41.理想論だな
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初めまして。突然のお手紙をお許しください。
詳しい身分はこの場では明かせませんが、私たちはとある場所で新しい国を作り上げてようと現在奮闘している者です。
この度、我が新国家の樹立を世間に周知したくご連絡を差し上げました。世間でも腕利きと評判のライターである貴方様にぜひともわが国の取材を行って頂きたいのです。
ご検討頂けるのであれば返信をこちらの封筒に入れ窓に一晩吊るして下さい。配達員が回収に伺った後、詳細な日程をご連絡差し上げます。
ハーツイーズ国 城主A
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改めてその文章を読み返した私は、側で控えていたルカを見上げながら聞いてみた。
「怪文書かな?」
「私が受け取る立場でしたら、鼻紙にした後ゴミ箱に投げ入れるレベルですね」
「ひどい」
そんなに!?と、嘆く私には構わず、ルカはリカルドを正面に捉え冷静な口調でこう言う。
「ですが貴方はこの新手の詐欺にしか見えない文章でやってきた。その理由を伺っても?」
試すようなその響きに、お茶菓子のクッキーをつまんでしげしげと見つめていた彼はそれを皿に戻しながら答えてくれた。
「三つある。ハーツイーズってのはこの魔族領の古い地名だ。封蝋に使われてる印もかつての領主の物だった。この二点から少しだけ信憑性が出た」
「あとの一つは?」
私の言葉にニヤリと笑ったリカルドは、頬杖をつきながらからかうように言った。
「頭のおかしい狂人の戯言でも、ゴシップ記事ぐらいにはなるかと思ってな」
「私は狂人じゃない!」
「完璧です! どうやら貴方はすばらしい観察眼をお持ちのようですね」
「お褒め頂き光栄」
パッと顔を明るくしたルカが彼とガッチリと握手を交わす。いやだぁぁ~なんかこの人ルカと同じ匂いがするぅぅ、人を小ばかにするタイプの人種だ!
良い笑顔でドS同盟を組んだリカルドは椅子に座りなおすと両手を広げた。短い黒手袋の裾から手首がちらりと覗く。
「ま、理由はどうであれ俺はおもしろそうな情報ならすぐに飛びつくタチでね。新国王と新しく建国されるっていう国の見定めに来た。それによって今後記事にするかどうか決める」
そう言いながら胸に刺した万年筆を軽い調子で取り出したかと思うと、クルッと回して先端を私にまっすぐ向けた。別に先端恐怖症とかではないのだけど、少しだけ緊張して背筋がピンと伸びる。
「言葉ってのは武器だ、書き方一つでお前さん方の国を『よからぬ事を企む悪の帝国』にも『ビジネスチャンスの転がる希望の新国家』にも、いかようにも仕立て上げられる。俺をがっかりさせてくれるなよ」
この人は……敵にも味方にもなりうる危うい存在だ。一筋縄ではいかないとは思っていたけど、でも
なぜだろう、もうこの瞬間から試されていると言うのに、私はおじけるどころか逸る鼓動を抑えられなかった。二ィと口の端を吊り上げ立ち上がる。
「望むところよ。一緒についてきて、こんな机の上で話すより実際のこの国の現状を見て、触って、実感して貰いたいの。私が一対一で案内してあげる」
***
この世界の夕焼けは日によって日本の幻想的な夕暮れと良く似ている時がある。今日なんかはまさにそれで、ふんわりと優しいピンク色の空の下、私は城の屋上で額の汗をぬぐいながら土をいじっていた。
「やれやれ、フツー城の屋上に畑を作るかねぇ」
「ふふん、今さらこの程度で驚くことでもないでしょ?」
視界の端で、今日一日さんざんあちこちを引っ張りまわした新聞記者さんが石段に腰掛けている。彼は長い脚を組んで頬杖をつきながら手元のメモに走り書きをしているようだった。
「アホみたいな関所に畑の巨大ミミズ、風呂場で芋洗い状態になってるゴブリン達に、魔王様専用の実験ファームと来たか」
「記事になりそう?」
「もはや創作小説の域ですねぇ城主サン、誰が信じるんだこんな話」
柔らかい風が吹き抜け髪をゆらす。最後の種に土をかぶせパンパンと叩いてようやく立ち上がる。
振り返るとくすんだ灰色の鋭い瞳と視線が合った。感情を隠すように半目になった彼は挑発するように笑って見せる。
「で? 護衛まで取っ払って、最後に二人きりになった魔王様は何を話してくれるんだ?」
今この屋上には私とリカルドしか居ない。ルカは安全面で渋ったのだけど、私がどうしてもと言って席を外して貰った。
大丈夫、何も恐れることはない。正直な今の気持ちを打ち明ければいいだけ。
「全部本当なの。あなたが今日みた全てのことは、作り話でもヤラセでもなくて、私たちが一から考えて少しずつ良くしていこうと思っている今の国の形。生まれたてのハーツイーズ国そのもの」
「いいねェ、ようやくインタビューっぽくなってきたぜ」
質問だ。小さく挙手をしながら記者が口を開く。
「お前さんは、この国をどう育てていくつもりだ?」
どう、と言われて少しだけ考える。
強い国、お金持ちの国、誰にも干渉されることのない国。目指す国の形は人の数だけあると思う。私が目指すのは――
「優しい国……」
ザァと風が通り抜け、私とリカルドの髪を乱す。
それが収まった後、私は自分自身に言い聞かせるように少しだけ笑ってもう一度口にした。
「私はこの国を、ハーツイーズを、誰もが笑顔で暮らせる国にしたい」
むずかしく考える必要はない。私が目標とするのはとてもシンプルで当たり前な事だ。
「おなかいっぱい食べられて、仕事があって、生まれがどうとか関係なくて、楽しいことをみんなで笑い合いたい」
この人ならどうだろう、リカルドとだったら何ができるだろう。
「いっしょに楽しいこと、してみたい!」
考えただけでわくわくする。誰だって何かできる、それがたくさん集まったら、きっと世界は少しだけ変えられるはずなんだ!
いつの間にかリカルドの顔からニヤケの表情は抜けていた。少しだけ驚いたように目を見開きこちらを見つめている。
やがてすぅっと目を細めた彼は、冷たい視線を向けながらゆっくりと口を開いた。
「理想論だな」
「っ、」
「甘っちょろくて、まるで子供が描く理想の『すてきな王国』そのものだ。そのくせ何の計画性もなくて、行き当たりばったりの思い付きだけで動いてるようにしか見えない。風呂とかミミズとか、もっと他にやるべき事があるだろ」
うぅ、確かにその通りなんだけど、そこまで言わなくても……
たじたじになっていた私を見ていた彼は、フッと笑うと万年筆でこちらを指した。
「が、そんなバカなことをやろうとしてる国が一つぐらいあった方が、新聞記者的には面白いかもな」
「へ」
「メシの種になりそうだ、乗ってやるよ」
それは、つまり、協力してくれるってこと?
嬉しさがじわじわとこみ上げて来た私は、両手を思い切り振りあげて飛び上がった。
「やったぁー!」
「印象操作なら任せとけ、俺が記事を書けば白も黒になる。やりすぎて大手の新聞社は追い出されたけどな」
「わ、ワーイ、なんか黒い匂いがするけど心強いなー」
ひくりと頬を引きつらせながらも嬉しさを抑えきれない。これで計画も大きく前進するだろう。
さっそく口元に手を当てて何やら考え込んでいたリカルドだったけど、ふいにピンときたようでこんなことを問いかける。
「そういや、国家樹立の宣言はまだこっちの人間領には出してないんだろ?」
「え、うん。魔族たちの間には少しずつ噂は広まってきてるみたいなんだけど」
どのタイミングでお知らせしようか迷っていた件だ。関所が出来て、ラスプの自警団がある程度形になってきたらと漠然とは考えていたんだけど……
すると新たな仲間はニヤリとおなじみの笑みを浮かべて指を突き立てた。
「良い方法がある。せっかくなら最っ高の特ダネにさせてくれよ」
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