第115話 元相棒と因縁
「ファウルボール!」
完璧にタイミングの合ったスイング。しかし、打球は真後ろのバックネットへと直撃し、審判の声がグラウンドに響いた。
二回裏、一対〇で負けている一点ビハインドでワンアウトランナー三塁。この状況で打席に立つのは伊澄だ。
マウンドに立つ竜崎とバッターボックスに立つ伊澄は睨み合っている。先ほどまで逆の立ち位置にいたため、全く逆の立場での対決ということになる。
攻撃することがあれば守備をすることもある。ある意味二度目の対決となるこの場面、二球目に竜崎が放つボールは低めへのスプリットだ。
伊澄はこれに反応し、バットに当てるものの、今度は転がりながらバックネット当たるファウルだ。
初球に比べて若干タイミングがずれている。伊澄がストレートを狙っているのは明らかだ。しかし、狙い球から外れていても当てれるのは、流石伊澄とも言える。
そして三球目、今度はゆっくりとした軌道からゆったりと曲がるカーブに、伊澄はフォームを崩されながらもついていく。
三塁方向へ大きく割れるファウル。飛距離はあまり出ておらず、とりあえず凌ぐためのバッティングといったところだろう。
自分が得意なカーブには負けたくないという理由もあるのか、強引についていった。
ファウルが続く四球目、これもまたファウルとなる。内角への詰まらせるためのスプリットを伊澄は無理矢理当てにいき、打球は後ろに転がった。
ストライクゾーンに入る球ばかりで気を抜く余地もない。
お互いに実力が拮抗している五球目、竜崎が放ったのは伊澄の内角やや真ん中寄りへのボールだ。
甘めの投球。
しかし、失投でもなければ追い込んだこの状況でそんなに甘い球を投げるはずもない。ボールは手元で一気に変化した。
真ん中寄りの内角から外角へと変化する高速スライダー。伊澄はその球に食らいついた。
球に逆らわずに右方向……ライト線ギリギリへの当たり。打球はライト付近でワンバウンドし、外野のファウルゾーンに転々と転がる。
「……フェア!」
審判は迷った末に判定する。ほぼライン上でファウルゾーンに落ちたようにも見える際どい当たりだ。ベンチで見ている巧には判断ができないほどギリギリのところに打球は落ちた。
サードランナーの珠姫は余裕を持ってホームに到達している。
打った伊澄も一塁を蹴ったが、皇桜のライト太田の打球処理が早く、際どいと判断して素直に一塁へと戻った。
「ナイスバッティング!」
先制された直後の攻撃で追いついたことで、明鈴ベンチは勢い付いている。
難しい高速スライダーを伊澄は上手く打ち返した。そして、その一打は同点となる追加点を叩き出す自分で自分を援護するものとなる。
しかし、打席の序盤はストレートを狙っているように見えた。それでも打ったのは高速スライダーだ。
ストレート狙いだったが適応して高速スライダーを打ち返せたのか、ストレート狙いに見せかけてあえて高速スライダーを誘い出したのか、どちらかはわからない。
ただ、珠姫と伊澄の両方に高速スライダーを痛打されたため、投げにくくなっただろう。それさえも伊澄の狙いかもしれない。
一年生ピッチャー同士の対決が終わりを告げると、休息も許されないまま元バッテリー対決が始まる。
打席には司だ。
打席が回ってくる。
元チームメイトで元バッテリーというだけあって、お互いに癖は知り尽くしている。それでも流花は新しく変化球を覚えているし、私だって変わったところはある。
知っているけど知らない人。離れたのはたった三ヶ月、シニアを引退してからは一年にも満たない期間だけど、それでも私はその離れていた期間が一緒に野球をしてきた三年間よりも長く感じていた。
初球、流花はセットポジションからオーバースローでボールを放つ。
変わらない……いや、若干改良を加えているけど、ほとんど同じ投球フォームだ。
見慣れたフォームから放たれたボールは、私の目の前を通過する。
「ボール」
内角低めギリギリのストレート。僅かに外れてボールの判定が下る。
球威は僅かに増している。元々強豪でなければ高校生にも通用するレベルだったため、ストレートの球威だけで言えば伊澄以上だ。まだ成長途中ではあるが、大幅なレベルアップをするには期間が短すぎたのだろう。
ただ、それに加えて変化球を覚えたことで、強豪の選手にも通用すると判断されてベンチ入りしたのだろうと私は考えている。
となれば、厄介なのは見慣れたストレートよりも新しく覚えた高速スライダーとスプリットだ。
高速スライダーは珠姫さんと伊澄の二人に打たれているため投げにくいだろう。ここで注目すべきはスプリットだ。……と私は考えているだろうと思われているだろう。
二球目、地を這うように向かってくる内角のボール。見逃してもいいが、警戒している意思表示をするため、空振りする覚悟で私はバットを振った。
位置はドンピシャ。少しだけタイミングが早かったため、打球は三塁線を切れる。
「へぇ……ついてくるんだ」
この二球目は、予想通り高速スライダーだった。
私がスプリットを警戒し、高速スライダーに対して警戒を解いたと思われているだろうと私は考えていた。
……この鬼頭に。
こうやって揺さぶってくるのはいつものことだ。練習試合の時も、中学の時も。
私は術中にハマってはいけないと思い、鬼頭の言葉を無視する。
「じゃあ、これはどうかな」
三球目。今度は外角高めへの球だ。さらに外側へと変化する球を私は平然と見送ると、判定を聞くまでもない明らかなボール球となった。
別の球を投げるような言い方をして同じ高速スライダーを投げてきた。ただの駆け引きの一つではあるけど、人をおちょくるようなその声色に、私は苛立ちを覚えた。
……いや、その苛立ちさえも相手の思う壺かもしれない。
「どうやって攻めようかな?」
思考を遮るように揺さぶってくる鬼頭の声に、私は耳をシャットダウンした。
四球目、内角への球を私は見送った。
「ストライク!」
真ん中付近から低めへと落ちるスプリット。内角低めいっぱいへと決まった。
ツーボールツーストライク。追い込まれてはいるが、悪いカウントではない。
「振らないと三振しちゃうよ?」
煽るようにそう言われるが、それも無視する。
五球目はタイミングを外すようなゆっくりとした変化球……カーブだ。
ゆったりとした変化についていきながら、私はその球をカットする。フォームを崩されながらも、一塁線を割るファウルだ。
もうわかっていた。鬼頭の言葉を間に受けてはいけないと。『振らないと三振する』と言いながらボール球を要求する可能性はあるし、言葉通りストライクに入れてくるかもしれない。今回は後者だったが、結局どんな言葉も嘘か本当かはわからないのだ。
「もう一球、同じのにしようかな」
そんな呟きも私にはもう通用しなかった。
五球目は外角際どいところへの高速スライダー。六球目は内角高めいっぱいへのストレート。いずれも当てにいき、ファウルで凌いだ。
七球目、高めに浮いたストレートだ。空振りを狙うような釣り球を見極め、ついにフルカウントまでもつれ込んだ。
「打てないんだ。残念」
ファウルで粘らなければこの球が最後の球だ。私は鬼頭の言葉についに言い返した。
「抑えてくれればいいのに」
私がそう呟いてから迎えた八球目。手元が狂ったのかワンバウンドしてミットに届いたスプリットを私は見逃した。
「ボール。フォアボール」
挑発に乗ることも迷うこともなく見送った私に鬼頭は「チッ」と舌打ちをする。私は気付かないフリをして一塁へと歩き出した。
流石に舌打ちが良くなかったのか、鬼頭は審判から「口を慎むように」と注意を受けている。鬼頭は「はぁい」とまるで聞いていないような適当な返事をしていた。
私と流花の対決は、引き分けと言っていいだろう。横から茶々を入れてくる鬼頭がいたから、ちゃんとした勝負と言っていいのかわからない。
決着は次の打席に持ち越された。
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