48.あなたは私が使ってあげる
「でもよ、多少マシになったとは言え、あの人数でメルスランドの軍に対抗するのは難しくないか」
ふいに話し掛けてきたラスプの声で現実に引き戻される。少し先を歩いていた私は振り向いて後ろ歩きを始めた。
「かなうわけないじゃない。まさか真っ向からぶつかり合う気でいたの?」
「戦闘は避けられないだろ?」
……まさかこの人、今回の作戦の主旨をまったく理解してないんじゃ。
痛む頭をおさえつつ、私は疑問符を飛ばしっぱなしの顔をしているラスプに説明を始めた。
「自警団は今、全部で何人?」
「六十八」
「対するメルスランドの兵は三万。まぁ地方にもバラけてるらしいから、実際にすぐ動かせるとなると半分らしいんだけど、多く見積もって二万くらいだと仮定する」
「二万対、六十八……」
押し寄せてくる軍隊を想像したのか、ラスプは絶望に打ちひしがれる顔つきをする。それを見て私は苦笑を浮かべた。
「どう見ても弱い者いじめの構図でしょ? そこが狙い目なの。そのために号外を出して国民の同情をこちらに向けている。あなたたちの姿絵を載せたのもイメージ作戦」
そこまで来てようやく今回の作戦の要に気づいたのか、その紅い瞳が軽く見開かれる。
立ち止まったこちらに合わせて彼も足を止めた。向かい合う形になった私たちの間に、畑からの豊かな土の匂いを含んだ風が流れる。
「理解した? 私たちは『とっても善良でかよわい民』のポジションに収まるのよ」
もちろんこれが一か八かの作戦だっていうのはよく分かってる。もしかしたら同情なんて少しも得られなくてこれ幸いと侵攻してくるかもしれない。
でもこれが一番生き残れる可能性が高いのだ。メルスランドの国民に優しい心と、上位者の優越感と、ほんのちょっぴりの下心があることに私は賭ける。
「これが私の戦い方。血なんか一滴も流さなくても国は造れるんだって、このハーツイーズで証明してやるんだから」
血気盛んな狼男は、しばらく何か言いたそうな顔をしていたのだけど、しばらくして盛大な溜息をついた。髪の毛を乱暴にかき乱しながら低い声を出す。
「戦わずにへりくだるってのはどうにも性に合わねぇんだけどな……心理戦だとかそういうのはオレにはよくわからん」
「大丈夫、ラスプは難しいこと考えずに体を動かしてくれるだけで良いよ。考えるのはこっちの仕事」
一歩寄って、すっと人差し指を彼の顎に添える。少しだけ持ち上げた私は軽く微笑んでみせた。
「あなたは私が使ってあげる」
豆鉄砲でも食らったような顔をするラスプに吹き出しそうになりながらも、一歩下がる。
「最大限、その能力が発揮できるよう努力するわ。ついてきてくれる?」
返事を待たずにくるりと反転して歩き出す。すぐに後ろからついてくる気配を感じた。
「……お前、今すさまじく男前だったぞ」
「へへ、そう? 照れるなぁ~」
***
そんなやりとりをしている内に、気づけば目的地までついていた。まだ訓練を見なきゃとのことでラスプはとんぼ返りで帰っていく。
私は出来上がったと聞いている関所の裏側から入ってみた。って何で誰も居ないわけ?
不審に思いながらも表側に回ると、跳ね橋を上げ切って、垂直の壁になっているところで作業をしているはずのスライム達がぴょこんぴょこんと跳ねていた。
「あやしい奴め!」
「ここは通さないぞ!」
「ライム様から言われてるんだい、どっちにしろこのレバーを引かなきゃこっちには来れないんだよーっだ」
「どうしたの?」
そこで初めて私が来ていることに気が付いたんだろう、彼らはそろってにゅ!と縦に長く伸びた。
「魔王様!」
「魔王様だ!」
「いつのまに?」
「ようこそ関所へ! おもてなししなきゃ!」
「あぁ良いよ良いよ、それより橋の向こうに誰か来てるの?」
聞けば修復したばかりの橋を渡って誰かが来ているらしい。慌てて跳ね橋を上げたんだけど、どうしようか迷っていると。
そこまで言われて気にならないわけもなく、私はそーっと跳ね上げた橋の陰から桟橋を覗いてみる。すると大きなリュックを背負って立ち尽くす赤紫色をした髪の男性が居た。彼は目ざとく私を見つけたらしく、朗らかに片手をあげて挨拶して見せた。
「お、やっと話のできそうな子ダ。こんにちワ~、おじょーサーン」
あ、怪しい……。それが彼に対する第一印象だった。
ずるずるに引きずった黒いローブはあちこちツギハギだらけ。リュックから滴り落ちている謎の緑の液体が、彼が歩いてきた跡を点々と付けてはじゅわわと蒸発している。
それより何より、長い前髪が目を完全に覆い隠していて視線がまったく合わないのだ。にやにやしてる口元に、小刻みにぴょこぴょこと縦揺れする動作が妙に高い身長と相まって完全なる不審者。
「お引き取りください」
「あぁァ、なんデ!?」
「何ですかあなた、何者ですか!?」
ササッと物陰に引っ込んで、スライムたちに絶対に入れちゃダメとジェスチャーする。何なのよ、あの怪しさが服着て歩いてるようなキャラ設定は!?
まさか飛んできたりはしないだろうかと戦々恐々していると、ちょっとだけ泣き出しそうな声が跳ね橋の向こうから聞こえてきた。
「僕、ギョーショーニン、ダヨー。いろいろ欲しいんジャないかと思っテ、やってきたんだヨー」
…………行商人?
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