第50話 選手とマネージャー

 一学期の定期考査、中間テストも終わり、部活動が再開した。


 テストが終わったのは週末。週明けの月曜日からテストの返却が始まり、水曜日の今日には粗方テストは返却されていた。テスト結果はそこそこで、国社英は平均前後から下の方、理数は平均より上という結果だ。


 そして部活。テスト期間中は各自体を動かす程度の練習は行っていたが、部活単位での練習は禁止されていたため、テスト終了後の土曜日から再開していた。


 土曜日に部員全員の面談を行うという話をし、水曜日の今日にその面談をしていた。


 面談を行うに当たって、空き教室を利用している。これは各選手とゆっくりと話すために美雪先生に使用許可を取ってもらった。そして、土曜日に面談を行うことを伝えてから考える時間と使用許可の関係で面談が水曜日にずれ込んだ。


 順番は一年生からランダムで行っており、二年生までの面談は終えた。二年生最後の亜澄を終え、次の珠姫が来るまで巧はのんびりと待っていた。


「珠姫がある意味一番の問題児だよなぁ……」


 選手兼マネージャーという微妙な立ち位置。そして合宿中に復調の兆しを見せたとはいえ、テスト期間前の試合でもまるで当たりがなかった。守備固めとしての起用はアリだが、打てない選手を打席に立たせ、それが負けに結びついた場合は最悪の結果となるため、起用が難しい。打てないとなれば最悪公式戦での出場はないだろう。


 様々な思考にふけっていると、ドアをノックする音が聞こえた。


「どうぞ」


 ドアが音を立てて開き、珠姫が入ってくる。


「なんか面接みたいだねぇ」


 確かに普段に比べてかしこまった雰囲気ではある。各個人の考えを参考にしたいだけなので、この面談で何か変わるわけではない。ただ一対一でゆっくり話をしたいだけだ。


「そういうわけじゃないんだけどなぁ……。まあ、とりあえず座って」


 巧は苦笑いしながら目の前の席に珠姫を促し、珠姫はそこに座る。


 面談内容は、

・どういう起用を希望するか

・自分の長所と短所を理解しているか

・今後の進路……特にプロを目指しているか

 という点だ。それに加えて何点かその場で聞いていることもある。


「じゃあ、まず珠姫は選手兼マネージャーについてどう思ってるかとか、その辺りの話から始めようかな」


 最初に伝えてあったことではないところから話はスタートする。珠姫に関してはまずこの話から始めなくてはいけないと思ったからだ。


「どう思ってるかって言うとどういうこと? 不満があるかないかっていう話だったらないけど……」


「いや、それもあるけど、今の状況で選手として起用されることにプレッシャーを感じてないかとかそういう方面かな」


 精神的な問題で打てないことはしょうがない。ただ、それでも打力に期待されている選手が打てないとなれば相当なプレッシャーとストレスを感じるだろう。嫌というならば無理に出す必要もないし、出たいと言うならそれに応える起用をしていきたい。


「……どうだろう。私が出ることでチームの迷惑になるなら出なくてもいいかもしれないかな」


 えらく弱気は発言だ。しかし、やはり自分のせいでチームが負けるとなるとそれが一番ストレスになるということだろう。


「チームとかそういうのを考えなければ選手としてやっていきたい?」


 巧の質問にしばし珠姫は沈黙する。自分自身がどうしたいか、それが一番大切なことだ。


「……出たいかな。やっぱり選手としての自分が諦めきれないよ」


 その答えが欲しかった。巧も代打や守備交代で珠姫を出すこともある。しかし、それが正しいことなのかわからなかった。


「わかった。希望に添えるように考えてみるよ」


 結果的に『どういう起用を希望するか』というところは解決している。そしてもう一つ、珠姫に確認しなければならないことがあった。


「……実は、練習試合の話があるんだけどさ」


「え? そうなの? どこどこ?」


 練習試合の話をもらったのはテスト期間中。美雪先生に話はされていたが、テストに集中できない人も多くなると思い話していなかった。


 そして、練習試合の条件としていくつか指定をされたため、まだ伊澄にしか話はしていない。……そして、珠姫は条件とは関係ないが、先に話をするべきと考え、この話を出した。


「皇王学園だよ」


 皇王学園は元々珠姫が進学予定だった学校だ。複雑な気持ちもあるだろうと考えていた。


「あー、なるほどね……」


 言いたいことはわかったという様子だ。


「去年も試合してるし、別にそんなに気にしないんだけどなぁ……」


 希望の学校に進学できなかったからその学校と試合はしたくないなんていうわがままは通らない。もし各部員が落ちた学校とは試合をしないとなれば試合できる相手も狭まる。


 ただ、珠姫の精神的な問題がさらに悪化してしまえば、それは明鈴高校にとって試合で得られる経験以上にマイナス要素が付随してくる。


 それだけは避けたかった。しかし、珠姫は良いと言っている。


「珠姫が気にしないならいいんだ。ただ、問題は『去年も試合した』っていうこともあるんだよ」


「……なるほどね」


 去年も試合をしている。確か夏前の今と同じくらいの時期だろう。


 そして、佐久間由真が退部したのも、ちょうどその頃だった。


 試合自体が直接的に関係しているわけではない。しかし、キッカケではあった。


「夜空と由真さんが衝突して、由真さんが退部したきっかけ。この試合をするのが善なのか、悪なのか……」


 乗り越えなければいけない問題だ。しかし、夏の大会の前に傷口を広げる結果ともなり得る。


 受けたい試合だが、二つ返事で受けていいものではないと考えていた。


「夜空ちゃんって結構メンタル弱いからね……私が言えることじゃないけど」


 珠姫は自虐気味に笑う。


「でも、試合しないと夜空ちゃんが弱いままだし、成長もできないと思うよ」


 珠姫の言う通りだ。今後のことも考えるのであれば、試合は受けるべきだ。元よりそのつもりではあったが、珠姫の言葉で自分の考えは間違っていないと思えた。


「とりあえず、条件あるから一応夜空にも確認しないとなぁ……」


 皇王側の条件として、伊澄の先発と一定の投球回もしくは球数を投げさせるというもの。あとは夜空がフル出場というものだった。


「うんうん、それでいいと思うよ。……それでさ、一つわがまま言っていいかな?」


「聞けることなら聞く」


「とりあえず聞くだけって? まあいいや。……できればその試合に出たいな、なんて」


「別にいいぞ」


 巧は珠姫のわがままに即答する。むしろ願ったり叶ったりだと思っている。


 試合に出ることで珠姫のイップスが良くなるかもしれない。もちろん悪くなる可能性もあるが、時間が解決する問題でもないため、夏の大会までにどうにかしようと思うとやはり試合数に出てきっかけを掴むしかないと巧は考えている。


 珠姫は、巧が即答したことに驚いたという表情だ。


「出来る限りのサポートはする。でも自分の殻を破るのは珠姫自身だ。……そして、結果がどうであっても悔いが残らないようにしよう」


 監督として言えば珠姫の復活を願っている。ただ、巧個人としても願っているが、復活できなくとも納得のいく形で夏の大会を終わらせたいと思っている。


「ありがとう」


 珠姫が微笑む。それに目が合わせられず、視線を背けた。


「じゃあ、次の話! 自分の長所と短所と、あとはプロになりたいかどうか」


「照れちゃって、かわいー。……長所は打力で短所は打てないことかな。あと守備は正直、ファーストなら誰にも負けないよ」


 珠姫はハッキリと言い切った。短所のせいで長所が活きていない。そして守備に関しては誰にも負けないという確固たる自身だ。


「よくわかってるな」


 自分の長所と短所は意外と自分自身ではわからないことは多い。珠姫に限っては打てないというのは自分自身が一番理解していると思うが。


 ただ、守備に関してはしっかりと自己分析できているとは思っていなかった。打てなくて自信がない分、自分を過小評価していると思ったからだ。


「プロとかはね、わからないかな。現時点ではなりたいとかなりたくないとかじゃなくて、打てないからなれないし。打てるようになって、しかもブランクがあって、それでもなれるチャンスがあるならなりたいよ」


 最後の言葉、『チャンスがあるならなりたい』これが一番の本音だろう。


 珠姫に関しては自分のことがよくわかっている。これ以上は何も言うことはない。


「よし。じゃあ珠姫の面談はこれで終わりだから、次は夜空呼んできて」


「あ、これだけでいいんだ」


 拍子抜けといった感じだ。


「だってこんなところで二人きりとか、何かされるんじゃないかなぁって」


「何かってなんだよ」


 珠姫はニヤニヤとしながら巧を見ている。


「えっちなこととか?」


「しないよ」


 司といい、珠姫といい、一体どんな印象を持っているんだろうか。そこについて問いただしたい気分だ。


「まあ、巧はしないよねぇ。どうせ監督と選手だから贔屓しないように恋愛感情とか持たないとか決めてるんでしょ?」


 図星だ。贔屓とかは抜きにしても、三年間は野球に集中したいという理由もあるが。


「巧くんなら別にいいけどね」


「えっ?」


 最後に不穏なことを言うだけ言って、珠姫は教室から出ていった。……モヤモヤする。


「一体なんなんだよ……」


 少し変な意識をしてしまったが、巧は選手の話をまとめていたノートの方に意識を向ける。


「珠姫もプロになりたい、か」


 現時点でプロになりたいと思っているのが、珠姫を始め、伊澄、陽依の三人だけだ。


 なれるならなりたいと言うのが、司、白雪、黒絵、七海、亜澄、鈴里、煌の七人。そして実力がつけばなりたいと考えるのが光、棗、梨々香の三人。そして、現時点では考えていないが、三年生になってから実力があればなりたいというのが瑞歩だけ。


 瑞歩自身は消極的な理由というわけではなく、野球が好きだからこそプロという仕事で野球をすることを考えていないという理由らしい。


 どちらかといえば消極的なのが光、棗、梨々香だ。学生で終わりか、続けても趣味で草野球程度という感じらしい。


「まあ、そんなもんだよな」


 プロを目指すのであれば強豪校に進学する。珠姫のように理由があったり、伊澄や陽依のように野球がしやすい環境を求めて、あえて強豪校を避けることもある。


 やはり中堅校となれば皆が皆、プロを目指すというわけではない。


 ただ、各々進路についてはしっかり考えている。


「一番考えてないのは俺だよなぁ……」


 二年生は一年間高校生活を送ったことである程度進路を考えているだろう。しかし、同じ学年の一年生もしっかりと将来を見据えていた。


 若干の焦りと不安を抱きながら、巧は夜空の到着を待っていた。


 

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