吉祥寺と焼き芋
秋津晴明
今日も私は焼き芋を頬張っている。
ほかほかと、黄金色に輝く焼き芋が私の大好物である。
吉祥寺のとある八百屋さんで、年中焼き芋が売っている。そこで毎日焼き芋を買っていた時期があった。
初めは、朝一番に行っても近所のおばあちゃんたちと争奪戦になるので、十分ほど前から並んでいた。
しかし朝一に買わなくても平気だと気付いた時から、二回目三回目に焼き上がるのを待って買いに行った。
おばあちゃんたちとの焼き芋争奪戦はこうして終戦を迎えた。
どうしてなのかわからないけれど、この八百屋さんの焼き芋が一番美味しく感じた。
焼き具合が完璧なのだ。
皮が焦げすぎない程度にパリパリしているのに、入れている紙袋がベトベトになるくらい蜜が溢れ出す。
焼く人によって焼き芋の調子はいつも違い、この人がいるからきっと今日は美味しいぞ、という判断もつくようになった。
ちなみに、私が信頼を寄せているのは、少しふくよかなメガネのお姉さんと、笑い皺の可愛いおばあちゃんである。
私の買い物袋には、必ずお手拭きが入っている。
家に帰るのが待ち切れず、近くのベンチに座ってそのままモリモリ食べてしまうからだ。稀に井の頭公園まで持っていって食べることもある。
外で食べる焼き芋の美味しさといったら!
私は黄金色の優越感に浸る日々を送っていた。
ある日、笑い皺の可愛いおばあちゃんが話しかけてくれた。
会話は全く覚えていない。「よく来るね」とか「焼き芋好きなの?」とかそういう簡単な話だったように思う。
ただ「ありがとうねぇ」と言ってもらえて嬉しかったことは覚えている。
こちらこそ「ありがとうねぇ」と言いたかったのに、なんだか恥ずかしくなり行く回数を減らしてしまい、ついには行かない日の方が多くなってしまった。
久しぶりに買いに行くと、この日はメガネのお姉さんがいる日だった。
レジでお会計をしてもらうときに「最近来なかったね。元気にしてる?」と話しかけてもらった。
泣きそうなくらい嬉しかった。
きっと彼女たちにとってはそれが普通のコミュニケーションなのかもしれないが、上京して知り合いが少ない私にとって、お客さんとしてではなく一個人として接してもらえることは、何より嬉しいことだった。
このお姉さんも会話の最後には「ありがとうねぇ」と言ってくれた。
私は頭を下げて店を出た。
また日があいてお店をのぞくと、メガネのお姉さんもおばあちゃんも見かけることはなかった。
私が覗く日にたまたまいないだけなのか、もうお店をやめてしまったのかはわからない。
ただ「ありがとう」と言えたら良かったなという心残りがあった。
もう一度会えたら、恥ずかしくてもちゃんと言おう。
そうして私は、今日も焼き芋を頬張っている。
吉祥寺と焼き芋 秋津晴明 @shiroT
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