第2話 『俺』の選択

 中二病のポエムだって、もっとましなことが書いている――メンヘラ女の病み垢かよ……。


 その日記を読んだ俺の感想はそんな感じだ。


 あるいは太宰かぶれの勘違いオイタ人間の妄想日記といったところだ。


 表情からは全く読み取れなかったが、どうやらうちのご主人はなかなかの方らしい。

 と、馬鹿にするのは容易だが、やはり家での滞在時間――あるいは睡眠時間だけに注目しても、冗談では済まない部分はある。


 こんなの書いている暇があったら寝ろとも思うが、書き起こすという行為はストレス発散に、大きな効果があるとは聞く。脳の整理にもなるとか。

 だが、こんな脳内ならば整理しないほうがましなのではないか。


 直近数か月は読んだが、段々と限界が近くなってきている過程が現れている気がする。

 このままでは、どこかで急にその細い糸が切れてしまうだろう。


 このご主人を助けることが、俺のここに来た意味なのだろうか……。

 助けるというのはどういうことなのか……。


 しばらくするとご主人が帰ってきた。

 今日も微動だにしない表情で、一言も声を発することなく、俺の世話を終え、ノートを記入し、床に入っていった。

 日中も眠ってばかりいるが、しかしご主人の少ない休息の邪魔をしてはいけないと、俺もベッドで大人しくしていた。

 じっとしていれば、なんだかんだ睡魔はやってきて、俺もしばらくすれば眠っていた。


 気づかなければ、聞こえなければ、知らなければ――そう思う機会は多くある。しかし、優秀な聴覚を持つ俺は、その声が聞こえてしまった。

 開けっ放しになった扉から、光が漏れている。

 ご主人は、便器の前にうずくまり、顔を近づけている。時折発せられる「うぇっ」というの声の後、水っぽいものがびちゃびちゃと落下する音――。

 加えて聞こえる「ひぐっ」という嗚咽に、ひどくいたたまれない気持ちになる。

 十分程そんな状態が続いた後、ご主人は顔を洗い、うがいをして、何事もなかったかのように、布団へと戻ってきた。


 俺は日記を読んでから、ずっと考えていたことを行動に移すことを決意した。

 俺がここにいる意味――犬として存在している意味。

 そしてご主人の願い。

 俺はご主人の喉元に、自らの鋭い牙を突き刺した。

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