第53話 復帰とスタメン

 六月十二日。明鈴高校女子野球部は皇桜学園のグラウンドに来ていた。


 強豪校に相応しいグラウンド、地方球場とも遜色がないほど広大なグラウンドだ。


 そして雲一つもない快晴、まさに野球日和といったところだ。


 そんな青空に夜空の声が響き渡った。


「巧くん、一体どういうこと?」


 明鈴高校女子野球部は巧や美雪先生も入れて十八人。ただ、この場には十九人いる。


「新入部員だよ、俺が勧誘した」


「いや、入部してないんだけど」


 その一人には巧が声をかけてこの場に来てもらった。ただ、入部が確定しているわけではないため、その本人に突っ込まれる。


「夜空は嫌なんだ?」


「嫌って言うかさ、なんていうか……」


 夜空は巧にしか聞こえないような小さい声で「顔合わせづらいし……」と呟く。現に一度も目を合わそうとしていない。


「とりあえず、その格好で来てくれたってことは、試合には出てくれるってことで良いですよね? ……由真さん」


 由真はユニフォームを来てこの場にやってきた。それはもちろん所属しているクラブチームではなく、明鈴高校女子野球部のユニフォームだ。


「みんながいいなら」


「……だ、そうだ。いいよね?」


 巧の言葉に誰も反論はしない。そもそも一、二年生は面談の際、珠姫には下校の際に由真について話をしたところ、特に反対する意見はなかった。むしろ関わりのあった二年生には好印象だったのだ。


 それがわかっていたからこの試合で由真に声をかけた。夜空にもこの試合とは言っていないが、面談ではっきりと『戻ってきて欲しい』という言葉を夜空の口から聞いている。


「じゃあ、スタメンの発表するぞ」


 長々と話している時間はない。皇桜学園側はすでにアップを始めているため、こちらもそろそろ始めないといけない。


「一番センター、佐久間由真さん」


「え、私?」


 いきなり呼ばれた由真は困惑している。現状としては仮入部状態で復帰したばかりの由真を一番センターで抜擢したので当然と言えば当然だ。ただ、もちろん理由はある。


「クラブチームでどれだけ実力を付けているかは知らないですけど、去年の時点では足もあって、そこそこ打てるって言う話は聞いてます。それに、俺としても実力を見ておきたいので」


 珠姫からは外野を中心に内野まで守れるオールマイティな選手だと聞いている。一年生時点ではその差は大きいが、夜空に次いで二番目に実力があった選手だとも珠姫は言っていた。


 そして、二年生からも光と同等か少なくとも夜空と遜色のないほどの走力があるという話も聞いていた。少なくともある程度打てて盗塁を狙えるという一番打者の理想系としては夜空、伊澄、陽依を除けば由真が一番の適任だと考えた。


「まあ、そういうことなら……」


 由真はいきなり一番打者という点が気になっているのだろうが、打席を多く回して実力を見たいというのは本音だ。もちろん他の選手の方が実力があると感じれば交代もするが、現時点で巧の中では不確定要素ではあるので、様子を見たいのだ。


 了承を得られたところで次へと進む。


「二番サード、藤峰七海」


「はい!」


「三番セカンド、大星夜空」


「はーい」


「四番ファースト、本田珠姫」


「え? は、はい!」


 珠姫は困惑している。試合に出たいと言っていたためスタメンに入れたが、四番というのは予想していなかったのだろう。


「……一番慣れ親しんだ打順だと思うから。打順とか関係なく自分の思った通りのスイングをしてくれればいいから」


「うん、わかった」


 プレッシャーを感じる打順とはなるが、一番座ることの多かった打順だ。下位打線になれば回る打席も少なくなるかもしれない。できるだけ多く打席を回して、復帰の糸口を見つけられればと考えている。


「じゃあ次、五番レフト、諏訪亜澄」


「はい!」


「六番ピッチャー、瀬川伊澄」


「はい!」


 伊澄は打順としては上位に回したいところだが、相手が強豪ということもあってピッチングに集中してもらいたいという考えだ。かと言って下位打線で起用するにはもったいたい能力ということと、下位打線は下位打線で考えていることがある。


「七番ライト、姉崎陽依」


「はいはーい」


「はいは一回な」


「……はい」


「八番ショート、黒瀬白雪」


「……はい!」


「九番キャッチャー、神崎司」


「はい!」


 これで九人全員が出揃った。由真や珠姫をスタメンに加えたことでポジションにはやや変更があった。その上、打順もかなり変えている。


 七海は五番までに返しきれなかったランナーを返すために六番に据えることが多かったが、今回は二番だ。伊澄を六番に、陽依を七番に置いているためランナーを返すということに置いては問題ないだろう。ホームランはあまり狙えないものの、バッティング技術があるため攻撃的な二番というところだ。


 白雪はいつもは二番で起用することも多かったが、当たりも出ていないため八番だ。司はもう少し上位で使いたいところだが、伊澄や陽依がいるということと、出塁した状態で一番に繋ぐために思い切って九番での起用だ。


 そしてもう一つ理由がある。


「じゃあみんなアップ行って。陽依と白雪と司は少しだけ話がある」


 巧の一声で呼ばれた三人以外の全員が動き始める。内緒話というわけでもないが、早いうちにアップを始めたいことと、三人に意識して欲しいだけの話だったため、三人を残した。


 三人以外がその場を離れた後、巧は話を始めた。


「三人は下位打線だけど、仮想上位打線と考えて欲しい」


「えっと、どういうこと?」


 巧の言葉に司が疑問を投げかける。陽依は納得した表情を浮かべたが、他の二人に説明するため巧は言葉を続けた。


「陽依が一番、白雪が二番、司が三番だと考えてバッティングをして欲しい。もちろんその時の状況にもよるが、攻撃が陽依から始まった場合、自分が上位打線だと思った打撃をしてくれればいい」


「七、八、九番の役割じゃなくて一、二、三の役割の打撃をせえっちゅうこと?」


「そういうこと。もちろん状況に応じてだし、攻撃が伊澄から始まったら二、三、四番のつもりで打つことも考えて欲しいけどな」


 結局のところ、打順通りではない打撃を意識するということには変わりない。八番九番は打撃よりも守備力重視で起用する場合も多いが、下位打線だから守備に集中というわけではなく、良い状況で上位に回す打撃を巧は求めていた。


「黒絵と瑞歩はポジションの関係もあるから出せなかったけど、二年後には今の一年生が主軸になるんだ。今は夜空とか亜澄、七海がいるけど、今後のことを考えた打撃を意識して試合に臨んで欲しい」


 伊澄や黒絵は起用次第で、あとはまだ見ぬ来年再来年の新入生次第だが、陽依、白雪、司、瑞歩にはチームの中心になってもらいたいのだ。まだ一年生で実力も伸び盛りだが、今後のことを意識してくれればと考えている。


「うちらはカントクに期待されとるっていうことでええか?」


 陽依はニヤッと笑いながらそう言う。それに対して巧も悪い顔をしながら答えた。


「ああ、なんなら夜空たちから打順を奪うつもりでな」


 陽依は「よっしゃ、やったるでー!」と言い、白雪は緊張した面持ちだ。それを見て司は呆れているといった様子だ。


 あえてプレッシャーや発破をかけることでやる気にさせる。うまくいくかどうかはわからないが、今後のことも考えた本音でもあった。




 話を終えたところで三人もアップに向かった。そのため、この場には巧と美雪先生しか残っていない。


「……ちょっとやり過ぎたかもしれないですね」


「ううん、巧くんは頑張ったと思うよ」


 弱音を吐く巧に、美雪先生は優しい言葉をかける。あまりにも自分勝手な行動に、自分でも嫌気が差していた。


「由真さんと夜空の気持ちも分かった気になって、珠姫もプレッシャーがかかる四番に置いたし、陽依や白雪、司にも無駄にプレッシャーを与えてしまったかもしれないです」


 陽依、白雪、司に関しては今後のことも考えた上で自分の考えを伝えた。結果が良ければそれで良いが、悪ければ無駄にプレッシャーを与えた巧の愚策だ。


 美雪先生にも相談していたが、由真の加入と即スタメン、そして打てていないイップスの珠姫を四番に据えている。もしダメなら全部自分が悪い。


「由真ちゃんも夜空ちゃんもさ、素直になれないところがあるから、去年のことに関わっていない第三者が行動を起こしてくれないと多分進展もないまま終わってたよ。珠姫ちゃんだって今日がダメならずっと同じだと思うよ」


 美雪先生は「去年のことは見てきたから」と付け足す。由真と夜空の仲違いのきっかけは去年の皇桜との練習試合だ。その皇桜と試合をすると伝えたら、由真はすんなりと今日の試合に来てくれた。


「それに三人のこともさ、巧くん、みんなのこと大好きだからでしょ?」


「え、な、なんのことですか?」


「期待して、このチームが好きだから無理かもしれないことを言ってるんでしょ?」


 このチームが好き、というのはその通りかもしれない。野球から離れてつまらなく始まった学校生活も一週間で急転した。強引とはいえ、野球に関われて楽しいと感じているのは紛れもない事実だった。


「それに由真ちゃんと夜空ちゃん、あと珠姫ちゃんのことだってそうだけどさ、分かっていた上で誰も何もしなかったんだよ。二年もあったのに。私だってそう」


 美雪先生は悔やんでいるようだ。明らかに問題となっている部分を見て見ぬフリをし、結果的に監督となった巧が尻拭いをしている。


「本当なら今の二、三年生と、顧問である私が解決しないといけないことだったのに、巧くんにばっかり負担かけてごめんね」


 そうやって謝る美雪先生に、巧は罪悪感を覚えた。実際そのままでいても問題はなかった。ただ、それでも後悔なく、気持ちよく野球をするという自分自身のために巧は部をかき乱し、憎まれ役となったのだ。


「ほら、あれ見てよ」


 美雪先生に促されて、巧はアップしている選手たちの方に目を向ける。


 そこでは夜空と由真が口論をしており、そこに珠姫が割って止めているという状況だ。しかし、夜空も由真も、苛立っている様子はなく、どこかホッとしている表情だ。


「巧くんは私に相談してくれたけどさ、話は聞いてたから私が色々すればよかったんだよ。でもできなかった。怖気付いていたんだよ。それを私の代わりに巧くんがやってくれた」


 自分の行動が正しいのかは巧にはわからない。しかし、美雪先生はその行動を肯定してくれている。


「ありがとうね」


 美雪先生のその一言に、巧は嬉しさがこみ上げてくる。


 横暴で自分勝手な監督にはなりたくない。望んだ経緯ではなくても、望んだ結果になればまだ良い。そして全員が納得がいく結果になって欲しい。


 後悔はさせない。それだけを考え、巧は選手たちの様子を見つめていた。

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