第48話 目標とこれから
最終日となる合宿六日目は、前日の試合を元に練習を行った。
ピッチャー陣は連投をさせないために投球練習はなかったが、バッティングと守備に分けてそれぞれの欠点を補う練習だった。
金属音が響く。
「ボールファースト!」
巧は主に内野の守備練習に加わっていた。ノックはまだまだなので、佐伯先生が打ち、それのボール渡しなどの補助だ。
「次、内野前進でボールバック!」
「はい!」
佐伯先生の声に全員が返事をする。捕れるか捕れないか微妙な位置を狙うため、受ける選手たちもしんどそうだ。
それでも内野陣を見ていると、この合宿で得られた成果は大きいことが感じられる。
巧は練習を見ながら選手の状態を確認していた。
まずは夜空、伊澄、陽依と元々ある程度力があった選手は大きな変化は感じられなかった。
ただ、夜空も同じセカンドである鈴里に負けないように守備面でも圧倒的な実力を見せつけている。バッティングもやはり高水準を保っており、何番を打たせても文句なしだ。
伊澄と陽依はハードなトレーニングを積んだことで基礎体力が向上したように思える。それに伴って変化球のキレも以前より安定して高いレベルを保っている。
高校野球はまだ一年目、試合経験を積むことによってレベルの高い選手に揉まれて、元々ある程度適応できたが、更に適応できるようになった言ったところだ。
七海や司は元々センスのあったバッティングに技術が向上したと言えるだろう。ただただ打つだけでなく、フェアゾーンに落とすという技術だ。
白雪は主に守備力の向上だ。これは夜空、鈴里と二遊間を組む相手がどちらも高レベルの守備力の持ち主だからという理由が大きそうだ。その二人についていこうとすれば、自然と守備力がつくのはうなずける。バッティングに関してはパワーが足りないため、そこが課題だろう。
黒絵はこの合宿で一段と成長したように感じられた。元々ほぼ独学で野球をしていたにも関わらず、あれだけの球速を持っているためセンスは感じていた。ただ、合宿やそれ以前のトレーニングで筋力や体幹がついたため、それに伴って身体のバランスが良くなり、コントロールがついた。まだまだ荒れ球ではあるが、多少でもコースを投げ分けることができれば球速がある分大きな武器となる。
他のメンバーは全体的に能力が上がったというところだろうか。
棗は体力があるが、今までは先発が主だったために短いイニングでの投球というものに慣れていない。伊澄や黒絵のように先発をこなせる投手がいるため、思い切ってリリーフに転向させてみるのも面白そうだ。
鈴里と煌の守備は文句なしだ。合宿中でスイングが鋭くなったように感じるため、そこは大きな進歩ではあるが、まだ打力がついたと言えるほどではない。ただ、鈴里に関しては夜空にも引けを取らない守備があり、煌と守備力は外野でナンバーワンと言える。外野層は薄いため、レギュラーで積極的に考えてもいいだろう。
梨々香はムラがあるとはいえ、打力で言えば亜澄よりもミート力がある。その上パワーも申し分ない。外野の守備も無難にこなせるため、打撃のムラがなくなればどんな場面でも任せられるような選手となるだろう。
亜澄と瑞歩はある程度の守備力がついたと思える。二人の真骨頂は打撃のため、その辺りは心配していないが、やはり打撃に期待できる選手の守備力が向上したことは大きい。
光は守備力の向上があった。元々足が早く守備範囲は広かったため、これは大きな進歩だ。打力がもう少しあれば一番打者での起用ができるのだが、そこが惜しいところでもある。
そして、なんと言っても珠姫にヒットが出たことがこの合宿での一番の成果だろう。
目を瞑って打つという荒技は一度しか成功しなかったが、その際にはスイングのブレがない。やはりボールを見ると打てないため、それは致命的な問題ではあるが、少し希望の光が見えたと考えてもいいだろう。
昨日の試合や最終日の練習を見ながら分析した結果、選手のある程度の能力は把握できた。
監督となってからまだ一ヶ月も経っていない。……そもそも高校に入学したのが約一ヶ月前だが。
積極的に練習中やそれ以外でもコミュニケーションを取っていたため親密にはなっているが、試合自体はまだ最初の一回きりだ。
練習の中である程度の能力は把握していたが、もっと詳細に把握できたのは、この合宿中に見ていく中でというのが大きかった。
「ラスト!」
三塁側から順に行ったノックのラストはファーストの珠姫だ。微妙なバウンドの打球も、合わせながら難なく処理し、ホームに送球した。
守備の安定感でいけば、やはり珠姫だが、打てないことを考えれば亜澄だ。ポジション被りも少なくないため、徐々に近づくレギュラー決めも悩むところだ。
「よし、休憩!」
合宿最終日も終わりが近づいている。そしてこの最終日の練習も、こういった練習だけで終わるだろう。
ただただ、白球を追い続け、そのうちに時間は過ぎ去っていった。
「はい、みなさん六日間お疲れ様でした」
神代先生が前に立ち、それを囲むように円陣を組んでいる。
「この合宿で私が感じたことを言わせてもらうと、良い選手が揃ってる、今はまだまだでも伸び代を感じる選手は多かったです」
元々実力のある選手も揃っている。水色学園の鈴鹿明日香や光陵高校の立花琥珀がそうだ。それに完全に無名な鳳凰寺院学園の白夜楓、三好夜狐も良い選手だった。神代先生の言う通り、巧もこの合宿に良い選手が多く、非常に実りのある合宿となったと感じていた。
「甲子園で会えるように、合宿が終わってからも、各校練習に励んでください」
合宿はこれで終わる。非常に良い刺激となったが、七月までは連休がないため大規模な合宿は行えないだろう。
春となって新チームが発足したばかり。しかし、この合宿が夏の大会までの最初で最後の合宿となった。
さて、これからどうすればいいか。
高校野球は経験していない。それも指導者側も初めてだ。これからどのようにしてチームを強くしていくのか、手探りながらしていくしかなかった。
全体での練習も終わり、各校とも帰り支度を始める。明鈴高校の部員たちは出ている野球道具を片付けていた。
「なあ、巧」
何かしようかと動き出そうとする巧は神代先生に呼び止められる。
「なんですか?」
神代先生はただの雑談といった感じで話を続ける。
「黒絵、あいつはいいな。もし半年でも前に知ってたらスカウトしてたよ」
黒絵のことは巧も評価している。なんせ、数打席中の一打席とはいえ、三振を奪われたこともあるのだ。しかし、神代先生が評価しているのは少し驚いた。
「あの体格、あの球速、順当にいけば明鈴には伊澄と黒絵で二本の柱が立つぞ」
まだまだ実力は伊澄には程遠い。それでも神代先生の慧眼が正しければ、それだけの実力を秘めているということだ。
「育て方さえ間違わなければ先発でも抑えでも、中継ぎだってできそうだし、もったいないことはするなよ」
「……もちろんそのつもりです」
黒絵だけではない。他の選手も全て疎かにするつもりはない。全員がプロレベル……なんてことは無理に等しいが、それでも三年間練習を積んだ結果、その能力の最大値まで伸ばせるように巧も努力しようと考えている。
「まあ、色々悩むことはあると思うから、また何かあれば連絡してきていいから」
「ありがとうございます」
指導経験が浅い巧にとってはありがたい話だ。まだ二十六歳と若い神代先生だが、それでも指導者としての経験は十年近くあり経験が豊富だ。
この合宿で巧にとっての大きな収穫は、神代先生や佐伯先生のように経験が豊富な指導者と巡り合えたことだろう。
「一つ聞きたいんですけど、他校の俺になんでそこまでしてくれるんですか?」
これは純粋な疑問だった。甲子園まで行けば当たる可能性のある学校同士だ。もちろんそこまで到達するにはまず県内で一番になるという関門が待ち構えているが、もし甲子園で当たれば自分で強化したチームに自分のチームが負けるなんて可能性だってある。
「私は女子野球を盛り上げたいんだよ」
年々、女子野球は盛り上がりつつあり、プロでも二十年ほど前から徐々に球団が増え、近年では女子プロ野球は十二球団にまでなっている。ただ、それでも男子野球の方が人気が高く、アメリカのメジャーリーグとまではいかないが、現在では二十四球団と更に盛り上がりつつある。
「それに明鈴や水色、もちろん鳳凰も強くなって、その中で一緒に合宿すればさらに自分たちも強くなるってメリットがあるしさ。自分のチームが強くなればもちろん嬉しいけど、関わったチームが強くなればそれも私にとっては嬉しいことなんだよ」
自分と神代先生の考え方の違いを巧は思い知らされる。自分たちが強くなればいいと考えていたが、それだけでは自分たちの強さにも限界が訪れる。
互いに研鑽しあい、互いを高めることによって相乗効果も生まれるのだ。
「まあ、女子野球を盛り上げたいのは私の願望だから、巧はそこまで考えなくてもいいよ。巧たちが強くなれば私にとっても良いことだからしてるだけ。まずは自分たちが強くなることだけを考えな」
この人の強さはこういうところにあるのだろう。改めて巧は神代先生のすごさが分かった気がする。それと同時に、琥珀が優先されているとわかった上でもこの人についていこうと思う光陵高校の選手たちも気持ちもわかった。
自分のためにも、神代先生のためにも強くなりたい。
甲子園に行くために、何をすればいいのか、これからどうしていけばいいのかはわからない。ただ、巧は一人じゃなかった。
「じゃあ、次は甲子園を決めて会おう」
各校のキャプテンが集まり、合宿最後に話をする。
明鈴高校の大星夜空、水色学園の天野晴、光陵高校の柳瀬実里、鳳凰寺院学園は白夜楓と集まっている。
「まあ、うちらはそもそも野球部が戻らんとなんともなりませんから、新監督の就任と野球部の復活から始めます」
楓たち鳳凰寺院学園はそもそも夏の大会に出られるかが怪しい。指導者不在で部活休止状態が続いているため、まずはそこからが課題だ。
「私たちも、去年はマークされなかったから勝てたところもあるし、今年も甲子園の切符を掴めるように挑戦者のつもりで挑むよ」
この中で一番甲子園に近いのが光陵だ。選手層の薄かった前年でも甲子園に行っている。それを考えると更に選手層が厚くなり挑む今年もかなり期待できるだろう。
「水色学園は鳳凰と同じくらい激戦区だからなぁ……。まあ、そこを勝ち進んでこその甲子園だよね」
水色学園は愛知県、鳳凰寺院学園は京都府と人口が多い。東京や大阪ほどではないとはいえ、かなりの激戦区だ。三重県の明鈴高校と徳島の光陵高校の方がまだ参加校が少ないため、可能性は高いだろう。
ただ、激戦区だろうがどうだろうが、毎年一校が甲子園の舞台に立つ。どの都道府県でもその舞台に立つにふさわしい学校が進んでいるのだ。もちろんどの地区でも一筋縄ではいかない。
「甲子園決めて、また合宿で」
夜空がそう言うと、神代先生が横槍を入れる。
「二校以上が甲子園決まったら合宿は出れない学校だけだよ? 甲子園前に手の内晒すのはダメでしょ」
冷静に突っ込まれ、夜空は「えー」と悲しそうな表情をする。まあ、当たり前だ。
「一校だけならするけどね。だから逆に夏の合宿がないことを祈るよ」
つまり、全校とも甲子園に出場できるように、という意味だ。合宿が行われないということは、それはそれで良いことなのだ。
「……とにかく、次会うときは甲子園ってことで、お互い頑張ろう」
夜空が取り仕切り、無事合宿が終了を迎えた。
ライバル関係が築けた者たち、仲良くなってお互いアドバイスをし合うものたち、この強化合宿は様々な意味を持つものとなった。
夏の大会に向けて、お互いが一歩ずつ進み始めた。
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