40.自作のポエムとか?

 おととい書いてバラまいた封筒の中には返信が入っていた。入っていた用紙を広げると少し風変わりな字体で文章が綴られている。その文面にザッと目を走らせた私は緊張しながらもニヤリと笑った。


「掛かった……!」

「いつ頃来訪すると?」


 落ち着き払ったルカに尋ねられ、私は胸の高鳴りを抑えようと深呼吸する。立ち上がり幹部一人ひとりと目を合わせながらゆっくりと口を開いた。


「三日後。三日後に今回の計画のキーとなる重要人物がこの城にやってくるわ、それまでに準備するため役割を振り当てます。ライム」

「はーいっ」

「予定通り、関所と橋の修復をおねがい。グリもその手伝いに回って大丈夫」

「りょーかい」

「まっかせて!」


 スライムと死神の『やわらかコンビ』は、パシッと手を合わせて仲良く返事をする。次に腕を組んで厳めしい顔つきをしている彼を呼ぶ。


「ラスプ」

「おう」

「村人やゴブリン達から志願者を募って警備隊を編成して。付け焼刃でも良いから訓練をして統制が取れるようにしておくこと。あなたを自警団の隊長に任命します」


 そう言うとラスプは少しだけ驚いたように目を開き、小さく了解と答えた。胸は痛むけど仕方ない。


「あなたと離れるのは辛いけど……わたしのことは、心配しなくていいから……」

「お前が離れたくないのはオレの飯からだろ」


 真顔でツッコミが入りギクッとする。そ、そんなことは、ねぇ? なかったり あったり


 視線を逸らした私に、料理長は呆れたように大げさなため息をついた。


「わかったわかった、飯くらい作りにひとっ走り帰ってきてやるよ、大した距離でもねぇしな」


 パァァッと顔を明るくさせた私に、最後の一人が問いかける。


「私は何を?」

「ルカにはこの国とか周辺の事情を色々教えて欲しいの。これから本格的に外交が始まるわけだし、トンチンカンな事言ってもバカにされるだけだからね」


 頼れる右腕が承諾してくれて全員の動きが定まった。


 これから計画が動き出す、上手く行くかどうかは私の器量――王としてとしての器が問われることになる。ハリボテかもしれないけど、やるしかない!


「主様、本日の記憶です」


 と、ここでルカがトレーを差し出す。赤いフェルトの上にはそれぞれ色の違う三つの小瓶が乗せられている。先代魔王アキュイラ様の記憶の結晶だ。


 しばらく見比べていた私は、向かって右側の緑色の小瓶を手に取った。


「じゃあ、今日はこれにしようかな」


 カコッと蓋を開けて、差し出されたグラスに注ぐ。口に含むとほのかに甘い香りが鼻から抜けていった。飲み込んだ後しばらく目を閉じて記憶が再現されるのを待つ。


「どうどう? どんな記憶だったのアキラ様」


 ライムのわくわくした声に目を開けて、私は今見た物を思い出しながら口を開いた。


「黒っぽいタンスの下から三段目、奥の白いシャツの中に隠すようにして入っているノート――」

「ああああーっ!? なんっ、何でアキュイラがそれを知ってるんだよ!?」


 すかさず反応したラスプに、みんなが獲物を見つけたかのように目を光らせる。


「馬鹿ですね、反応しなければ誰のだか分からないでしょうに」

「なになに? ぷー兄ぃのヒミツ?」

「自作のポエムとか?」

「違ぇよ! 忘れろ! っつーか昔の話だ!!」


 真っ赤になって否定する彼をみんなで嬉々としていじり始めるのだけど、私は少しだけ肩透かしをくらった気分になりコトンとグラスを机に戻した。


 有益な情報もあるかもしれないのでアキュイラ様の記憶を貰う覚悟を決めたのだけど、どうにも『ハズレ』というか普通の日常の記憶が多い(いや、みんなとの思い出を見れるのは楽しくはあるんだけど)


 記憶の洪水で廃人になるかもしれないので手当たり次第に飲むこともできないし、現状は当たればラッキーぐらいかなぁ。



 小瓶を見つめていた私は、小さくため息をついて椅子にもたれかかったのだった。



 ***


 そして三日後。執務室のソファに腰かけた私は、緊張しながら向かいに座る人物を見つめる。


 年は二十代半ばから後半。後ろに撫でつけた青灰色の髪と誠実そうな身なりは好印象なのに、ギラギラと探りをいれるような眼差しがそれらを全てを打ち消している。


 こちらを無遠慮に見回す彼は、フッと笑みを浮かべたかと思うとようやく名乗った。


「首都でフリーのライターをやってるリカルドだ。お招きいただき光栄です『新任魔王様』?」

「……初めまして、あきらです。こっちは側近のルカ」


 リカルドと名乗った男は懐から紙を取り出すと広げて机の上に投げ出して見せる。それは私たちがカイベルクの新聞記者に宛てて無作為に送り付けた手紙だった。


「よくもまぁ怪文書を送り付けてくれたもんだぜ。こんな頭のおかしい話、まともな新聞記者はとりあわねぇよ」

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