夏大会直前編【一年生】

第49話 テストと進路

 合宿が終わった後の一週間後、練習試合が行われた。


 レベルとしては同じくらいの中堅校で、前年度の夏の大会は三回戦まで進んでいる相手だ。対して明鈴は二回戦敗退、その相手にどこまでやれるか不安はあったが、それは杞憂に終わった。


 二試合を行って四対二、五対一と相手を圧倒した。


 投手陣は一試合目が黒絵で五回を投げて被安打七ながらも十奪三振、二失点と、やはり球速に加えて不完全とはいえチェンジアップを習得したことでストレートの威力が上がっていた。


 二試合目には伊澄が登板し、五回を投げて被安打三、四奪三振、一失点と安定していた。


 二人とも五回まで投げるというのを伝えていたが、黒絵は五回を全力で投げ切ること、伊澄は完投するつもりで余力を残したまま五回を投げることを試合前に指示していた。


 棗は本職ピッチャーなのでリリーフとして起用することには問題ないのだが、本職が野手で守備の中心となる夜空や陽依は出来るだけ野手で使いたいという気持ちがあるため伊澄には完投を想定したピッチングを指示していた。


 黒絵はある程度のイニングを継投前提として投げることを目標とした。これはまだ経験の浅い黒絵は、完投よりもある程度先発として責務を果たすイニングを投げながら高クオリティを保つためにと思っての指示だった。


 そして、両試合の六回には棗、一試合目の七回には陽依、二試合目には夜空とリリーフを繋ぎ、三人とも無失点だ。


 棗は本格的にリリーフに起用し始めたのが合宿後のため、まだまだ先発の時のように長いイニングを投げるために七、八割の力で投げてしまう癖が抜けていないが、全力投球が増えた分被打率が減った。一年生が入るまでは本職ピッチャーは棗だけだったために、一人でほぼ完投を強いられていたことが原因だろう。


 打撃陣も好調だ。夜空、伊澄、陽依はやはり打てており、それに加えて七海や司も打撃が一段とレベルアップしているため、どこからでも出塁を狙える。それに加えて白雪にも当たりが出つつあるため、ここが繋がれば大量得点も見込めるだろう。


 その結果、大量得点とはいかなかったが、二試合で九得点と上々の出来だ。


 ただ、悩みは多い。


「さて、どうするかなぁ……」


 放課後、巧はノートに向かってレギュラー決めで頭を抱えていた。ポジションが被らない選手や、ポジションが被っていてもハッキリと差が出ていればレギュラー決めには悩まない。しかし、甲乙つけがたい差であったり、各々持っている長所や短所もあるため、誰を使っていくかは難しい問題だった。


「巧くん、勉強は大丈夫なの?」


 隣の席に座っている司がため息をついている。放課後に残って勉強するために、司は巧の隣の席を借りている状況だ。


 そして今は五月中旬。練習試合が行われた週明けからテスト期間に入り、翌週には一学期の中間テストが行われる。そのために放課後にわざわざ勉強をしているが、巧は教科書を開けずに、部員の能力を把握するために作った野球部用のノートを開いていた。


「勉強かぁ……。多分赤点は取らないと思う」


 義務教育だった中学校とは違い、高校には少なからず留年という可能性がある。直前に焦らないように勉強自体は日頃からそこそこしていたため、だいたい平均点くらいは取れるだろうと予想している。


「赤点って……。別に同じ学年だから点数低かろうが問題ないけどさ、示しがつかないし煽られるよ、絶対」


 煽られる。そう聞いて陽依と伊澄の顔が頭をよぎった。伊澄はまだ無表情のまま馬鹿にしてくる程度だと想像がつくが、陽依の場合全力で笑ってくるだろう。想像するだけでも腹が立った。


「しゃーない。勉強するか」


 巧は野球部用のノートを片付け、英語の教科書を開いた。数学や理科のように理系科目は得意だが、国語、社会、英語のような文系科目は苦手だ。


 それに、高校からは教科が細分化されているため、一言に国語と言っても現代文、古典というように中学生の頃は一教科だったものが二教科になっているため、勉強量が増えたのが嫌なところでもある。


「司は文系? 理系?」


 わからないところがあれば教えてもらおうという魂胆と、純粋に疑問に思ったため尋ねた。それに、二年生になれば文系と理系を選択して授業内容が変わるため、今後のことを考えると大切な質問だ。


「うーん、理系科目が得意だし、就職にも有利な場合があるから理系のつもりだけど、一応文系も選択肢には入れてる。巧くんは?」


「俺も理系。むしろ理系しか勝たん」


 司と違って就職などを考えて理系というわけではない。ただ得意科目が理系というだけだ。


「司はプロとか考えてないのか?」


「うーん……なりたいとは思うよ。でも実力も実績もないし、目指した上で選択肢は多い方がいいしね」


 堅実な考えだ。ただ、どこか消極的なようにも見える。


 確かに伊澄や光陵の琥珀、水色の明日香のようにプロが注目する選手であれば積極的に考えていいのかもしれないが、簡単になろうと思ってなれるものではない。


 それに、プロに入ったからと言って活躍が出来るのも一握りだ。それにプロ野球選手の平均選手寿命は約三十歳、年数としても十年くらいのものだ。それも活躍する一握りの選手が二十年近く現役生活を送っているためで、早ければ高卒一年で解雇なんてこともある。


 平均のサラリーマンよりも高い収入を得ることができるとはいえ、年数は短く、その後の仕事や収入も保証されているものではない。プロスポーツ選手はある意味諸刃の剣の進路とも言える。


「巧くんは進路どう考えてるの? まだ一年の春だから考えるのも早いかもだけどさ」


「まだ未定かな」


 元々プロになるつもりだったので、それ以外の進路は今まで考えてもなかった。もちろん大学にも行くつもりはなかった。テストに関しても、中学の頃も平均点以上は取ろうと努力していたし、高校でもそのつもりだ。ただ、進学にしても就職にしても、これから考えていく問題だ。


 この状況でプロは難しい。それでも野球に関連する仕事もしたいと考えてはいる。そして合宿を経て、神代先生のような指導者としての道の可能性も考えてはいた。


 ただ、やはりすぐには答えは出せない問題でもあった。


「てか、他の一年はどうなんだ?」


 伊澄、陽依、白雪、黒絵、瑞歩の進路についても巧は気になった。本人から聞いた方がいい話かもしれないが、知っているのであれば聞いてみたいという興味がある。


「あんまりそういう話はしてないかなぁ? いや、プロになりたいよねーって言ってはいるけど、どこまで本気かはわからないし、気になるなら今度聞いてみたら?」


 プロになりたい。スポーツをやっている人であれば多くの人が考えているだろう。ただ、それも人それぞれで、ただ野球を部活として楽しみたい人もいれば、なれたらいいやって思う程度の人もいる。本気でなりたいと思う人もいるだろう。


 それも踏まえて一度話してみてもいいかもしれない。


「よし、今度面談するか」


 一年生だけでなく、二、三年生もどういった志で野球をしているのかというのを知っておいてもいいかもしれない。そう思った。


「テスト明けに全員聞いてみるよ。起用法とかどういう選手になりたいかとかさ。司もまた他の進路とか抜きにプロになりたいかとか考えといてよ」


「……うん、考えてみる」


 野球部の話はこれで終わり、二人は黙々と中間テストに向けて勉強を再開した。

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