06.騎士団の襲撃

「クウ! いやあっ! クウ!」


 ナリアが地面の上で昏倒こんとうしているクウに向かって、何度も叫ぶ。


「うるせえぞ、めすエルフが!」


 にぶい音が響く。ナリアを捕えていた騎兵が、ナリアのほおを強く平手打ちしたのだ。


 ナリアは気を失い、ぐったりと脱力して動かなくなる。


「へっ、エルフ風情ふぜいが。ふん、こいつは旦那だんなか。そういや、手を繋いでやがったな。仲睦なかむつまじい事だぜ。──おい」


「ん? ああ──へへっ」


 倒れているクウに騎兵の一人が近付く。騎兵は剣をゆっくりさやから抜き、切っ先をクウの首元に当てた。


さみしくはねえだろうよ。こいつも、すぐに同じ場所に送ってやるんだ。──俺達の夜伽よとぎに散々使われた後で、だろうがな」


 騎兵達が、声をそろえて品の無い高笑いをする。


 一頻ひとしきり笑った後、騎兵の一人がクウの首に剣を振り下ろそうとした。──その刹那せつなだった。


「楽しそうじゃねえか。俺も混ぜてくれよ──マヌケ共」


 騎兵達の真上、木の枝の上。縞模様のフードを被って、皮鎧を着た何者かが、騎兵達を見下ろしていた。


 騎兵達が一斉いっせいに頭上に注意を向ける。しかし、既に誰もいなかった。


 騎兵達は互いの顔を見合わせ、抜刀していなかった者は全員剣を抜いた。騎兵達は狼狽ろうばいしている様子で、いつの間にか騎兵の一人が──喉を斬り裂かれて倒れている事に気付いていない。


「誰だてめえは!?」


 騎兵の一人が威嚇いかくする様に叫ぶ。


「正義の味方──とは言わねえが、お前らの敵さ」


 暗闇の中、何もない空間から声だけが聞こえた。


 騎兵の一人が、不意に倒れた。首元からは、鮮血せんけつともなった青色の燐光りんこうほとばしる。騎兵はそのまま、声を出す余裕よゆうも無く絶命した。


 また、青色の光が流れる様な軌跡きせきを描いて、騎兵一人の喉元に伸びる。騎兵は剣で受け止めようと反射的に反応したが、青い光はゆるやかに軌道を変え、易々やすやすと騎兵の喉を斬り裂いてしまった。


 倒れた仲間を見て、更に他の騎兵達が反応する。エルフ達を各所で捕えていた、遠くの騎兵達もこちらに向かって来た。


「ちっ。ありみてえに、数だけはいやがる」


 フードの男は暗闇の中から一瞬だけ姿を現し、地面に倒れているクウをかつぎ上げると、再び闇に溶けて見えなくなる。そして、次の瞬間には──クウと共に樹木の枝の上に移動していた。


「さて、ひとまず隠れてやり過ごすか。──しかし、驚いたぜ。あの"輪"の持ち主が、お前みたいな奴とは予想してなかったからな」


 フードの男は、クウの肩を優しく揺さぶる。クウが意識を取り戻した。


「まだ、寝てるな。──よお、大丈夫かい?」


「うっ……」


 クウは目を開け、フードの男を怪しげな目で見る。


「血は出てるが、頭の傷はそんなに深くねえよ。──おっと、足元には気をつけな。今ちょっと不安定な場所にいるからな」


「え、あんた誰? ……足元? うわっ」


 クウは自分が樹上にいる事に気付き、体勢を崩しそうになる。フードの男が肩を支え、落下はまぬがれた。


「このまま俺と一緒にじっとしてろよ。連中、今にてめえらの根城まで引き上げるだろうからな」


 フードの男がそう言った通り、騎兵達はあわただしく帰り支度じたくを始めた。


「あのフードの野郎には構うんじゃねえ! ──"にじみ沼"まで、退くぞ!」


捕らえたエルフ達をなわで手際よくしばり上げると、乗ってきた馬にくくり付ける。何処どこかへ連れ去るつもりの様だ。


 クウは、騎兵の一人を見て声を上げそうになる。馬にくくり付けられているエルフ達の中に、ナリアの姿もあったのだ。


「ナリア──!」


 クウがつぶやいたと同時に、馬に乗った騎兵達は引き上げの号令で一斉に駆け出す。騎兵達はすぐに夜の暗闇に溶けて、見えなくなってしまった。


 騎兵達は去った後、目の前には燃える村だけが広がっていた。


「乗り手はマヌケだが、馬は優秀だな。──なあ、知ってるか? 馬って夜目よめくらしいぜ。今の走らせ方だと、やつらの拠点まではまあ……2時間ぐれえかもな」


「まずい、ナリアが連れて行かれた! ──ねえ、あんたはやつらの行き先を知ってるの!?」


「ああ、知ってるぜ。──一先ひとまず落ち着けよ。生かして連れてったって事はつまり、すぐに殺しはしねえって事だ。まずは、状況の整理だ」


「落ち着いてなんかいられない! あいつらは何処に行ったの!?」


「そんなに知りてえなら教えてやるよ。あのマヌケ共の行き先は──にじみ沼にきずかれたイルトでも屈指の堅牢けんろうな牢獄、"ホス・ゴートス"さ」


 フードの男はそう言うと、クウの目の前に手をかざす。


「"浸洞レオナ"」


 フードの男の手から、紫色の光が放たれた。男が指で宙に円形の模様を描くと、光は指の動きに重なり──黒い亜空間あくうかんの様なものが形成される。


 フードの男がクウを引き連れてその空間を通ると、木の上にいたはずの二人は、一瞬で地上に移動していた。


「これは……"輪"?」


「ああ、俺の能力だ。──光栄に思ってくれよ。別に能力を秘密にしてる訳じゃねえけど、人目に触れる様な使い方は滅多にしねえからな」


 フードの男は歩きながら、村全体を見渡している。クウも男を追って歩き出す。


人攫ひとさらいが目的だったんだろうが、あの連中は遊びで人を殺す事も珍しくねえ。今回の被害は最小限で食い止められたと思っていいだろうよ。──とりあえず、急いで消火活動するか」


「あっちに井戸水があるんだ。ありったけをんでくるよ」


「ああ、そうだな。だがもう一つ方法があるぜ」


 走り出そうとしたクウを制し、フードの男は燃えている家屋の一つ──炎が発生している地点に手をかざす。


「"氷霙嶼アムンゼン"」


 男の手から──青色の光が生じる。渦巻く光と共に青い液体が炎に向かって放たれたかと思うと、液体は即座に氷へと変化し、一瞬で白くて付いた。


 氷をかぶせられ、酸素の供給を絶たれた炎はすぐに鎮火する。


 クウはその様子を、立ち止まってまじまじと見つめていた。


「そっちはそっちで、水を片っ端からブッ掛けろ。火がデカくなって手に負えなくなったら、俺が根元から凍らせてやるよ。──それが終わったら、ゆっくり話をしようぜ」


 そう言うと男は、おもむろにフードを脱ぐ。


 男の素顔は、クウと同年代と思わしき若い顔をしていた。目の上には深い刀傷の様なものがあり、フードはこれを隠す為だったのかとクウは推理する。


 男の頭髪は──短い黒髪だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る