第108話 再戦と挑戦

「さて、明日の対策だが……」


 伊羽高校対伊賀皇桜学園の試合が終わると、明鈴高校はすぐに学校へと戻った。


 本当であれば準決勝や決勝を見据えて他の試合も見ておきたかったが、それを見ていれば終わるのは夜になり、そこからミーティングをすれば帰宅も遅くなってしまう。


 準々決勝は翌日のため、早めに解散して疲れを取るためにも、とにかく目先の皇桜戦を見据えるためだった。


 そして、学校に戻ってひと段落つくと、ミーティングはすぐに開始された。


「先発の予想としては、一番高いのは竜崎だ。狩野も最後まで残していたから登板の可能性はあるけど、狩野は前回の練習試合で三失点をしてる。逆に竜崎は狩野のピンチを引き継いだ上で失点を許していない。どちらかが来るとは思うけど、俺としては竜崎と予想している。そしてリリーフで狩野と柳生、一番投げなさそうなのは奈良坂だな」


 もちろん、これはあくまでも予想だ。しかし、皇桜の起用法としてはピッチャーを酷使しないことが多い。伊羽戦での最後に狩野が登板したのは緊急登板とも言える状況なので、明鈴戦を見据えて先発として調整していたのであれば、緊急登板ではなく回の初めから登板させるという予想とだった。


 そして、皇桜として苦戦するのは明鈴戦ではなく、その後の準決勝や決勝だろう。二番手である奈良坂や、二年生唯一のピッチャーである狩野を準決勝に当てるとなれば、連投だろうが柳生をリリーフとして起用すると考えていた。


 決勝で柳生をフル回転させるのであれば、準決勝は休養、もしくは短いイニングでの登板と考えられるため、明鈴戦で接戦の場合はロングリリーフも考えられる。


 選手層の厚い皇桜だからこそ、一年生である竜崎を重要な試合である準決勝や決勝で全てを任せるとは思えない。短いイニングでの登板や、ワンポイントリリーフのような起用と考えている。試合を左右する先発や、試合を締め括る抑え、抑えへと繋ぐ中継ぎではなく、あくまでも試合の中盤を無難に凌ぐための中継ぎの登板になるだろう。


 それを考えれば、逆に今後の期待や成長のためにも、先発という重要な立場を勝てる相手であり、実際練習試合で勝っている明鈴戦で当ててくると考えるのが自然だった。


「これはあくまでも予想の範囲だ。もちろん全員の分析をしていくから、竜崎だけに注目することはないように」


 竜崎にだけ意識を奪われれば、先発の予想が合っていたとしても、リリーフとして他のピッチャーが出てくれば打ち崩すことは難しくなる。


 あくまでも、予想と対策をした上で、他のパターンも頭に入れておくためのミーティングだ。


 そして、先発の予想をした後、選手にとっても待ちに待った発表だ。


「対策の方針を立てるためにも、まずはスタメンを発表しようか」


 巧の言葉に選手たちは息を呑む。


 次の試合は大きな意味を持つ試合でもある。


 まず一つ、以前負けた皇桜との対戦ということ。


 次に、その皇桜は強豪と呼ばれ、明鈴は強豪と呼ばれた時代は昔であり、今は弱小や中堅の扱いを受けているため、下剋上に向けた試合となること。


 そして、準決勝へ上がるための試合、つまりベスト4進出に向けた試合となることだ。


「スターティングメンバー、一番は……センター、佐久間由真」


 一番は由真。ここは外せない。前回の皇桜戦からの再加入とはいえ、チームの中心となる人物だ。そして、巧がまだいなかった去年の皇桜との練習試合がきっかけで、夜空と色々とあったということもある。その想い全てを次の試合にぶつけてほしい。


「二番サード、藤峰七海」


 七海はここまで目立った活躍はできていない。しかし、攻撃的な打順となれば、ミート力のある七海を二番に起用することはなんらおかしなことではない。


 一番が出塁しても、三番へと良い形で繋ぐためには強力な二番打者が不可欠だ。


 七海にはその役割を担ってほしいための起用だ。


「三番セカンド、大星夜空」


 この起用は譲れない。


 強豪の選手と比較しても引けを取らない実力であり、三年間チームを支えてきた中心人物でありキャプテンだ。


 そして、初回から確実に打席が回る。それであって四番へと繋ぐ重要な打順だ。


 夜空以外、このチームで任せられる打順ではないと巧は考えている。


「四番ファースト、本田珠姫」


 ここも誰にも譲らない起用だ。


 中峰高校戦では一番の起用だったが、適正打順は四番。敬遠されることを見越して、後続へと有利に繋ぐために一番で起用したが、塁が空いていない限り、皇桜が全打席敬遠策に出るとは考えにくい。


 そして、この大会が始まってからというものの、七打数七安打五本塁打打点十七、三四球だ。打率も出塁率も十割、百パーセントだ。一度もアウトとなっていない、まさに珠姫無双だ。


 今の珠姫は誰にも止められない。止められていない。


 強豪相手ともなれば打てないこともあるだろう。しかし、この明鈴で一番打てるバッターは間違いなく珠姫だ。


「五番レフト、諏訪亜澄」


 亜澄は珠姫に次ぐ、明鈴の長距離砲だ。


 打率は高いわけではないが、その長打力で四番の珠姫が残したランナーを返して欲しいという意図は今までと変わらない。


「六番ピッチャー、瀬川伊澄」


 伊澄は明鈴のエースでありながら、打撃も一年生の中ではトップクラスだ。


 主軸である夜空や珠姫と比べれば劣るものの、どちらかが欠けていれば、二番や三番を任せたい程の実力は持っている。


 少なくとも、今後の明鈴の中心となることに一番期待を寄せる一年生は伊澄だ。


「七番キャッチャー、神崎司」


 司は攻撃後の守備のことを考えてピッチャーの伊澄と打順を近づけたいという理由があった。


 そうでなくとも、大会が始まってから七打数四安打と十分に打てており、フォアボールも選べている。


 上位打線が強いこと、キャッチャーという負担の大きいポジションということも加味しての七番起用だ。


「八番ライト、姉崎陽依」


 陽依は伊澄に次ぐ、一年生の中ではトップクラスの実力だ。県内でも陽依クラスはそう多くない。


 バントもでき、打つことにも期待できるが、なんと言っても複数ポジションを高レベルで守れる守備が特徴的な選手でもある。


 一番へと繋ぐ九番へと繋ぐ八番として期待を込めた起用だった。


「九番ショート、黒瀬白雪」


 ここは中峰高校戦と同様だ。


 バッティングも向上してきたとはいえ、まだ一歩足りない。打てる二番という期待はあるが、まだ巧の理想には追いついていなかった。


 しかし、パワーが足りないとはいえバットコントロールはピカイチだ。司や陽依が出塁すれば、チャンスを作って上位打線へと繋ぐ力を持っているため、上位打線へと繋ぐための九番での起用だ。


「以上が明日の伊賀皇桜学園戦のスタメンだ」


 巧は言い切ったのちに、息を吐き切った。


 大一番でのスタメン起用。結局のところ、最初の背番号発表の時に伝えたベストメンバーで挑むこととなった。


 しかし、控えに置くにはもったいないと思える選手もいる。


 先発の伊澄もそうだが、棗と黒絵は二人とも無失点に抑えている。そもそも棗はリリーフとしての起用が主のため、控えに置いておくのはいいとしても、黒絵は先発とリリーフでの起用もあっての無失点だ。


 しかし、裏を返せば、リリーフ陣が盤石と言えよう。


 そして、光と梨々香もスタメン起用に悩む人材でもあった。


 梨々香に関しては代打の切り札として今まで起用しており、打席数が少ない中でも一打数一安打一犠飛と結果を残している。


 もちろん、打席数が少ないため、偶然という可能性も捨て切れないが、限られた打席数で結果を残すというのはその勝負強さが遺憾無く発揮されたということを示していると巧は考えていた。


 また、控えの中で一番結果を残したと言えるのは光だった。光は二試合に出場して五打数三安打だ。どちらかと言えば、代走としてその足を活かして欲しいと考えており、打撃はいまひとつなところがあったが、そこでも予想以上の成績を残していた。


 しかし、走攻守のバランスの取れている由真、クリーンナップを譲らずに長打力に期待を持てる亜澄、走攻守バランスが取れており様々なポジションを守れる上に守備に関しては一年生の中で一番の信頼を置く陽依、このバランスの取れた外野陣を他のポジションに回すというのは無理があった。


 ショートの白雪に代えて陽依をショートに置き、ライトで光を起用するという選択肢もあったが、パワーが足りないとはいえ、ケーズバッティングができる上にショートの守備においては陽依とも引けを取らない白雪を外すということは勇気のいる選択だ。


 今回は最初に決めたベストメンバーで挑もうと、巧は選択した。


「明日の試合は今までとは比べ物にならない強敵との対戦だ。調子が悪ければすぐに交代も考えている」


 打てなければ交代、エラーすれば交代ではない。打てなくともあと一歩足りない凡打ということもあるし、エラーしてもイレギュラーバウンドや、積極的に攻めた結果のエラーだってある。


 ただ、明らかにタイミングが合わなかったり、本来のバッティングとは程遠いとりあえず当てるだけのバッティングをすれば代えることも考える。エラーも、アウトにできるところで安全策を取ってセーフにするようなエラーにならないエラーもそうだ。


「スタメンを外れた選手も、出番があると思っていてくれ。スタメンも、調子次第では誰でも代えるつもりだ。……夜空でも、珠姫でも、由真でも」


 巧は三年生の三人を挙げた。


 由真に限っては休ませるためにも途中交代はあったが、三年生であることや実力面において、まず交代するはずのない三人だ。


 しかし、その三人を例に挙げたということは、文字通り巧は『誰でも交代する可能性がある』という意思表示だった。


「次の準々決勝に勝って、準決勝に進む。そのために、全員で明日の試合、絶対勝つぞ」


 スタメンメンバーにプレッシャーをかけ、それでいて控えにもチャンスを与えながらもプレッシャーをかける。


 これが正しいのかどうかはわからない。


 それでも、伊賀皇桜学園との試合に勝つため、全員で勝利をもぎ取る、そのつもりで巧は言葉を放った。

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