第41話 三年生と二年生⑤ 流れと勝負

 三年生チームは一点を追いかける場面。巧のホームランから始まり、夜空のツーベースヒット、夏海のセーフティバントと続いてワンアウトランナー一、三塁で三番の晴を迎えていた。


 ここぞの場面。晴はバッターボックスで威圧感を放っている。対してマウンドに立つ護の威圧感は強豪校のエースそのものだ。


 お互い初球から手を抜く理由はない。初球に針を通すような外角低めのストレートに対し、晴も積極的に振っていく。晴はその外角低めのストレートを捉え、打球はフェンスに直撃し、音を立てて落ちる。しかし、当たったのはファウルゾーン、ヒットとはならない。


 護は序盤とは違い、この大きな当たりにも怯まず二球目は内角高めへのストレートだ。惜しくもボール球となったが、コーナーを突く良いボールだ。


 三球目。内角低めへのカーブだ。まるで全てが三振を奪うかのような全力投球に晴も応じ、こちらもフルスイング。そしてその勝負に水を差すかのように一塁ランナーの夏海は走る。


 晴は空振り、キャッチャーの魁が二塁に送球しようとするところ、三塁ランナーの夜空も動きを見せたため、迂闊に投げれずに夏海は楽々と二塁を盗んだ。


 魁は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。夏海はしてやったりといった顔だ。


 ただ、まだ護と晴の勝負は続く。その勝負もあっさりと決まった。


 四球目のボールゾーンからストライクゾーンへ食い込んでいくシュート。それに上手く対応した晴は、右中間へとボールを運ぶ。


 右中間を転々とする打球の間に二塁ランナーの夏海も生還し、バッターランナーの晴も二塁を陥れた。


「よしっ!」


 二塁上で晴は小さくガッツポーズをする。対してマウンド上の護は意気消沈といったところだ。


 この五回、ようやく二年生チームに追いつき、追い越した。


 三年生の力は偉大だ。いや、それでも、この土屋護という投手がどれだけの好投手かがハッキリとした。中堅校とはいえ、最上級生。そして中には夜空のように全国でもトップレベルの選手がいる。晴も強豪校にいてもおかしくない実力の持ち主だ。そして控えとはいえ甲子園にまで行った光陵の実里までもがいる。そんな実力者が揃った面々を五回途中まで圧倒するピッチングを続けていた。


 そして今もなお、一瞬落ち込んだとはいえマウンド上から『殺してやる』とでも言いたげな殺気にも似た威圧感を放っている。


 神代先生は琥珀をエースと言っている。それでも巧は、この合宿中で『最恐の投手』はこの土屋護だと感じていた。


 次の打者は四番の実里だ。智佳がバッターボックスに入ろうとする時、二年生チームのベンチが動いた。


「選手交代」


 佐伯先生は主審である神代先生に交代を告げると、バックネット裏でスコアを取る美雪先生、そしてこちらのベンチまでやってきたから交代箇所を告げる。


 ピッチャーの護がファースト、ファーストの亜澄がサード、サードの七海に代わって水色学園の村中亜里沙がピッチャーに入るという交代と入れ替えだ。


 亜里沙の投球練習を眺める感じ、タイプとしては黒絵や護、あとは秀と似ている速球派の投手ということはわかる。最も、護や秀に関しては速球派でもストレート主体や変化球主体のピッチングと自在に操れることができるので本格派といったところだろう。伊澄や陽依のように変化球主体は技巧派や軟投派に位置する。


 つまるところ、亜里沙の持ち球はわからないがストレートの球速だけで言えば護と同等かそれ以下といったところだろうか。


 それでもポジションの関係上、おそらく水色学園でもエースの秀に次ぐ二番手ピッチャーの立ち位置だろうから侮れない。


 投球練習が終わり実里が打席に入る。そして初球、内角低めのボールゾーンからストライクゾーンへと変化するスライダーを実里はいきなり捉えた。


 打球はセンター正面。ワンバウンド、ツーバウンドと転がるが、センターの川元一は反応が早く、すぐに処理したためセカンドランナーの晴は三塁ストップだ。


「お、おぉ……。ナイスバッティング!」


 巧はやや困惑しながら声を出す。それもそうだ、粘って仕留めるバッティングが身に染み込んでいる光陵高校の実里が初球から積極性に打っていったのだ。決して甘い球というわけでもない。


 それでもよく考えればその意図がわかった。流れを変えようとピッチャーを交代した初球だ、流れは変えさせないという意思表示だろう。そしてその作戦は見事成功した。


 実里も塁上で嬉しそうにしている。打力はある実里がこの試合二打席で三振とフォアボールとまともに打っていなかった。悶々とした気持ちを払う打席となっただろう。


 そして次も三年生チームの打線は怖いバッターが続く。仲村智佳だ。亜里沙と同じチームで主軸を張っている彼女であれば期待できるが、それと同時に智佳のバッティングも亜里沙は長く見ている。この練習の醍醐味とも言える対決だ。


 初球から亜里沙は果敢に攻めるピッチングを見せる。


 初球は内角高めのストレート、二球目は動く球、おそらくツーシームかシュートを外角高めと打たれれば怖いコースだが、智佳はいずれも見逃し、ストライク、ボールと一球ずつ散っている。


 そして三球目も外角高めへボールゾーンに逃げるスライダー。そこに手を出した智佳は微妙な当たりのファウルゾーンへのゴロだ。


 三球で追い込まれた。しかし、智佳はこれだけで終わることはない。四球目の内角低めのストレートを思いっきり引っ張ってレフトへの大きなファウル、五球目は外角低めへ外れたスライダーを見逃してボールとなり、ツーボールツーストライクとボールカウントを一つ増やした。


 この試合が練習試合だと到底思えない全力勝負だ。


 六球目、内角高めへのストレート……いや、手元で変化したツーシームかシュートだ。智佳のバットはそれを捉えた。しかし、打球はホーム手前で大きくワンバウンドする。そして三塁ランナーの晴はホームに突っ込む。


「……ファースト!」


 キャッチャーの魁は少し考える間があったが、ホームは間に合わないと判断して冷静にファーストへの送球を促した。


「アウト!」


 亜里沙と智佳の勝負は亜里沙の勝利、平凡なピッチャーゴロとなる。しかし、三年生チームは晴が生還し、さらに一点を追加した。その間にファーストランナーの実里はセカンドに進んでいる。


 これで四対二と、三年生チームが逆に二点リードする形となった。ツーアウトながら、なおもランナー二塁。三年生チームのチャンスは続いている。


 そして六番の平河秀。水色学園のピッチャー同士の対決だ。


 その初球、内角高めのストレートに秀も応戦する。バックネットへのファウル。ストライクが一つ点った。


 二球目、外角低めへのスライダー。これにも秀はバットを出し、一塁線へのファウル。二球目であっさりと追い込まれた。


 三球目、四球目と亜里沙はコーナーを攻めるボールで勝負する。それに秀も応えるかのように振っていく。どちらもファウル、当たりは悪くないものの、いまいちフェアゾーンに落とせない。


 力で押し切ろうとする亜里沙、そして力で押し返そうとする秀、どちらも互角といったところだろうか。


 六球目、外角低めへのストレートを秀は追っつけて打つ。打球は一二塁間、捕れるか際どいところだ。


「セカンド!」


 この当たり、ファーストはベースカバー、となるとセカンドが処理をしなければならない。そしてセカンドは鈴里。その鈴里の一歩目、まるで瞬間移動したかのように大きな一歩目を踏み出した。


 そして打球処理でも飛び込まない。飛び込めば多少余裕はできるが、送球が難しい。それを踏まえてギリギリまで引き付けて体の横、むしろ後ろくらいでスライディングしながら捕球する。そこから打球の勢いを利用して一回転して送球した。


「アウト!」


 鈴里のファインプレーに二年生チームは盛り上がる。元々守備に定評があった鈴里だが、この合宿でさらにその守備に磨きをかけてきた。


「夜空ならあの打球どうする?」


 巧は隣にいた夜空に尋ねる。総合力は夜空、守備力は鈴里というイメージがあるが、夜空は高水準で全てに秀でている。守備力に関しても同等に近い能力を持っていた。


「私は普通に飛び込むかな。そっちの方が得意だし、送球も自信あるから。……それに消極的なことを言うとあんな体勢で捕球して捕りこぼしたらエラーになるから、ちょっと怖いかな」


 言い方的にできなくはないがしないというところだろう。


 確かに飛び込んでグローブに当たらずに抜ければヒットとなるが、先程の鈴里の体勢であれば、捕りこぼせばおそらくグローブか体に当たり、エラーと記録される可能性の方が高い。


 そして夜空は送球に自信があるため飛び込んで送球する選択肢だが、飛び込んだ状態からの送球は不安定だ。鈴里は送球のしやすさを考えてこの体勢で捕球したということだろう。


「すげぇな……」


 巧は思わずため息と称賛を零す。


 三年生チームの攻撃は二点リードで終わった。並のセカンドであればまだチャンスは継続していただろう。しかし、それは鈴里が食い止めた。


 試合も終盤。このリードを守り切り、勝利を掴むためにはこの二年生たちをどうにかしなければならない。

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