42.号外
魔王と新聞記者のやり取りから十日ほど経ったある日の朝、人間領の端から端まである号外が一斉にバラまかれた。
「号外、号外だよ~!!!」
キャスケットをかぶった小僧たちが投げ撒く勢いで掴んでは放り投げ、レンガ敷きの通りを駆け抜けていく。ひらひらと、頭上から舞い降りて来たペラ紙を手にとったあなたはざっと紙面に目を走らせる。発行元は聞いたこともないような小さな新聞社ではあったが、これでもか!と言うほど大文字で書かれた見出しには、そんなささいな事がどうでもよくなるほどのインパクトを含んでいた。
***
“魔族領に新国家発足か 歩み寄ろうとするマモノたち”
この号外を受け取ったあなたは、この国の歴史が変わるまさに一ページ目をその手にしているのかもしれない。
そんな冗談のような言い回しを真顔で文字にしてしまうほど、驚くべき情報が我が『トゥルース新聞社』に飛び込んできた。
我々が聞き伝えをするよりも『リカルド・ユーバー』記者のルポを直接ご覧いただく方が早いだろう。
ここ最近、動きのなかった魔族領に密かに潜入取材を行っていた彼は、現在の内情を事細かに伝えてくれた。
***
「魔族領って、最近魔王が復活したとかいう?」
「へぇ、あんなところに取材に行くなんて命知らずだなぁ」
「なんだいこりゃ、下らないゴミをばらまくなよ」
周囲の人々は興味を持った者、読まずに破り捨てる者が半々と言ったところ。読むだけならタダかと、あなたはもう少し読み進めてみることにした。荒唐無稽な与太話だとしても話のタネくらいにはなるかもしれない。
***
争いのない平和な優しい世界を。
そんな反吐が出るほど綺麗事だらけの理想論を平気で口にするヤツがいる。驚くべき事にそいつは魔王だった。
いや驚いたね実際。魔族領に足を踏み入れて、醜悪なツラしたゴブリン共がニコニコしながら城まで案内してくれた時は、精巧にできたカラクリ人形なんじゃないかと思わずジロジロ見て探っちまった。
いつ後ろからガツンとやられるかひやひやしてたっていうのに、ヤツらは妙に積極的に話しかけて来やがる。しかもその話の内容がなんとも平和ボケした世間話なんだ。
人間である俺が憎くないのかと聞いてみりゃ「新しい魔王様の教えだぁ」だの「変えていきたいと思ったらこちらから歩み寄るべき――ってアキラ様も言ってただよ」だの、凶悪な魔物とは思えない返しが来る。
さて、ここまで魔物たちの意識改革をしてしまった新任魔王はどんな屈強な大男なのかと謁見してみたら、何とも線の細い優しげなヤツが現れた。
魔王アキラは冒頭の言葉を言った後、俺に『優しい王国』を造り上げようと奮闘していることを打ち明けてくれた。
その国の名は『ハーツイーズ』
かつてこの世界に魔王も勇者もなく平和だった時代、彼の地に存在していた領地と同じ名だ。
***
街道の交差点にある流通の街中でも、その記事は話題になっていた。通りの商店街の店先に立ちながら、人々は意見を交わし合う。
「ハーツイーズ……あぁ、そんな土地があったって、ひい婆さまから聞いた事があるなぁ」
「優しい王国? そんなおとぎ話みたいな話あるのかしら」
通りすがりの商人らしき肥えた男がギョッとしたように目を見張る。号外をひったくるように受け取ると舐めるように読み始めた。
「おいおい、この記事書いたの『炎上屋リカルド』じゃねえかよ!」
「誰だそれ」
「知らねぇのか! こいつが書く記事は嘘か真かぶっ飛んだ物が多い。だがそこはさして問題じゃねぇ、重要なのは世論を操作しちまう程の影響力があるってこった」
仕事仲間の先見のなさを嘆きつつも、商人は震える手で先を読み進める。
「そのリカルドが新国家樹立のルポを書いた……? 商売人としてこれは絶対に見逃しちゃいけねぇヤマだ……」
***
魔王アキラは言った、我々魔族は敵ではなく共生できる存在であると。
先代とは違い、自身がリーダーとして治める以上人間と争う意思は一切ないこと。これから良き隣国として付き合っていきたいと強く言っている。
それらの意思をしたためた書簡を、春待ち月の七日――そう、まさにこの号外が配られる今日、メルスランド国リヒター王へ向けて出したそうだ。
***
「えっ、今日!?」
「そういえば今朝から何となく城の様子があわただしいような……」
首都カイベルクの住人は頑健な城を見上げる。と、ここで号外の下部分に掲載された幹部の似顔絵を見ていた乙女たちが黄色い悲鳴を上げた。
「この金髪の人と赤い人、この間、通りで見かけた人じゃない!?」
「本当だ! は、はーついーず? 国のお偉いさんだったんだ」
「えーどうしよう~、そんなにすごい人だったんだ~」
「やだー、ファンになっちゃうかも~」
「この魔王アキラ様もイケメンなのかな~??」
きゃあきゃあと騒ぎ立てる彼女たちから数百キロ離れた片田舎。そこでも号外記事を覗き込みながら話題は盛り上がっていた。
「この可愛い男の子と死んだ魚みたいな目をした兄ちゃん、おとといやってきて色々手伝いをしてくれた人じゃないか?」
「旅してるとか言ってたけど、魔族サイドの人だったなんて……いやだわ、今さら震えが」
「でも悪い人には見えなかったわ」
「そうそう、すごく親切で面白かったよね」
さらに南に下った町でも目撃情報が相次ぐ。
「ママ、僕が助けてもらったの、このおにーちゃん! ほらワンワンの耳!」
「『犬耳のお兄さん』って、獣人の事だったのか」
「あなた、この記事の事どう思う?」
「どうもこうも……助けて貰ったのは事実だが、どうなってるんだ、魔族は敵じゃなかったのか?」
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