47.チームカラーをお選びください
渇いた匂いと日差しの合間に男たちの怒号が響き渡り、その場に立っているだけでビリビリと肌が震えるようなそんな空気に圧倒される。
目を見開いた私の前で、両サイドから突進してきた兵がぶつかり合った。そのまま彼らは殴りあいの乱闘を始め、あっという間に辺りは熱気に包まれる。
あまりの気迫にヘタりこみそうになるのを踏ん張りつつ、私はかき消されそうになる騒音の中なんとか声を張り上げた。
「なにこれ、戦争!?」
「模擬戦だ、武器なし・殴り合いのみ可。敵陣営の旗を先に取った方の勝ち。負けたら筋トレDコース五セット追加」
横で腕を組んだラスプが平然と答える。なるほど陣取り合戦ってことね。
ここは村から少し離れたところにある草原。自警団に志願してくれた彼らは農作業の無い空き時間を使ってここで鍛錬しているそうだ。
「うおぁぁぁぁああああ!!!」
「だらああああああ!!!」
「もらったあああ!」
「てめェら! 地獄のDコースは何としても回避するぞ!!」
「応ッッ!!」
ガラ悪ぅ……確かに、これは知らない人から見たら本気で戦争やってると思われても仕方ない迫力だ。人やゴブリンやスライムやらが入り乱れてすさまじいことになっている。っていうかこれほどまでに回避したがる【地獄のDコース】っていったい……。
他にはどんなメニューをやってるのか聞こうと私は横に居る警備隊長さんの方に顔を向ける。と、彼はすぅっと息を吸い込んだ。
「? ラス――」
「全員、止め!!! 注目!!!!」
まるで大砲のような怒号に、それまで乱闘をしていた兵たちがピタッと動きを止めこちらにピシッと向きなおる。
よし。と、頷いたラスプは腰に手を当てながらこちらに振り返った。
「どうだ? 号令一つで動きの統率は取れるよう訓練して……おい、どうした」
驚きのあまり腰が抜けたこちらの首根っこを掴んで、隊長は私を強制的に立たせる。だ、だだだって、びっくりして、音で脳みそひっぱたかれたような、そんな感覚、いぎ、あが
まだ耳の奥がキーンとなりながらも何とか立つ。再び陣取り合戦を始めた自警団を見つめながら、私は総評を下した。
「お、おぅけい、このたんきかんで、じゅうぶんだと、おもいまふ」
「……大丈夫か? 舌回ってねぇぞ」
「うぁー、あ、あ、あー」
何度か声を出し、いつもどおりの声が出ることを確認。よし
ぶるっと頭を振ってから、私はこの合戦を見て思いついた事を提案してみた。
「誤解を避けるためにみんなでお揃いの物をつけるってどう?」
「おそろい?」
片眉を跳ね上げて怪訝な顔をするラスプに、私は自分の腕や額に布を巻くようなジェスチャーをしてみせる。
「そう、たとえば余ってる布をみんなで着けて「僕たちはみんな同じ軍の物です、喧嘩してるわけじゃありません」ってアピールするの。村の女の人たちに言ったら用意してもらえるんじゃない?」
「けどよ、バンダナ着けてるヤツなんて珍しくもないぞ。ほらアイツも、そっちも」
彼の言う通り、いまだ衝突を続けている人たちの中にはすでに着用している者も少なくない。
ここで口の端をつり上げてみせた私は、指を二本ピッと突き立てて続けた。
「だからね、二つ色を組み合わせて自警団のシンボルカラーを作ろう。さすがに二色の組み合わせで偶然かぶるっていうのはなかなか無いでしょ?」
本当はおそろいの制服でもあれば良いんだけど、とりあえずは間に合わせでね。
その後、村の女の人たちに事情を伝えると快く引き受けてくれた。手に入れやすい白×必要数を揃えられそうな色の布を用意してくれるとの事だ。
「これで誤解される心配は少なくなったと思うよ」
「相変わらずおもしろい事考えるよな、これも元いた世界の知識か?」
試作の白と緑色の布を手に取りながらラスプがそう尋ねる。私は白と青を組み合わせながら頷いた。あ、この組み合わせ爽やかでいいんじゃない? 悪いことしなさそう。
「運動会って言う、身体能力をチームで競うイベントがあってね、仲間を見分けやすくするために同じ色のハチマキを着けるの。そこからヒントを得た感じかな」
「ウンドウカイ? 面白そうだな、今度訓練に取り入れてみるか」
魔族が入り乱れたらすごい運動会になりそうだなぁ、と苦笑しながら、ここでの用件は済んだのでライムの関所まで送ってもらう。
「コイツを送ってくるから、戻るまでに決着つけておけ」
「了解しました! あの隊長、お戻りになられましたら、自分見て頂きたい型があるのですが……」
「あぁ戻ったらな。後は頼んだぞ」
「はいっ」
軽く手をあげて歩き出した彼に、私はニヤつきながら話しかけた。
「なかなかサマになってるじゃないですかぁ~隊長さん」
「うるせぇ変な顔すんな。……アイツらは善意で集まってきてくれたんだ。預かった以上は責任持って見るべきだろ」
うん、やっぱり自警団の隊長はラスプに任せて正解だった。
途中畑を見張ってるわーむ君に手を振りながら歩いていると、村人たちの顔つきが何となく明るくなっているように感じる。少なくともライムのおねだり襲撃事件の時のような悲愴さはない。まっくらで前も後ろも見えなかった足元に、少しだけ道が見えて来たような感覚なんだろう。
「村を出ていった若いヤツらも、戻って来てくれればいいんだけどな」
「それはまだまだ時間が掛かるよ、でもそうなってくれたら嬉しいよね」
全員が故郷を捨ててまで出て行きたかった訳ではないはずだ。
(帰る場所、か)
私のふるさとは、もちろん日本の住み慣れたあの我が家だ。それは間違いない。
だけどいつか向こうに帰った時、この世界も恋しいと思うようになるんだろうか? このお城と、土地と、みんなの事を。
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