第43話 三年生と二年生⑦ 最終回と威圧感

 最終回、七回表は攻撃としては悪くなかった。


 一番の夜空から始まる打順、夜空のヒットで勢いに乗るかというところ。しかし、二番の夏海がゲッツーに倒れてしまい、せっかく乗りかけていた勢いも止まってしまう。


 三番の晴がヒットを放ち、最終回二度目のチャンスとなるかというところで四番の実里は凡退に倒れ、攻撃終了。


 二本のヒットを放った三年生チームだったが、結果的には四人で攻撃を終えることとなってしまった。


 こればっかりは仕方ない。ミスでアウトになったならまだしも、全力のプレーでの結果であれば責める理由もない。……もっとも、ミスをしたところで責めるつもりもないが。


 そして、どうやってこの結果を今後に活かしていくのかは難しい問題であり、それに関しては各監督が指導していくところだ。アドバイスでも求められたら巧はそれに応じるが、指導経験の浅い巧には大したことは言えないだろう。


 終わった攻撃をとやかく言っても仕方がない。次の守備に向けて気持ちを切り替える。


 二年生チームの攻撃は、七番に入る土屋護から打席が始まる。


 そして、三年生チームも予定通り守備変更だ。ピッチャーの夜空がセカンド、セカンドの景がライト、ライトの秀がピッチャーだ。


 一年生チームとの試合の先発として二イニングを投げた秀。この最終回の一点差という場面でマウンドに立つ秀は、一年生チームとの試合の際よりも遥かに威圧感を放っていた。


「これは打たれたら俺の責任だな……」


 打たれる気配のない秀のその姿を見て、ぼそっと呟いた。


「打たれたら巧は飯抜きな」


「嫌ですよ。……逆に打たれなかったら神代さんは酒抜きで」


「嫌だね」


 巧の呟きに反応した神代先生とそんなやりとりをする。育ち盛りの男子高校生にとってご飯抜きは拷問と言っても過言ではない。百キロのランニングかご飯抜きかという選択肢があれば悩むくらいだ。


「悪酔いはしないでくださいね」


 最後に「めんどくさいから」と付け加えて巧は捕球姿勢を取る。


 明日は最終日、夕方には解散となるため、全員で晩ご飯を一緒にするのは今日までだ。となれば積もる話もある神代先生はどうせ酒を飲みながら美雪先生や佐伯先生、そして自分に絡んでくるのだろうと巧は考えている。


 投球練習の最後の一球を受け、セカンドに送球する。その送球を夜空はしっかりと受け取り、ピッチャーである秀に返球した。


「よし……。最終回、締まっていくぞ!」


 泣いても笑ってもこの回で最後だ。延長戦はない。人数が少なく、ピッチャーの数も少ない上に全員がフルイニング出場している三年生チームの負担が大きすぎるからだ。


 ただ、三年生は一年間野球を長くしているというある意味のハンデがあるため、引き分けは負けも同然と巧は考えている。野球を始めた時期によって年数は異なるとはいえ、個々の能力は一年前と比べ物にならないだろう。その積んできた一年間の練習を考えるとこの勝負、勝って終わりたいところだ。


 護が打席に入る。降板した五回表以降の二打席目、打たれた分はこのバットで取り返す、といったような威圧感を放っている。それでいて熱くなりすぎずに冷静だ。今現場で一番厄介なバッターかもしれない。


 対する秀も準備万端だ。早く初球の投球に移りたいと言いたげに威圧感を放つ。


 もう初球は決めている。要求した球に秀はうなずくと、投球動作に入る。両腕を振りかぶるワインドアップ、ダイナミックな投球フォームから秀は腕を振り下ろす。


 投球は外角、しかし構えるミットより十数センチ上。護もこの球に応戦する。豪快なバッティングフォームから繰り出させるバットは空を切った。


「ストライク!」


 外角低めのスプリット。見逃せばボール球となるコースのスプリットに、護のバットはボールの数センチ上を通過していた。


「ナイスボール!」


 この初球は大きい。ストライクを取ったというのもそうだが、じっくりと攻める護が積極的にスイングしてきたということは甘い球だと判断したということだ。そしてストレートと大差のない球速。そこから落差で打てないボールゾーンまで到達する。


 甘いコースで誘惑をし、打てないコースへと変化する。強力すぎる武器だ。


 二球目、外角高めへのストレート。要求したコースから外れてボール球となる。


 三球目には内角低めへのカーブだ。体に向かってくるボールに護は避けるものの、途中で軌道を変えたボールはストライクゾーンに入ってくる。


「ストライク!」


 これで追い込んだ。そして四球目、巧は内角低めにミットを構える。またしても、秀から放たれたボールは構えるミットよりも数十センチ上に向かう。


 ボールはワンバウンドし、巧のミットに収まる。護は今度はスイングしなかった。


「ボール」


 見極められた。初球は不意打ちのスプリットだったことと落差に対応できなかったが、落ち始めがやや早いため、意識していれば対応できる可能性も上がる。


 そしておそらく、この場面で空振りを奪いにくると予想して見送った可能性が高い。追い込んでからの落ちるボールはよくある配球でもある。


 五球目、何を投げさせようか。何度かサインのやり取りをし、秀は首を縦に振る。


 秀の指先から放たれたボールは、バッターの護に一直線だ。このままいけば腕をかすめるかどうか、というところで軌道が変わる。すでに打撃体勢から足を踏み込んでいた護もそのボールにバットを合わせてくる。


 鈍い金属音とともに打ち上がった打球は、バックネットフェンスに当たり落下する。


 内角のデッドボールかというようなコースからストライクゾーンに入るスライダー。このボールにも護はしっかりと対応してきた。


 そして六球目。ミットを外角高めに構える。投球はボールゾーンからストライクゾーンに落ちるスプリット。巧の構えるミットよりやや真ん中の球だ。追い込まれている護のバットはもちろん動く。


 軽快な金属音、そして低い弾道とともに打球が反発する。


「ショート!」


 二遊間、セカンドベースのショート寄りへの鋭い打球。


 晴は飛び込む。打球に合わせたタイミングで出したグローブに打球が収まった。


「アウト!」


 際どい打球に対して思いっきり飛び込んだ晴は、その打球をダイレクトキャッチ。ショートライナーとなった。


 打った護は一塁到達前にアウトのコールを聞き、悔しそうにしている。


「ワンナウトー!」


 これでワンアウト。六球だけの対決が長時間あったかのように感じる。


 そして……。


「選手交代」


 二年生チームのベンチ、佐伯先生が動く。


 本来であれば八番の霧島夢乃、九番の水瀬鈴里と続く場面だ。


 一難去ってまた一難。というように、強打者の土屋護を抑えたと思ったが、まだまだ怖いバッターが続く。


 羽津流。


 森本恭子。


 二年生ベンチでは二人の強打者が準備をしていた。

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