45.予期せぬ奇襲

 ガガランダ鉱山、地下にきずかれたドワーフの黄金郷おうごんきょう。その広大な空間の中央に──突然、クウとキテランが姿を現した。


「──くっ。流石さすがに、もうれたよ」


 "輪"の力で、突如見知らぬ場所の空中に移動させられたクウは、冷静に落下の受け身を取る。すぐ近くに落ちたキテランも、着地に成功していた。


 二人は同時に立ち上がり、空間の様子を見る。クウにとっては、初めて見る場所である。


 非常に広大な空間だった。クウとフェナがドワーフ達と合流した場所に似ていたが横の広さも天井の高さも数倍広い。黄金の卓子テーブルが規則的にずらりと並び、その上には、さかずきや皿などの食器が──不自然に散乱している。あるしゅ宴会場えんかいじょうのような場所だった。


「ふむ、ここは宮殿の大広間じゃな。──おおっ! わらわの身体が! 元の可憐かれんあいらしい身体に戻っておる! でかしたぞ、クウよ!」


 キテランが自分の姿を見て、小躍こおどりして喜ぶ。


恐縮きょうしゅくです、王女様。僕の解答は、正しかったみたいだね。──それよりキテラン王女、ここは一体……何処どこなの?」


宴会えんかいなどのさいに使う大広間じゃ。先程、お主と魔竜ドラゴンの姿で会った部屋の階層かいそうより、さらに一段下った場所に位置しておる。──ここより下には空間はない。つまりここは、宮殿の最奥部さいおうぶにあたる場所じゃな」


「かなり広いね。それに、ちょっと酒くさいかも」


「他のにおいもするじゃろう。例えば──血じゃ」


「えっ……?」


 クウは、散らかった卓子テーブルの上をじっと観察してみた。赤黒い──シミの様な模様もようが至る所にこびり付いていた。イルトでの苛烈かれつな経験の賜物たまものか、クウにはそれが血飛沫ちしぶきだとすぐに分かった。


「この場所は、かつて"ガガランダ王国"に侵攻した"黒の騎士団"に追いめられた我々ドワーフが、籠城戦ろうじょうせんを展開した最後の場所なんじゃよ」


「最後の場所って、それはつまり……」


「そういう事じゃな。"黒の騎士団"に蹂躙じゅうりんされた我々ドワーフは、わずかな生き残りを集めてどうにかこの場へと逃れた。しかしその時、すでに殆どの者は致命傷ちめいしょうっておった。そして時間と共に──息絶いきたえていったじゃ。名も知らぬドワーフの国民、宮殿の使用人、そして母。わらわの目の前で──次々と死んでいった」


 キテランは感情の無い声で淡々たんたんと話す。クウは、何も言う事ができなかった。


「そうして最後に残ったのは、たった3人だけ。王である父上、わらわ、そして──当時、王の親衛隊長しんえいたいちょうであったロフストじゃ」


「ロフストさん? ──じゃあ、ドワーフ王が死の間際に逃がした兵士っていうのは……彼?」


「ほう。ロフストは、お主にもその話をしたのじゃな。──王、父上はその身に隠し持っていたあの"金剛石ダイヤモンド"を使い、わらわを"輪"の魔術によって異空間へ送り出してしもうた。消え去る間際まぎわわらわが見たのは、黒い騎士に勇敢ゆうかんに立ち向かう父上と、泣きながら何処どこかへ走り去っていくロフストの姿だったのじゃ」


「ロフストさんは、起きた出来事を伝えようとして地上を目指した。そしてドワーフ王は──君を助けようとしたんだね」


 クウの言葉で、キテランはぐっとこぶしを握り込んだ。


「あの"金剛石ダイヤモンド"の中の異空間で、わらわは何度も泣いた。幾日いくにちにも渡って、幾度いくども泣いたのじゃ。数え切れぬほど、気が遠くなるほどに、のう。そして涙がれ果てた時──わらわの中に、小さな火がともった」


キテランの拳の先から──小さな炎が生じた。彼女の手の甲には、真っ赤な"輪"が燦燦さんさんと輝いている。


「キテラン王女、君も──!」


「赤の領域の伝承でんしょうでは魔術の"りん"とは、あらゆる存在が持つ内に秘められた力が、魔法をまとって形をしたものとされておる。──わらわに秘められた力は、この炎よ。まるで、今のわらわの思いを如実にょじつに表しておるかのようじゃ」


 キテランは自分の燃え上がった拳を見つめると、ゆっくりと指を開いた。すると発火は収まり、キテランの小さな手は普通の状態に戻った。


「ふむ、しずまったか。あの異空間で、これでもかと言うほど修練しゅうれんした甲斐かいがあったのう。まあ、その後で謎解きを誤り、"魔竜ドラゴン"に成り果ててしまったのは予想外じゃったがな。──さて、そろそろ行こうかの。クウ、共に参れ」


おおせのままに、王女様。──まずは、フェナやドワーフの皆と合流しないとね」


 クウがそう言った時だった。何の前兆ぜんちょうもなく、広い空間に爆発音と地響きが発生した。


「なっ、何だ──!?」


「分からぬ。じゃが──急いでこの場を離れるぞ、クウ。今ほどの衝撃では、この宮殿が崩落ほうらくするやも知れん」




 クウとキテランは、駆け足で上層に移動した。そこは大広間に似た広さと内装ないそうを持った空間ではあったが、クウにとっては初見の場所である。


 空間には黒煙こくえん充満じゅうまんしている。クウは目をらし、この場で予想外の事態が起こっていたと理解する。


 クウ達と行動を共にしていたドワーフ達が──体に傷を負った状態であちこちに倒れていた。皆が何かに立ち向かった様子で、それぞれ自分の武器を使用した形跡が見受けられる。


「──フェナ!」


 クウがさけぶ。空間の中央付近に、"錆剣しょうけんジャスハルガ"を持ったフェナがいた。その周囲にはロフストを含む、おのを構えたドワーフ数人の姿もある。


 フェナは声に反応してクウを見る。クウはフェナの近くに駆け寄り、腰の"朧剣ろうけん"を手に取った。


「フェナ、この状況は一体どうしたの?」


「クウ……。無事だったのね。良かった。うっ……」


 フェナが、がくんとひざから崩れ落ちた。倒れそうになった彼女の身体を、クウが支える。


「フェナ!? えっ、これは──!」


 フェナの身体は、全身の至る所が焼けただれて黒焦くろこげになっている。肌を大きく露出ろしゅつした上半身は特にひどい。フェナの焼けた傷跡からは、まさに今も薄く煙が立ち上っていた。


「これは、ひどい……! 何でこんな事に──!?」


「駄目よ、クウ……。剣を構えなさい……。まだ、あの"十三魔将"が……!」


 フェナが震える指でクウの後方を指し示す。クウはフェナをかかえたまま振り返るが──そこに突然、巨大な爆発が巻き起こった。


「うわあっ──!」


 クウは片手でフェナの頭部をかばいながら、体を丸める。そしてもう片方の手で──緑の"輪"を展開し、爆発した方向に向かって風をち込んだ。


 爆発の衝撃が、クウの風によって緩和かんわされる。クウとフェナ、そして周囲のドワーフ達は、爆風によって体勢を崩し、吹き飛ばされるのみで済んだ。


「──むうん。やるもんだねえ。完全に不意を突いたと思ったのになあ」


 黒煙の向こうから、野太い声がした。


「やあ、"人間"。君がその女の飼い主だねえ? でも、手懐てなずけたのが"上位吸血鬼ハイ・ヴァンパイア"だなんて、趣味が良いとは言えないよお。たとえ、見た目が上玉じょうだまだとしてもねえ」


 高級そうなダブレットを着た肥満体の大男が、のそのそと煙の中から姿を現す。


「気をつけた方がいいよお。吸血鬼きゅうけつきは──"黒の領域"でも恐れられるほど危険な生き物だからさあ。ましてや"上位吸血鬼ハイ・ヴァンパイア"なんて……このボクでさえ、そばに置いておこうとは思わないなあ」


「僕は"飼い主"じゃない。──アンタが、フェナの身体を焼いたの?」


 クウはフェナの身体をそっと地面に横たえると、ゆっくり立ち上がって──大男をにらみ付ける。


「そうだよお、"人間"。ボクの事を知らないみたいだねえ? ──ボクは"十三魔将"の一角、"すす伯爵はくしゃくケペルム"だあ。図が高いぞお」


 大男──ケペルムは、両手を腹の側面に当てて胸を張る。


「怒った顔をしてるねえ、"人間"。いいよお、その顔。──さあ、ボクと遊ぼうよお」


 ケペルムが、ゆっくりとクウに手をかざす。そのてのひらに──紫色の光を帯びた、黒の"輪"が浮かび上がった。


「むうん……"珪爆砲ノーベル"!」


 ケペルムの言葉に反応し、黒いすすのような気体が、"輪"の発動したてのひら収斂しゅうれんした。ケペルムの手の中に、紫色の球体が形成される。


 次の瞬間、紫色の球体を中心に──激しい爆発が巻き起こった。

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