邪魔してごめんなさいね、王女様」


 フェナはそれだけ言うと、きびすを返して、その場から立ち去って行ってしまう。


 キテランは魔剣を両手で包み込むようにかかえたまま、遠ざかるフェナの背中を見つめ続けていた。


◇◇

 "メルカンデュラ"。クウ、ラン、オボルの3人がいる広い一室。その空間のすみに、何の前兆ぜんちょうも無く──人型の炎が出現した。


「クウ殿──! 急ぎ、お伝えしたい事がございます」


「うわ、びっくりした。──ガルニオラさん、急にどうしたんですか?」


 "火霊サラマンダー"、ガルニオラがあわてた様子で空中に出現する。クウも同様に慌てた顔で──換気のために、部屋の出入り口の扉を開いた。


 ランとオボルは、驚いた顔でガルニオラに注目している。ガルニオラは二人を一瞥いちべつするも、特に気に留める様子はなく、あくまでクウのみを見ていた。


「クウ殿。われ、この"メルカンデュラ"にて、今しがた得体えたいの知れぬ黒き"輪"の気配けはいを察知してございます。──"輪"の力でありましょうか。突如として黒衣こくいまといし魔術師が、黒き穴と共に、この"メルカンデュラ"の地に現れました」


「黒き穴と共に? ──あっ、待ってガルニオラさん。この感覚はもしかして……」


 クウはガルニオラを手で制す動作を取ると、何かの気配を感じ取った様子で、腰袋から群青色ぐんじょういろをした鯨型くじらがたの"石魔ガーゴイル"を取り出す。──目の部分は赤く光っていた。


「……ソウ?」


(──クウ! おう。お前、無事だったんだな?)


 "石魔ガーゴイル"から、ソウの声がした。


「ソウからも"石魔ガーゴイル"をもらってたの、忘れてたよ。──無事っていうのは何? 僕のこと、そんなに心配してくれてたの?」


(この赤の領域内に、"十三魔将"が二体も侵攻しんこうして来やがったって聞いたんだ。一体ならともかく、二体だぜ。そりゃあ、静観してられねえだろ)


「"十三魔将"なら、もう大丈夫だよ。──あれ、ちょっと待って。今ソウ、『"この"赤の領域内』って言った?」


(おう、言ったぜ。──俺は今、赤の領域、硫黄いおうの街"メルカンデュラ"にいるんだよ。"浸洞レオナ"の移動を繰り返しながら、行く先々で得た断片的だんぺんてきな情報を頼りにここまで来たんだ。結構、無理したんだぜ)


 ガルニオラの感じた気配の正体は、ソウのものだったらしい。


「それって……僕のため? それとも、"黒の騎士団"を倒すソウの"仕事"のため?」


(お前のために決まってんだろ。俺らは、同じ──"人間"同士だからな。心配ぐれえするっての)


「そっか。……ありがとう。──ところで、一つ聞いていいかな?」


(あん? 急に何だよ。──おっ)


 会話がそこまで進んだ所で、クウ達のいる一室の、開け放たれた扉の向こうから──ソウ本人が姿を現した。


「ここか、クウ。お前が"輪"を使ってりゃあ、もっと楽に探せたんだがな」


「うわ、びっくりした。──あ、そっか。ソウって、セラシア王女みたいに魔力の気配を探れるんだったね」


 ソウが"石魔ガーゴイル"を腰にしまい込んだ。クウもソウの姿を見て、同じ行動を取る。


「へっ、元気そうじゃねえかよ。安心したぜ。──んで、聞きてえ事ってのは何だ?」


「あ、うん。──ソウって、何歳なの?」


「あん? 何だ、急に。……27歳の時にあっちで死んじまって、それからこの"イルト"に来たんだが、それがどうかしたのか?」


「あ、そうなん──ですね。へえ、そっか……。ふうん……」


「何だよ?」


「いや、何でもない。ごめん」


 クウは心の中で、ソウへの発言を敬語に変えようかと迷ったが──最終的には、今までの口調を続ける結論に至った。


「ところで、クウ。……そっちの連中は何だ? 今回もまた、随分ずいぶんとおもしれえ面子めんつかこまれてやがるじゃねえか」


 クウの視線が、ラン、オボル、ガルニオラへと向けられる。


「"小鬼ゴブリン"に、精霊──"火霊サラマンダー"ってヤツか? そっちのお嬢さんは──へえ……」


「アタシはランだ。ちなみに前世の名前は、"宇和島蘭子うわじまらんこ"さ。そっちの方が、アタシ達──"人間"には通じやすいかい?」


 ソウの視線を受け、ランが自己紹介を行う。


「俺はソウだ。──クウに会った時から何となく、"イルト"には他にも"人間"がいるんじゃねえかと、根拠もなく思ってたんだが……。この"赤の領域"で会う事になるとはな」


 次にソウは、クウの顔を見る。


「クウ。お前、『"十三魔将"ならもう大丈夫』って言ったよな。ありゃ、どういう意味だ? まさかとは思うが……」


「ああ、見せた方が早いかな。──これだよ」


 クウが腰袋から、シェスパーの仮面とケペルムの指輪の二つを取り出し、ソウに見せた。


「"舞踊千刃ぶようせんじんシェスパー"の仮面。それと、"すす伯爵はくしゃくケペルム"が身に着けていた指輪だよ。──この意味、ソウには分かるよね」


「お前、マジかよ──! へっ、大したヤツだなクウ」


 クウの持つ十三魔将の遺物いぶつを、ソウは瞬時に理解していたようだった。


「前みてえに、背中に火傷やけどったりはしてねえよな? 何ともねえようには見えるけどよ」


「今回は大丈夫だよ。ソウと同じくらい、頼もしい味方がいてくれたからね」


「少し見ねえ間に、たくましくなったじゃねえかよ。──お前、もう立派な"イルト"の住人だぜ」


 ソウの率直なめ言葉に、クウは少し照れた様子である。


「……んで。今後はどうするつもりだ、クウ。何か考えてる事はあるか?」


「何もないね。だけど、この土地はもうすぐ出ようと思ってるよ」


「行き先決めてねえのに、出るのは決めてんのかよ。──居心地でも悪かったか?」


「とんでもない。僕はただ、ここの人達はもう──僕なんかの助けがなくても大丈夫だなって、そう思っただけだよ。僕が役に立てる場所は、きっとまだ、他にもあると思うんだ」


「それじゃお前……また"黒の騎士団"共にしいたげられてる他種族を助けに、他の土地に行くってのか? ──クウ。金にもならねえ慈善事業じぜんじぎょうは、その辺にしといた方がいいんじゃねえのか」


 ソウは腕組みをして、クウにわざとらしい溜息ためいきをついた。


「そんなあきれ顔で僕を見ないでよ……。ソウにはバカな行動に見えるかも知れないけど、僕には有意義な事なんだ。まあ、ソウの気持ちも分からなくもないけどさ。僕だって、自分は慈愛じあいに満ちた無欲な生き物だ──なんて、標榜ひょうぼうする気はないからね」


「別にお前をバカにしてえ訳じゃねえよ。かしこくねえとは思ったけどな」


「それ、バカと意味は一緒だよね?」


「行動が賢くねえって事だ。お前はこの"イルト"で、もっとその能力に相応ふさわしい対価と立場を得るべきなんだよ。"人間"として、な。──少なくとも俺は、そういう考えで"イルト"の世界を生きてる。お前も、そうするべきだぜ」


「どうするべきなのさ。地位を得て、お金を稼げる慈善事業をしろって、そう言いたいの?」


「そうとも言えるな。──少しでも興味があるか? もしそうなら、くわしく話してやるぜ」


 ソウは、かぶっているフードを手で押さえながら、少しだけ笑った。目の上の痛々しい刀傷が、ソウの手の陰に隠れる。


「クウ。次は俺と一緒に──"青の領域"に来いよ」

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