42.地底湖

◇◇

 赤の領域。硫黄いおうの街"メルカンデュラ"より奥地にある山地。そこには、並び立つクウとフェナ、そして二人の真後ろでずらりと横一列に並ぶ──赤い鎧を着たドワーフ達の姿があった。


 ドワーフ達は総勢20名ほど。ロフストを始め、皆が強い決意を秘めたような面持おももちで、手にはおのを持っていた。


「ドワーフの皆さん、その恰好かっこう……」


 クウは並んだドワーフ達を順番に見ながら言う。ドワーフ達の着ている鎧と斧には、どちらからも鋭いとげが生え、爬虫類はちゅうるいうろこのような模様が浮いている。──"朱錆竜しゅしょうりゅうジャスハール"の体表たいひょう酷似こくじした装飾そうしょくである。


「もしかして、あの"魔竜ドラゴン"の死体を素材にして作ったんですか?」


「おう、見れば分かるだろ。──"輪"を持った"魔獣ビースト"だぜ。あの死体をの当たりにして、たまらずに金槌かなづちを持ったドワーフが、俺一人だけだったと思うか? "ジャスハール"はあの巨体だったからな。俺らドワーフみてえな小柄な種族の武器と防具なら、100人分は作れるぜ」


「そして私も、その恩恵おんけいあずかった一人ね。うふふ」


 フェナが腰にたずさえた──漆黒しっこくの剣をいとおしそうにでる。さやのない抜き身の剣だが、それに触れるフェナの手は、切れていなかった。


「竜の一部を使ったこの装備があれば、俺達ドワーフでも果敢かかんに戦える。今の俺らならたとえ"黒の騎士団"相手でも、足手纏あしでまといにはならねえさ。──クウ、お前のおかげだぜ」


「そう言ってもらえると、僕も無茶をした甲斐かいがありましたよ」


 クウはドワーフ達に背を向け、前方を見た。フェナもクウの隣に立ち、同じ視線を向ける。


 クウの眼前には、まるで巨大な隕石いんせきでも落ちたかのような大穴があった。穴のふちには下へと降りる為の細い通路が、螺旋階段らせんかいだんのように伸びている。


「クウ、こういう景色が珍しいの? ──この一帯は火山なのよ。私の知ってる"賢者"の話では、気の遠くなるような大昔、この山の下にまった大量の炎がある時、一気にき上がったんですって。そうして山の内側が崩れ落ちて大穴が空き、こういう形になったらしいわよ」


「火山の噴火ふんかによる陥没かんぼつで形成された大穴……"カルデラ"だね。──病室では読書ばかりしてたけど、その内の一冊に、少しだけ書いてあったような気がするよ」


 フェナは不思議そうな顔をしている。クウの口からまたしても、イルトに存在しない単語が出たらしい。


「カルデラは、くぼみに雨水がまって湖になる場所が多いんだったかな。──もしかして、この下も湖になってるんじゃないかな?」


「その通りよ。──クウ、どうして分かるの?」


「前世での読書から得た浅い知識と──緑の"輪"で探知した、空気の感じかな。この下の空間にある空気が、見かけより少ない感じがしたんだよ。だから、別の何かが満ちてるんじゃないかと思ってね。水とか」


「"人間"って"輪"の力だけじゃなく、洞察力と地理学の知識まで持ってるのね」


大袈裟おおげさだよ、フェナ。僕の前世の世界では誰もが、知識を得る豊富な手段を持ってるってだけなんだ。僕は別に、優秀な"人間"じゃないよ」


「私にはそうは思えないわね。──それと、クウの前世の世界に、徐々じょじょに興味が出て来たわよ」


 フェナはクウに笑いかける。クウには、少し色目を使っているように見えた。


「さてと。クウ、そろそろ行きましょう。──お姫様を探しに、素敵な場所へ」




 クウとフェナ、そしてドワーフ一同は、大穴を下へと進み続けた。


 道中では何体もの"魔獣ビースト"──主に小型の"魔竜ドラゴン"が頭上より飛来し、クウ達を襲ってきたが、クウの緑の"輪"、そしてフェナの流れるような剣技でことごと退しりぞける。


 今もまた、大穴のふちを歩くクウ達の頭上から、"魔竜ドラゴン"が口を開けて襲い掛かって来ていた。"魔竜ドラゴン"は、体の大きさと肥大していない腹部をのぞいて──外見は"朱錆竜しゅしょうりゅうジャスハール"によく似ていた。


「またか……。"颶纏アナクシメネス"! ──ところでロフストさん、一つ聞いていいですか?」


「おう、クウ。何だ?」


 "魔竜ドラゴン"を緑色の爆風で墜落ついらくさせたクウが、背後のロフストに聞いた。


「僕たちは今、ガガランダ鉱山──元ガガランダ王国のお城に向かってるんでしたね」


「ああ、そうだが?」


「お城は──本当にこの穴を進んだ先にあるんですか? 進むにつれて視界はどんどん暗くなり、"魔竜ドラゴン"からの手荒な歓迎は終わる様子がありません。ちょっと、不安になってきましたよ」


「ははっ、暗い所が怖いってのか? "魔竜ドラゴン"や"十三魔将"を倒した男のセリフとは思えねえな。──まあ安心しな。その心配は、今かららなくなるぜ」


 ロフストはそう言うと、頭上に"魔竜ドラゴン"がいない事を確認してから、大穴の中央を見た。


「これぐらいの高さなら、丁度いいだろ。──さあ行くぜ、おめえら」


「えっ、ロフストさん? ──なっ、皆さんまで……何を!?」


 ロフストはそう言うと、足場から──大穴の中央に向かって跳び降りた。ロフスト以外のドワーフも、その後に続いて次々と大穴の下の暗闇へと吸い込まれるように跳び降りていく。


 穴の暗闇から複数回、ボチャンという水音がした。ドワーフ達の着水する音だろう。


「クウ、フェナ! お前達も来い! なるべく穴の中央を狙って跳ぶんだ! ──俺達は、先に行ってるぜ」


 ロフストの声が、穴の下から響く。クウが逡巡しゅんじゅんしていると、頭上からまた新手の"魔竜ドラゴン"が現れたのが見えた。


「良く分からないし、怖いけど……行くしかないかな。──よし、フェナ」


「私、れるのは好きじゃないの……」


 クウはフェナの──剣を持っていない方の手を取り、穴の中央に向かって跳んだ。クウとフェナは同時に着水し、一際ひときわ大きな水音と飛沫しぶきが水面から上がった。


「────っ!」


 水中で泡沫ほうまつまみれたクウが、水面に顔を出すために浮上しようとした時──体に起きている異変に気付いた。


 体が赤い光が生じ──その部分がどんどん消えていく。


 光り出した腕や胴体の一部は溶けたように消え去り、虫喰い状態になっていた。クウの手を握っているフェナにも、同じ現象が起きているのだろう。暗い水中で、クウにはフェナの顔は視認しにんできなかったが、フェナの身体から生じていた赤い光はしっかりと目に入った。


 クウはフェナの手を握り、フェナの方もクウの手を放そうとはしない。二人はついに、赤い光と共に水中から完全に消滅してしまった。




「──っわあ!」


 謎の空間に、突然クウの声が反響する。


 赤い光に包まれたクウとフェナは、気が付くと──澄んだ水に満ちた、広い地底湖のような場所の水面に浮かんでいた。


 地下と思わしき場所だが、周辺は妙に明るい。まるで電灯のように、外壁の至る所が発光していた。


「ああ、びっくりした……! ──これは一体、何が起きたの?」


「多分、魔法で瞬間移動したのよ。これは恐らく──"地動坩ウェゲナー"の"輪"による魔術」


「"ウェゲナー"──?」


「空間と空間をつなぎ、その場所に干渉かんしょうした物体を別の場所に送り出す事ができる"輪"よ。──あの青黒フードの使う"浸洞レオナ"と似てるけど、同時に何箇所なんかしょも空間を繋げられたり、送り出す対象をその一部分だけに指定できたり、多少の違いがあるのよ」


「つまり、あの湖そのものが──"輪"の魔術師の一部だったの?」


「そうかもね。"輪"の本体は、きっと別にあると思うわ。──さあ、ドワーフ達と合流しないと」


 フェナは繋いだクウの手を引きながら、立ち泳ぎで岸に辿り着く。水面から上がると、クウの手を引っ張って岩場の地面に立った。


「──もう。れたから、重くなって動きにくいわね。これだから嫌なのよ」


 フェナは不機嫌そうにそう言うと──着ていた黒い上衣じょういを、乱暴にその場へ脱ぎ捨てた。フェナの胸部は包帯のような布でおおわれてはいるが、クウにとっては直視がはばかられるほどの露出度だった。


「これでいいわ。──クウ、行きましょう」


「……僕はよくない。何て言うか、目の毒だよ」


「毒? 私、今は毒なんて使ってないわよ」


「いや、何でもない。──僕が免疫めんえきをつけるべきだね」


 フェナの刺激的な姿を直視しないように、クウは歩き始めた。

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