44.宝石の異空間からの脱出

◇◇

「──っわあ! ──くっ、また!?」


 謎の空間から、突如として落下したクウの大声が響く。


 瞬間移動したらしいクウの身体は──山のように積まれた金貨の上に勢いよく落ち、もれてしまった。落下の衝撃で、金貨が水飛沫みずしぶきのように広範囲に飛び散る。


「──ぶはっ。ああ、びっくりした。──何だよ、ここ……?」


 やや不快感をあらわにした態度のクウが、硬貨の中からゆっくりと出て、辺りを見渡す。


 一見すると、ドワーフ達と合流した宮殿の広場とよく似た空間である。しかし、よく見ると多少の差異が見受けられた。


 四方が、完全な暗闇なのである。地面には山積みになった金貨や金色の調度品、宝石類が隙間なくめられているが、側面には壁が一切なく、横方向はどちらを向いても真っ黒な空間しか目に入らなかった。


 続いてクウは頭上を見る。真上には、丸い穴のようなものが一つだけ空いていた。クウの感覚では、まるでつぼの中に入れられた小人こびとが、底から口の部分を見上げているような感じだった。


「ここは一体、何処どこの空間なんだろう……? きっとあの"金剛石ダイヤモンド"に触れた事で、"地動坩ウェゲナー"が発動したって事は間違いないと思うけど……」


「──その通りじゃ。お主、中々の知恵者ちえしゃじゃな。よくぞわらわ即時そくじり掛からず、同胞達どうほうたちを止めてくれたのう」


 クウは飛び上がって驚き、真後ろを見る。何者かが、腰に手を当てた尊大そんだいな態度でクウを見ていた。


「夜色の髪の毛……。緑色のエルフのころもに、うすれたやいば魔剣まけん……。随分と、イルトを歩き慣れておるようじゃのう、"人間"殿よ」


 何者かがクウに歩み寄り、その全身を闇の中からさらす。何者かの正体は、クウより頭二つ分ほど背が低い──赤黒い瞳と褐色かっしょくの肌を持った少女だった。


 真っ赤な長髪をひたいの真ん中で分けた髪型の、非常に可愛かわいらしい相貌そうぼうの少女である。腕や指、手首や足首には、宝石がまった金製らしきの装飾品を多数身に着けている。服の露出度は──現在のフェナ以上に高く、上下どちらも、布の面積は下着ほどしかない。一見すると、踊り子のようにも見えるよそおいである。


 知らない顔ではあるが、肌と目の色から、クウには明らかに彼女がドワーフ族の女性である事だけは分かった。


「だ、誰……?」


「何じゃ。何を驚く事がある。──ああ、そうじゃった。先程のわらわは……牙とうろこを生やした野蛮極やばんきわまりない姿であったのう。失念しつねんしておったわい」


「えっ、まさか君は……あの"魔竜ドラゴン"? あれは、君が変身してた姿だったの?」


「そうじゃ。いやあ、助かったわい。あの図体ずうたいではどうがつっかえて他の部屋に移る事もままならんかったでな。あの"金剛石ダイヤモンド"にお主が触れてくれなんだら、またここに来る事はできんかった」


「"また"……? ここに、前も来た事があるの?」


「あるとも。父上が──王がわらわを助けようと、あの"金剛石ダイヤモンド"でわらわをここに封じた時に、のう」


「予想はしてたけど、やっぱり君の正体は──」


「ああ、自己紹介がまだじゃったのう、"人間"殿よ。わらわは"キテラン"。ガガランダ王家、ドワーフの王の一人娘であり、おそらく──王家最後の一人じゃ」


 ドワーフの少女──キテラン王女は、毅然きぜんとした態度で名乗った。


「態度を改めましょう。先程までの至らぬ言葉遣ことばづかい、どうかお許しください。──お会いできて光栄です、キテラン王女。僕は蔵王空介ざおうくうすけと申します。"クウ"という略称りゃくしょうでお呼び下さい」


「むう、堅苦かたくるしいのう。改めた言葉遣いをまた改めよ。先程のしゃべり方で構わん」


「そうですか? それじゃあ──お言葉に甘えようかな」


 クウは不安定な金貨の山の上に、ずっと立っているのが疲れたらしい。近くにあった宝箱のふたを閉め、その上にゆっくりと座る。


「薄々感じてるとは思うけど──キテラン王女。あなたをドワーフの皆さんと一緒に助けに来たんだ。中でもロフストさんは、特にあなたの身を心配してたよ」


「やはり、そうであったか。あやつら、ここまで来るのは楽では無かったじゃろうにのう……」


「"魔竜ドラゴン"の心配なら、いらなかったよ。僕とフェナで全員を護衛できてたから、ドワーフの皆は無傷だ。勿論、帰り道も僕達がしっかり守るから、安心して。──まずは、ここから出よう。キテラン王女」


「うむ、今すぐ出たいものじゃ。──出られるものなら、のう」


「えっ? ……どういう意味?」


 キテランはクウを真似まねるように、近場にあった宝箱の上に座った。


「説明が必要じゃな。この場所は、あの"金剛石ダイヤモンド"の備えておる"輪"、"地動坩ウェゲナー"の能力によって生み出された異空間なのじゃ。"金剛石ダイヤモンド"の表面に素肌が触れるとこの空間へと連れ込まれてしまうのじゃよ。──入るのは容易たやすいが、出るのが一苦労でのう。この空間が来訪者に出す謎を解かねばならぬのじゃ」


「謎解き? ……ちなみに、間違えたらどうなるの?」


「意地の悪い悪戯いたずらに付き合わされる羽目になるのじゃ。──わらわの例では、"輪"の力で魂だけがここから出され、大穴の近くにいた"魔竜ドラゴン"の身体とくっつけられてしまった。しかもその上で、あの窮屈きゅうくつな部屋に移動させられてのう。ああ……もうあんな目にうのは嫌じゃ」


 キテランの目がうるうるし、涙をたくわえ始めた。クウには、今にも泣き出しそうに見える。


「キテラン王女、その謎っていうのは何処どこに?」


「何処にでもあるのじゃ。──待て、この言葉そのものが謎かけではないぞ。そうじゃな、たとえば……それ、そこの宝でもよいぞ」


 キテランは可愛らしい所作で、地面に転がっていた金製の宝を指差す。クウは怪訝けげん面持おももちで、それをひろい上げた。


 それは金製のゴブレットだった。大きさに反して結構な重さがある。金の含有率がんゆうりつが高いのかも知れない。


「それをよく見よ。文字が刻まれておるじゃろ?」


 クウが目を細めて、ゴブレットの側面を見る。キテランの言葉通り、判読はんどくできる大きさの文字がじわじわと浮かび上がってきた。



われ、またの名を"金剛こんごう"なり。我の身に色は無し。あざやかなる真紅しんくまとう事、是非ぜひも求めん~

なんじ、我の願いにこたえよ。さすれば、このつぼの内よりでる事、許されん~

~この身、おど紅蓮ぐれんの中にて、ついほろぼす事、かなおう~

なんじ、この不壊ふえなる金剛こんごうの身をほろぼし、われはなちたまえ~



「面白い"四行詩カトラン"だね。──まあ、大体は分かったかな」


「何じゃと?」


 キテランは目を見開き、クウの顔を下からのぞき込む。


「お主、もしや今……分かったと言うたか? 冗談はすのじゃ」


「この問題、分かりやすいよ。文章をそのままの意味で受け取ればいいだけだからね。──病室で読んだ本の中に、面白い中世ファンタジー作品があったんだ。その中の場面の一つに、これと似たような謎解きがあったんだよね。──いや、ごめん。伝わらないよね」


「伝わらぬ。何を言っておるか分からんわ。──それより、クウ。あやまった行動を起こせばその場合は、分かっておるじゃろうな?」


「分かってるよ。──爪牙そうがうろこつばささずけてもらえるんでしょ。僕は空を飛んだ経験なんて無いから、それも悪くないね」


「ええい、何を勿体もったいぶっておるか。クウよ、はようここから出る手段を教えんか」


「短気だなあ。──おおせのままに、キテラン王女様」


 クウはそう言うと、座っていた宝箱から降りた。そして宝箱のふたを開けると、中の宝物ほうもつから何かを探し始める。


「適当な場所でも、きっと探せば見つかる。この"輪"の存在は、僕達に外へ出て欲しいはずだから。そうじゃなきゃ──問題文の3行目と4行目は、必要ないからさ。おっ──」


 クウは目的の物を見つけたらしい。手に持ったそれを、キテランにも見せた。


 それは小さな──"金剛石ダイヤモンド"だった。透明度が高く、クウの手の中で、きらきらと白い光を放っている。


「多分、これを使えばいいと思う。──さて、キテラン王女。こうして見るとあなたは、とても奇麗な……赤い髪をしてるよね」


「そ、そうか……? お主の夜色の髪も中々のものじゃぞ。この場では、背後の景色と同化して見えづらいがの」


「じゃあ、すぐにここを出よう。──王女様、失礼します」


「む、何じゃ……? きゃっ!」


 クウは突然、キテランの身体をき寄せた。そして彼女の髪をたばにしてつかむと──その真っ赤な長髪で、手の中にあった"金剛石ダイヤモンド"を包み込む。


 キテランの長髪の中で、"金剛石ダイヤモンド"の白い光は──真っ赤な色に変化した。


「さあ、これでどうかな?」


 クウとキテランの身体が、じわじわと赤い光にまれ、部分的に消えていく。"地動坩ウェゲナー"が発動したようだ。


「──成功だ」


 二人の身体が完全に消え、"金剛石ダイヤモンド"が地面に落ちた。


 クウの持っていた"金剛石ダイヤモンド"は、二人の姿が消え去った後でも、その身に赤い光をたたえていた。

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