45.束の間の休息とご褒美?

「平気だよ、ちょっと立ちくらみがしただけ」


 ですが、と困ったように笑う執事は、頬に触れながら諭すように優しく続けた。


「あなた様という要が居なければ、この国は一気に崩れ去ってしまう危険性があるのです。どうかご無理はなさらぬよう」

「……そうだよね、王様が倒れてたらお話にならないもんね」


 同じように笑いながらそう返すと、きゅっと眉を寄せたルカは急に真剣な顔をしてこちらを覗き込んできた。両手で顔を優しく包むように少し上を向かされて視線を合わせられる。


「そうではありません、それももちろん大事ですが、私は主様が苦しむ姿を見たくないのです」

「えっ……」


 ドクン、と鼓動が跳ねる。え、と、それは、つまり


 すり、と擦られる指先が優しい。いつくしむように、まるで壊れ物を扱うかのような触れ方に、平熱だったはずの体感温度が上がっていくのを感じる。


 青くて綺麗な瞳、冬の空のように高く透き通った色。スッと通った鼻筋。一文字に引き締められた口元、が目に入って


「わ、わかってるよ! もう私一人の身体じゃないって事だもんね! へいきへいき、しっかり休める時に休むからさ!」


 雰囲気に呑まれてしまいそうになる寸前で、パッとルカの手から抜け出して大きな声で言う。あ、危なかった、って何がだろ。うん?


 ここで視線を感じて振り向くと、なぜか疑心暗鬼に染まった目をこちらに向けたラスプが入り口で立ち尽くしていた。彼はそのまま壁をドン!と叩いて嘆くように吼える。


「……オレはもう騙されないぞ!!!」

「え、なにが?」


 何があったと聞く前に、その後ろからグリとライムもやってくる。彼らは全身よれっと疲れ果てていた。


 ムリもない、日中のそれぞれの作業に加え、ちょっとでも空き時間があると人間領まですっ飛んで行き『良い魔族大作戦』をしてもらったのだから。幹部たちはここ十日間、ほとんど寝ずに動き回ってくれた。いくら魔族がタフとは言え、かなり堪えたようで死にそうな顔をしている。


「みんなお疲れ様、手首ちゃんがお茶いれてくれたから飲みながら休憩しよう」

「休みを……休みをくれぇぇ……」


 ゾンビのように足を引きずりながらラスプがソファに突っ伏す。その隣に倒れ込むようにしてライムも行き倒れ状態になる。グリに至っては立ったまま寝ているというありさまだ。


「あー、とりあえず号外も無事発行できたことだし、今日からはちゃんと休めるから」


 手首ちゃんがそれぞれの肩や頬をぺシペシと叩くと、みなハッとしたように意識を取り戻した。一人涼しい顔して紅茶を飲んでいるルカに向かってラスプが恨めしそうな目を向ける。


「なんでお前だけそんな余裕なんだよ……サボってたとかだったらぶっ飛ばすぞ」

「ご心配なく、主様に言われたノルマはきちんとこなしましたよ。私は効率重視ですから最低限の労力で最大限の結果を引き出したまでです。頭を使うか体を使うかの違いでしょう」

「ケッ」


 毒づく狼を横に、なんだかやけにフワフワとした笑みを浮かべるライムが左右に揺れながら報告をしてくれる。大丈夫?


「ボクたちのほうもねーぇ、なんとかー、かたちになった。よ」

「本当? 関所になったのね?」


 とろんとした瞳でエヘヘと笑う姿はいつにも増して天使さフルスロットルなのだけど、焦点の合わない眼差しでとつぜん両手を掲げだした。


「夢の国がね、ボクの夢の国でね、とーっても楽しくてね、アハハ」

「よく頑張った! よく頑張ったから今日は休もう、ね!?」


 慌てて駆け寄って肩を掴むと、そのままライムは私に寄りかかってクゥクゥと可愛らしい寝息を立てて眠り始めた。ずいぶん無理させちゃったなぁ。


「内部はまだまだだけど、外から見た分には立派な砦になったと思うよ、橋も丸太を組んで渡しただけだけど一応通行可能にはなったし跳ね橋も、あ、ちょっと詰めて詰めて」


 ぬぼーっと寄って来たグリが、ラスプを押しのけて私の右側に座る。そのまま背を預けて来たかと思うと目を閉じた。


「俺も仮眠ー、三十分経ったら起こして」

「え、えぇぇ」


 膝にはライム、肩にはグリと、完全に私が枕状態になってしまう。困惑しながらルカに視線を向けると、彼は苦笑しながら意見を返してきた。


「まぁいいんじゃないですか、そのぐらいのご褒美があっても」

「ご褒美、かなぁ?」


 私としてはもっとちゃんと休んでもらいたいんだけど、たった三十分の仮眠じゃご褒美とは言えないでしょ。


 ここでニヤと笑ったルカは、ソファから追い出されて立ち尽くしていた赤毛の狼に向かって意地悪そうに問いかけた。


「おや、あなたは貰わなくていいんですか? ご褒美」

「バッ……要るわけねぇだろ!」


 ソファの後ろを横切ったラスプはそのまま部屋を出て行こうとする。吸血鬼は余裕の笑みを浮かべながらせせら笑うように続けた。


「意地っ張りですねぇ」

「訓練の時間なんだよ!」

「あ、待って!」


 出て行こうとするしっぽを慌てて呼び止める。ビクッと立ち止まった彼はしばらくしてからチラッとこちらを振り返った。


「その自警団の方はどんな感じ?」


 どの程度形になったかとか、そもそも使えそうかと聞きたかったのだけど、ラスプはしょっぱい表情をしながらはぁっとため息をついた。


「あぁ、報告な、報告。うん」

「上手く行ってないの?」


 心配になってそう問いかけると、気を取り直したかのように顔を上げた彼は今度はちゃんと警備隊長の表情になっていた。

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