43.動き出す世論
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この生まれたての王国には無限の可能性が広がっている。
「我が国では今後、積極的に才能のある者を広く受け入れたいと考えている。地位も身分も家柄も関係なく、勢いのある者と共に国を造り上げていきたい」
そう語った魔王の目は情熱という炎で燃えていた。
新天地で皆同じ地点からスタート。野心あふれる若者にとって何とも心踊る話ではないだろうか。
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「う、嘘でしょ……こんな、奇跡みたいなことって!!」
「おねーちゃーん納品された生地どこに置けば――なに、どした?」
「ほうほう、才能のある者と来たか」
「フーン、面白そうジャン?」
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魔族領にはこちらの地にはない資源や植物・鉱物があると噂されている。商売人にとってもこれは新たなビジネスチャンスだと睨んでいる。
話し合いの余地さえないと思われていた魔物達が握手をしようと恐る恐る手を差し伸べてきている。
それを容赦なくはたき落とすのは、果たして人道的に正しいと言えるのだろうか?
まだまだ驚きの新事実が両手に余るほどあるのだが、号外という小さな紙面の制限上泣く泣く割愛させて頂いた。続きは別紙にて語ることにしよう。
今後も引き続き調査を行い、魔族……いや、ハーツイーズ国民が、われわれ人間側とどんな関係性を築いていくのか追って報告していきたいと思う。
リカルド・ユーバー
※本日の『トゥルース新聞社』朝刊にリカルド氏のこちらのルポ全文が掲載されています。部数が限られていますのでお買い求めはお早めにどうぞ
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号外の影響は城の内部にまで及んだ。
外からの光を一切遮断するかのごとく締め切った室内で、円卓を囲んだ中枢機軸院は皆一様に頭を抱えていた。
チラチラと揺れるロウソクの明かりにかろうじて照らされた一人が、勢いよく号外を卓にたたきつける。
「なんなんだこれは! 何の冗談だ!」
「落ち着いて下さいカーミラ卿、それはこの場に居る全員が感じている事です」
隣に座っていたまだ年若い貴族が彼を諫める。しかし彼も事態の急さに追い付けていないようで、冷静さの中にも少しだけ苛立ちを含ませた声でこう続けた。
「まだ調査中ではありますが、これを書いたのは前々から我々の政治に対して面白おかしく記事を書きたてていた悪徳記者のリカルド・ユーバーで間違いないようです」
「くっ、あのダニライターめ!!」
以前、浮気現場を押さえられ、悪意たっぷりのスキャンダル記事を彼に書かれた経験のあるカーミラ卿はギリリと歯を噛み締めた。落ち着いた妙齢の女性の声が続けて暗闇の中に響く。
「今その記者は国内には居ないのでしょう? おそらくは魔族領に逃げ込んでいるのでしょうね。そちらは指名手配しておくとして……どうするおつもりですか、陛下。本当に書簡とやらは来たのですか?」
「……」
呼びかけられたリヒター王は、ほとんど白くなってしまった顎鬚を少しだけ動かして何かをつぶやいた。側に控えていた小姓が口元に耳を寄せ王の意を皆に伝える。
「『確かに今朝、正式な書簡が届けられた。和平を望む旨と友好条約を結びたいとの内容が書かれていた』と王はおっしゃっています」
「論外だ! 悪魔どもとオトモダチになどなれるか! 汚らわしいッ」
「そうですね、『魔族は憎むべき相手』で居て貰わないと困りますからねぇ。そもそも国として認めるかどうか……」
「認めぬ! 野蛮な悪魔の国など虫唾が走るわい!」
激情したカーミラ卿が、再び拳を卓に叩きつける。その内そこだけ凹みそうだなと思いながら隣の青年卿も同意した。
ここに来て、それまで黙っていた大柄な貴族がようやく口を開く。彼は遠雷のような低い声で現実を告げた。
「だがこの号外記事の影響で、民衆には書簡の事が広く知れ渡ってしまっている。ここで攻め込むような事があればこちらが悪役になってしまうだろう」
あの号外さえ無ければ、書簡自体届かなかった事にしてこれまで通り侵攻の準備を進めていたことだろう。だがこうなっては……
誰もが見守る中、目すらもじゃもじゃの髪に埋もれたリヒター王は小姓の口を借りてようやく今後の身の振り方を定めた。
「『ひとまず我が国の民も、そのハーツイーズ国とやらも下手に刺激をしてはならぬ。エリックはどこだ』」
「ここに、陛下」
暗がりからスッと現れた勇者エリックは、固い表情のまま拝命を受けた。
「『調査として、相手国の元へ赴き内情を探って参れ。お主ほどの力量があればよもや殺られることはあるまい』」
一瞬だけ、勇者の若草色の瞳が陰った。だが彼はすぐに頭を垂れると了承の意を伝える。
「……かしこまりました。そのような大役をわたくしめに頂けるとは光栄です」
「『期待しておるぞ』」
「かならずや」
***
急いで旅支度を整え、城門から出ようとしたエリックは待ち構えていた金髪に軽いため息をついた。それを知ってか知らずか、軽いノリに定評のある後輩はやたらとニッコニコしながらはしゃいだように口を開く。
「センパイセンパイ~聞きましたよぉ~、魔族領ってか、あのハーツイーズに行くらしいじゃないっスか!!」
「……ルシアン」
「何スか」
「その荷物は何だ」
彼は妙に荷物が詰め込まれパンパンになった背嚢を担いでいた。装いも城勤め用の華麗な騎士服から、実戦向きの旅装束に――平たく言うと自分と同じような恰好をしている。これの意味するところは何となくは察してしまったが、念のため確認で問いかけた。
すると、ここ一番のドヤ顔をしてみせたルシアンは、親指をビッと立てると己を指す。
「自分、お供ッス!」
「結構です」
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