05.黒の騎士団

◆◆

 クウがエルフの村に招かれた日の翌日。


 すっかり日の落ちたナトレの森。目を覚ましたクウがナリアとの邂逅かいこうを果たした場所に、謎の男が立っていた。


 男は黒地に青い縞模様しまもようが混じったフードを目深まぶかかぶり、一見すると山賊と見紛みまご皮鎧かわよろいを着ている。


 見るからに怪しいよそおいである。


「確か、ここら辺だったか」


 男はうずくまり、これまた黒地に青い模様の入った手袋をめた手で、地面を無造作に触り出す。


「うっすらと、魔力の気配だ。ああ──間違いなく"輪"を持ってやがるな。大物だ。しかし、何者だこいつ? 新手の"大悪魔デーモン"じゃあ無さそうだ……」


 男の顔は、ほとんどフードの影に隠れて見えない。


「こっちの方向は──おいおい、森の奥に行ったのか? エルフの道案内でもなきゃ5分で迷子だぞ」


 男は、薄暗くて見通しの悪い森の奥を、目を細めて見つめる。


「いや、英断えいだんだったかも知れねえな。こいつがもしも反対に進んで森を出てたら──ああ、考えたくもねえ」


 男は自分の腰元──青い光を放つ短刀に手を掛ける。


「"黒の騎士団"。ご苦労なこった。ついにこんな僻地へきちの森にまで来やがったか……」


◇◇

「働き過ぎです」 


 仁王立におうだちで腕組みをしているナリアが、問い詰める様にクウに言った。


「クウ。あなたは畑仕事でも炊事でも洗濯でも、何をする時も全然休憩を取ろうとしませんね。一日中、ずっと動いてます」


「そうかな?」


「そうです。今日なんか、特にそうでした。──朝は私より早く起きたと思ったら、昼までずっと野菜やら果物の収穫やらの外仕事。せわしなく夕食を食べた直後には掃除と洗濯。後はもう、寝るだけじゃありませんか。このままだと、私のやる事が何も無くなっちゃいますよ」


 クウはナリアの家の象徴しょうちょうとも言うべき巨大なダブルベッドに腰掛け、眼前がんぜんのナリアを困った様子で見上げている。


 クウの衣服は初日に着用していた白いローブとは異なり、ナリア達エルフが着用しているものに酷似した、緑色のものだった。


「逆の理由で怒られるなら納得するけどね。僕、そんなに働いてたかな?」


「ええ。私が心配する程ですよ」


「闘病生活中の僕は、人並みに働く事なんて出来なかった。きっと、その分を取り戻したいんだろうね。ナリアには悪いけど、身体を動かすのが楽しくて仕方ないんだ。自分じゃ止められそうに無いよ」


「例の、つらい前世の記憶ですか」


 ナリアは溜息ためいきをついた後、首を左右に振る。


「あなたがここに来てから、早いものでもう7日も経ちましたね。今では私以外のエルフ達とも気さくに話せる程になり、すっかり村の一員です。──あまり心配させないで下さい」


「そう言ってくれて嬉しいよ。──ここの扉を破壊した時は、初日にして追い出される覚悟をしたんだけどね」 


「少しはそれも考えましたけどね。まあ、ちゃんと扉は直してくれたので不問ふもんとしますよ」


温情采配おんじょうさいはいに感謝しないとね」


 クウは深々と頭を下げる。


「その後の、"輪"の調子はどうですか」


「ああ、これね」


 クウは左手の袖をまくり、精神を集中する。


「"颶纏アナクシメネス"」


 クウの左手に円形の模様が浮き上がり、淡い緑色の光が生じた。


 模様が回転を始めると同時に、穏やかな微風そよかぜがクウの手を中心に巻き起こる。

 初日の爆風とは打って変わって、緑色に色付いた風は、明らかにクウの支配下にある様な動きを見せている。


「それが、クウの本来の"輪"の姿ですか」


「そうみたいだね」


 クウが軽く腕を振ると、風はクウの腕に追随ついずいし、その軌道きどうをなぞる。


「風を自在に発生させる能力、ですか。私も"輪"に詳しい訳ではありませんが、そんな力を持った魔術師は聞いた事がありませんよ」


「僕自身にも良く分からないんだよね。この名称は自然と頭に浮かんできたものだし、力加減とかも少し練習しただけで安定してきたし。体の感覚としては、忘れてた記憶を急に思い出し始めた、みたいな……」


「思い出すも何も、クウの元居た世界では魔術なんてなかったのでしょう?」


「そうなんだよ。この世界、分からない事だらけだ。──唯一分かったのは、僕はエルフの女性とダブルベッドで一緒に寝ても、不純な行動はしないって事ぐらいだね」


「それ、男としてはどうなんです? それと、クウは自分では気付いて無いでしょうけど、寝言がすごく多いですよ」


「ナリアも時々、いびきがうるさいよ」


「えっ? う、嘘です」


 ナリアは口元に手を当て、顔を赤らめてクウから目をらす。


 その時だった。


 家の外で凄まじい轟音ごうおんが鳴り響く。それにいで、多数の馬がいななきながら駆けて行く音が聞こえた。


 クウは扉を開け、顔だけを出して外の様子を確認する。


 ──黒い甲冑かっちゅうに身を包み、黒い馬に乗った騎兵団が、村を襲っていた。


 馬から降りた騎兵達は片手に松明たいまつかかげ、何かわめき散らしながら家々の扉を乱暴に蹴り付ける。扉が次々と壊され、中なら悲鳴を上げながらエルフ達が引きり出されてくる。


 騎兵達は空になった家に容赦ようしゃ無く火を放ち、止めてくれと必至に懇願こんがんするエルフ達を尻目に、村の蹂躙じゅうりんを激化させていく。


「あ、ああ──黒の騎士団!」


 ナリアは口元を両手でおおいながら、目を見開いてそう言った。


 クウは咄嗟とっさの判断でナリアの手を引っ張り、外に飛び出す。──村に最初に来た時はナリアがクウの手を引いていたが、今は逆になっている。

 

 丁度こちらに向かって来ていた数人の騎兵が、クウとナリアに気付く。騎兵達は退路を塞ぐようにクウの前に立ちはだかり、松明たいまつを持っていない方の手で腰の剣を抜いた。


「あん? てめえはエルフじゃねえな。 その髪は──まさか、人間か……?」


 下卑げびた口調で騎兵は、クウの頭髪に向かって松明たいまつを突き出してくる。明らかに隙だらけである。クウは、この好機を逃さなかった。


「"颶纏アナクシメネス"!」


 クウは精神を集中し、左の掌を騎兵の胸元にかざした。左手から、緑の光をともなった爆風が生じる。


「うおおっ──!」


 騎兵が回転しながら後方へ吹き飛ばされる。騎兵はそのまますぐ真後ろにいたもう一人の騎兵に衝突し、体勢を崩しながら倒れた。


「よし!」


 確かな手応てごたえがあった。倒れた騎兵は二人とも意識を失い、再び立ち上がる様子は無い。クウの"輪"の力は通用する様だ。


「きゃあっ!」


 ナリアの悲鳴が響く。クウは、自分の右手からナリアの手が引きがされたのを感じて、後ろを向く。


 いつの間にか背後にいた新手の騎兵が、ナリアを拘束していた。ナリアは手を後ろにねじり上げられ、喉元に剣を突き付けられている。


「このめすエルフの命がしけりゃあ、動くんじゃねえ。──驚いたぜ。こんな田舎いなかの村なんぞに、"輪"の魔術師がいるとはな」


 ナリアのおびえた視線に、クウは硬直して動けなくなった。その間にも、クウを取り囲むように騎兵達が続々と集まってくる。


「くそっ、何人いるんだよ……。うあっ!」


 クウは後頭部に衝撃を受け、うつぶせで地面に倒れ込んだ。背後から忍び寄った騎兵の一人が、思いっきりクウを殴りつけたのだ。


「ああ──! クウ! クウっ!」


 クウの意識は徐々に遠くなっていく。騎兵に捕らえられたままのナリアが、泣き顔になってクウの名前を何度も叫ぶ。


 地面に、クウの頭部から流れ出た血が広がった。

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