43.謎のダイヤモンド

 クウとフェナは、一定の距離を保ちながら洞窟どうくつの道を進む。壁面へきめんからは地底湖の周辺と同様、至る所から光が生じていた。


 クウは発光体の一つに顔を近づけ、その正体を確かめた。


「これ……石だね。蛍光灯けいこうとうみたいに光ってるけど──ダイヤモンドみたいな石のかたまりだ」


「クウ、"ガガランダ鉱山"は宝石の鉱脈こうみゃくが密集してる土地として有名なのよ。ここで採掘さいくつできる宝石はイルト中に売られ、他の領域でも重宝ちょうほうされているのよ。主な用途ようとは、夜の蝋燭代ろうそくがわりね。──ただ、これらの宝石は見た目と違って繊細せんさいで、り方がまずいとすぐに光を失ってしまうの。ドワーフの技術なしでは、採取さいしゅあきらめた方が無難ぶなんよ」


「それは残念。てのひらサイズに割って明かりに使おうと思ったんだけど、原石の状態で持って帰るのは、大きすぎて無理だね」


「私も反対ね。──どこぞのウルゼキア王にぶつけられた大岩を思い出しそうで、嫌よ」


「よし分かった……めよう。──おや?」


 会話を繰り返しながら進んだクウとフェナの前に、突如──荘厳そうごんな光景が姿を現した。


 黄金と宝石に満ちた──豪奢ごうしゃな宮殿。 


 彫刻ちょうこくほどこされた巨大な黄金の柱が立ち並び、その周辺には、宝石や貴金属の装飾品を満載まんさいした宝箱が、ふたの開いたまま置かれていた。


 クウ達が道中で見たものと同様、全ての宝石からは目がくらむようなの光が放たれていた。


すごい……まさに、黄金郷だ。あと──かなりまぶしい」


「これ見よがしに開いたままの、あの宝箱のふたを全部閉めるべきね。──あら見て、クウ。ドワーフ達がいるわよ」


 黄金に満ちた空間の中央に、ドワーフ達がそろっていた。ロフストが二人に気付き、手を振っている。


「おお、やっと来たかお二人さん。──ようこそ。ドワーフ族が技術のすいを結集してきずき上げた、"ガガランダ王国"へ」


 近付いてきた二人に向かって、ロフストが両手を広げた。


「先祖代々、何世紀にも渡って作り上げた地下王国だ。どこぞの賢者の話では、"イルトの三大聖地"に数えられているらしいぜ。ここに来た時だけは、俺達も"ガガランダ鉱山"じゃなく、"ガガランダ王国"と呼ぶことにしてんだ。──それでどうだい、驚いてくれたか?」


「もちろん驚きましたよ。この素晴らしい光景と──湖に飛び込んだら瞬間移動するという、謎の現象にね」


「アレについては、俺もよく知らねえんだよ。一説には、この土地を守護してる火の精霊──"火霊サラマンダー"の"輪"の力だと言われてるがな」


「"火霊サラマンダー"……? 混乱しそうなので、今は置いておきましょうか。──この場所に、"キテラン王女"はいるんですよね?」


「そうだ。ある程度の見当はついてる。──だが、ここから先の様子がどうなってるかは、俺達にも分からねえ。それでも、来てくれるか?」


「ええ。行きましょう」


クウは"朧剣ろうけん"のつかにぎり、きらびやかな空間の奥──謎の通路をじっと見た。




 通路の奥を抜けると、クウにとってまたしても予想だにしない光景が飛び込んできた。


「"魔竜ドラゴン"──! まさか、こんな所にまで──?」


 宝物ほうもつあふれた宝箱と、装飾品の上に横たわる──中型の"魔竜ドラゴン"がクウ達の前に現れた。


 "魔竜ドラゴン"のあやしげな瞳が、クウとフェナ、そしてドワーフ一同に向けられた。


「くっ──!」


 クウは剣を構え、現れた半透明な刀身を"魔竜ドラゴン"に向ける。背後のドワーフ達も、一斉に斧を構えた。


「────!」


「……何だ? ──みんな、ちょっと待って!」


 クウは臨戦態勢りんせんたいせいのまま、武器を持ったフェナとドワーフ達を手で制止する。


 "魔竜ドラゴン"が──奇妙な動きを見せている。


 体勢を低くした"魔竜ドラゴン"は両手で何かを持ち──クウ達にそれを懸命けんめいに見せつけている。よく見ると、それはクウの頭ほどの大きさがある"金剛石ダイヤモンド"だった。


「うわあ、大きなダイヤだなあ。……きっと売れば、一生遊んで暮らせるがくになるね。──って、今はそんな場合じゃないか」


「クウ、よく見て。あの宝石……」


 "魔竜ドラゴン"の持つダイヤモンドからは、よく見ると赤い光が生じていた。クウ達を地底湖に移動させた際に生じた──"地動坩ウェゲナー"が発動した時と同じ光である。


「光が、とても強いわ。きっとあの宝石が──"地動坩ウェゲナー"の本体よ」


「"金剛石ダイヤモンド"が──"輪の魔術師"だってこと? 無機物にも、"輪"は宿るの?」


「あり得ない話じゃない──と言いたい所だけれど、そんな話は聞いた事がないわね。私にとっても未知よ」


 クウとフェナの会話の最中も、"魔竜ドラゴン"は宝石を見せつける動作を止めようとしない。


 クウが注意深く"魔竜ドラゴン"の視線の先をよく見ると、ドワーフ達の姿があった。ドワーフ達に、何かうったえたい事があるようだ。


「この"魔竜ドラゴン"、全く襲い掛かってこない。今までとは完全に様子が違うよ。何て言うか……理性的に見えるね」


「ロフストさん。この臆病おくびょうな"魔竜ドラゴン"は、あなた達を見てるわよ。──どういう事かしら?」


「こっちが聞きてえぐれえだ。しかし、何か変な感覚だな……。この"魔竜ドラゴン"、どこかで会った気がするんだが……」


 ロフストの言葉に、後ろのドワーフ達がざわざわと話し出す。


「──なあ、ロフスト」


「あん? 何だよ」


 ロフストの真後ろにいたドワーフが、ロフストに話しかける。


「あの"魔竜ドラゴン"、持ってるダイヤモンドをこっちに渡そうとしてんじゃねえか? 俺にはそう見えるんだが……」


「そう言われりゃあ……そうなのか?」


その会話を聞いたクウが──"魔竜ドラゴン"に一歩近づく。


「ねえ、"魔竜ドラゴン"さん。良ければそれ、僕が代表して受け取ってもいいかな? ──言葉が通じるかは分からないけど、礼儀として一応聞いておかないとね」


 "魔竜ドラゴン"は宝石を大事そうにかかえたまま、じっとクウを見る。そして数秒、何かを考え込むように目を閉じた後、目を開けてクウに"金剛石ダイヤモンド"をそっと渡した。


「うっ──!」


 クウの手から、強烈な赤い光が発生した。生じた光を"金剛石ダイヤモンド"が怪しく反射し、その輝きを増す。


 クウの身体が──虫食い状態になり、部分的に消え始めた。そして、何と"金剛石ダイヤモンド"を渡した"魔竜ドラゴン"にも、同様の現象が起きていた。


「なっ、クウ──!」


 フェナが素早く、"金剛石ダイヤモンド"をクウの手から離そうとした。しかし、どんどん消えていくクウの身体に、フェナはなすすべがなかった。


 クウと"魔竜ドラゴン"、両者の身体は完全に消え──"金剛石ダイヤモンド"が、ごとんと音を立てて床に落ちた。


◆◆

 "ガガランダ鉱山"の巨大な大穴のふちに、黒の甲冑かっちゅうを着た騎士達が並び立っていた。正確な人数は不明だが、50名以上はいるだろう。


「さてさて……"ガガランダ鉱山"の火口かこうかあ。"赤の領域"の、中心部に来たねえ」


 何者かの、野太のぶい声がした。


 騎士達が経つ場所の中心には、巨大な車輪付きの玉座が"停車"している。そこに鎮座ちんざしているのは、青白い肌を持ち、ひたいに角を生やした肥満体の大男だった。


 大男は中世の貴族が着るような高級感あふれるダブレットを着ているが、肥満体ゆえ、布地はパンパンに張りつめている。全身には多数の装飾品を身に着けており、両手には──十指じっし全てに、宝石のまった指輪を装備していた。


「むうん……この穴の下かなあ……。ドワーフ達が、武装して向かった場所っていうのはさあ。──ねえ。君は、どう思う?」


「はっ、私でありますか──?」


 肥満体の男に指名された騎士の一人が、瞬時に姿勢を正す。


「これは、"赤の領域"に先行して来ていた騎士の一人が、偶然に目撃した情報であります。その者によれば──"魔竜ドラゴン"の外皮がいひに似た装備を身に着けたドワーフ族共が、 背の高い他種族2名を引き連れて何処どこかに向かっていた所を見た、との事であります」


「その騎士の情報を考えると、向かった場所はここしか考えられないって事なのお?」


「はっ、左様さようでございます。──ケペルム様」


「そうなんだねえ。ふうん。それじゃあ、信じるよお」


 ケペルム──と呼ばれた肥満体の男は、玉座の上で不気味に笑った。


「それにしても、"赤の領域"には"シェスパー"が先に遊びに来てたんだよねえ? あいつの姿が無いのが、どうも気になるなあ。──同じ"十三魔将"として、心配しちゃうよねえ」


「はっ、それについてですが……信じがたい報告がございます」


「なあに? 聞かせてよお」


「その……"舞踊千刃シェスパー"様は、くなられました」


「ええ?」


 ケペルムは驚いた声を上げたが、その実、あまり動揺していないように見えた。


「シェスパー様のご遺体を確認した配下の騎士達は混乱し、各々おのおのの判断で"黒の領域"へと撤退したとの事であります。討ち取った者は、恐らく──」


「ゴーバを倒したのと同じ奴、かも知れないんだねえ?」


 黒い騎士が、無言でうなづいた。


「ふうん──面白いねえ。ちょっと、会ってみたくなっちゃったなあ、そいつに」


 ケペルムは玉座から立ち上がると、のそのそと歩いて大穴の近くに移動する。


「もし今ボクがそいつを倒せばあ、"赤の領域"はボクの物になったも同然だよねえ。それに、あの二人を倒した奴の首を差し出せば、"あのお方"も、ボクをお認め下さるかも知れないぞお」


「け、ケペルム様──例の"人間"共を、追われるおつもりで?」


「君達は無理に来なくていいよお、別に。ボクが戻るまでに、そうだなあ……硫黄いおうの街"メルカンデュラ"の辺りでも行って来たらあ? あのボロボロになっちゃった街を、もっと粉々に叩き潰すのも、結構面白いんじゃないのお?」


「え、ええ。それはもう──きっと面白いに違いありません。へへへ……」


「でしょお? ──まあボクは、とりあえずこっちに行って来るからさあ。また後でねえ」


 ケペルムはそう言うと、口元だけで笑い──躊躇ちゅうちょなく、大穴の中に身を投げた。

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