第40話 三年生と二年生④ 罠と意表
二年生チームの二点リードで迎えた二回裏から、試合はお互い投手戦となった。
三年生チームの攻撃である三回表には巧はヒットを放ち、四回表には実里のフォアボールで出塁したが、それ以外はアウトカウントが積み重なるだけとなった。一打席目ではヒットを放った珠姫も、流石に投球を見ずにバッティングをするという荒技には無理があり、二打席目は凡退となった。
対して二年生チームは四回裏に五番に入っている佐野明菜がフォアボールで出塁したくらいで、他は凡打に終わっていた。
そして五回表、三年生チームの攻撃は八番の景の打席から始まる。二年生チームは守備の変更を行い、五番ライトの明菜に変え、ショートに馬場美鶴が入る。そしてショートの鈴里がセカンド、セカンドの明石雪穂がライトに入った。
景の初球、二球目とコースギリギリのボールに対して反応はするものの、空振り、ファウルと二球で追い込まれてしまう。
「打てるところだけ狙っていきましょう」
巧はネクストバッターズサークルから声をかける。かれこれ二点差のまま五回まで来ているため、そろそろなんとかしたいところだ。
変なボール球に手を出すよりも、際どい球はカットして打てるところだけ打っていけばいい。ただ、打てるところになかなか投げてはくれない。
三球目の内角高めの際どいコースは見逃してボールとなったものの、四球目の外角低めの際どいコースはギリギリいっぱいに決まり、見逃し三振となった。
そして次の打者は巧だ。
三年生チームは攻撃のテンポが上手く作れていない。巧はまず自分がその攻撃の起点となるためのバッティングをしようと考える。
狙ってみるか……。
巧は狙い球を絞り打席に入る。
初球、外角高めの際どいストレートは見逃す。
「ストライク!」
もう五イニング目となるのに力が落ちない良いボールだ。いや、二回にピンチを凌いだ時よりはやや落ちているだろう。ただそれはピンチに陥った際に力を発揮するために余力を残しているように見える。
二球目。内角低めのシュートも巧は見逃した。
「ボール」
際どい判定だった。ただ、ボール一個分くらい外れていただろうか。早々に追い込まれずに巧は安堵する。
三球目。内角高めへの入れてくるストレートにタイミングが合わずに見逃してしまい、ここで追い込まれてしまった。
「割と打ちごろ……だったかな」
コントロール重視でやや球威がなかったストレートは狙い目だったかもしれない。しかし、狙い球とは違い、今までのストレートと違ったためタイミングが合わなかったことと無駄に警戒したことでバットが出なかった。
四球目も内角高めだが、ボールが指に引っかかったようで体に向かってくるやや危険なボールとなる。巧はそれを咄嗟に躱し、尻餅をつく。
「ごめんね。大丈夫?」
キャッチャーの魁が声をかける。巧は「大丈夫ですよ」と言いながらピッチャーに向き直ると、護も帽子を取って謝罪をしてきたため、手で『大丈夫』と合図を送る。
まだお尻や背中の骨でない部分であれば痛いだけで済むが、肘や膝の関節や骨に当たったら骨折の危険性もある。エルボーガードやフットガードのように足と肘を保護するプロテクターは着けているが、避けるに越したことはない。実際今の投球は肘に当たりそうというのもあって大袈裟に避けただけだ。
巧は切り替えて五球目と対峙する。その五球目は外角、かなり外れたコースだ。
これを待っていた。
ここで巧のバットは初めて動いた。外角の外れたボールは緩い球、そしてストライクゾーン目掛けて変化していく。
そしてこのボールゾーンからストライクゾーンに食い込むようなボールに、巧は逆らわずに左方向に弾き返した。
ゆらりと脱力したバッティングフォーム。そこからバットがボールに当たるインパクトの瞬間、その一瞬にのみ溜めていた力を放つ。
打球はレフト上方への大飛球。巧は打った瞬間に確信し、走らなかった。一塁に向かって歩き出すと、レフト側フェンスの上方に直撃する。打球は音を立てて落下してきた。
「はぁ……」
キャッチャーの魁から漏れたため息が聞こえる。マウンド上の護も、打球を見つめて脱力していた。
ホームランだ。巧は一塁、二塁、三塁、ホームとダイヤモンドを一周する。ゼロが並んでいたスコアボードに、やっと1の数字が入った。
「ナイスバッティング」
次の打者でバッターボックス前で待ち構えていた夜空が巧のヘルメットのツバを叩く。そのせいでヘルメットがズレて前が見えない。
「俺は一応数合わせなんだから、後は自分らで決めてくれよ」
「任せなさいっ!」
すでに終わっている二打席とも凡退に終わっている夜空がそう言っても本来は説得力はないものだが、流石に三打席目ともなると夜空なら対応しそうなものだと思わされる。
そして三球目、有言実行と言わんばかりに内角低めの難しいストレートを右中間に弾き返し、ツーベースヒットを放った。
連打を浴びた護は流石に意気消沈しているかと思いきや、その目は闘志で漲っている。
「手強いなぁ……」
ただ、三年生チームもこの回で逆転してやる。そう言った気迫を感じる。
面白い戦いになりそうだ。
そして次の打者は二番の峰夏海だ。この状況で巧は特にサインを出す必要もない。自分の好きなようにバッティングすれば良い。そう思い『自由に打て』とサインを出した。
初球。外角の際どいコースに夏海は思いっきり振っていく。気合いが空回りしたような空振りだ。巧は思わず心の中で「おいおい……」とツッコミを入れた。
勢いに乗っている場面だが、大きな当たりを打つ必要はない。ワンアウトランナー二塁のここで単純に凡退してしまうと二年生チームの方が勢いに乗る可能性だってある。
しかし、二球目はしっかりと見る。低めにワンバウンドしたカーブには流石に手を出さない。ワンボールワンストライクとなったが、初球の空振りが気がかりだった。
巧が内心冷や汗をかきながら迎えた三球目。護が投球動作からボールを放した瞬間、夏海は予想していなかった行動に移る。
夏海はバットを真横に持ち、キャッチャーミットに吸い込まれようとするボールを阻む。三塁線に転がすセーフティバントだ。
初球の強振もあって身構えていた守備陣の意表を突いたバント。それにはサードを守る七海は動けない。そもそも二塁ランナーがいるのだ、サードに入らなくてはならない。
投球を終えた護がその打球を処理しに行くが、転がる打球はキッチリと三塁線のラインギリギリ、処理した頃にはバッターランナーの夏海も一塁に到達している。
「ナイスバント!」
巧はベンチから声をかける。初球の大振りはバントがないと思わせるものだった。そしてこの試合は勝ち負けよりも個々の技術を磨くもの、合宿の成果を発揮させるもの、様々な意味を持つ試合だが、それ故にバントは少なかった。
しかしバントをしてはいけないわけではない。それも合宿で学んだ成果の一つだからだ。
この緊迫した場面でバッティングを意識している守備陣に、どこからでも攻撃を仕掛けるぞという意思表示でもある。どこまで考えていたかはわからないが、これで一層守備陣にも緊張が走る。
そして迎えるのは水色学園のキャプテンにして主軸。守備の要でもあるショートを守る天野晴の打席だ。
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