39.魔王様による幹部の為の食育

 コトン、と。目の前に置かれたお皿を見た私は目を丸くした。慌てて横のシェフに問いかける。


「これ、あのポソポソだったキュワリ?」


 驚きの反応に満足したのか、ラスプは得意そうな顔で笑って見せた。


「昨日のデカミミズ肉の余りを分けてもらってよ、あれと一緒に煮込んで甘めに味付けしてみた。こうすりゃパサパサも気にならないだろ」


 謁見の時に献上されたキュウリによく似た野菜『キュワリ』は、まるごと一本くたくたになるまで煮込まれていた。


 試しにナイフで一口分切り取って口に放り込んでみる。とても飲み下せない食感だったそれは煮汁を吸い込んでしっとりと……いや、パサパサだったからこそ余計に吸収していて、それはもうとろっとろのプルプルに、わーむ君のお肉の旨味がギュッと凝縮されて、なんていうかもう、とにかくおいしい。


「すごい! ラスプ天才!」

「フッ、このオレの手にかかればどんなまずい食材だって喰えるレベルにしてやるぜ」


 パクパクと止まらない味見を堪能しながら私は、あ、ちょっとまって本当においしい。とろとろ。


「しあわせ~、こんな料理上手ならお嫁さんに欲しいくらいだよ~」

「よ、嫁っ!? バッ…………待て、オレが嫁なのか?」


 そのやりとりを横で見ていたライムがぴょんぴょんと跳ねながら催促する。


「いいなぁ~、ボクもボクもっ、早くたべたーい!」

「あ? 調理場にあるから勝手に取って来い」

「はーい」

「あ、待って」


 駆け出そうとするライムを呼び止める。ふしぎそうな顔で振り向いた彼も含めて、私は全員に提案してみた。


「せっかくだし、これからはここで一緒に食べようよ」


 実はこれまでの食事は皆と別々に取っていた。家臣は給仕に徹するべしというルカの指導らしいんだけど


「やっぱり食事はみんなとした方がおいしいから」


 昨日のバーベキューでわいわい感想を言いながら食べるのは本当に楽しかった。同じ感情を共有できると嬉しいんだよね。


 少しだけ渋っていたルカも、強制的に斜め向かいの席に座らせる。みんな席に揃ったのを確認して私がお誕生日席に座り、朝ごはんが始まった。


「いただきまーす」


 両手を合わせて、簡素だけどボリュームのある固めの黒パンを手にとる。そういえば小麦畑も昨日あったけど、あそこも改善が必要だろうなぁ。主食だしわーむ君に言って優先的にミミズを呼んでもらわなきゃ。


 その時、ふと視線を感じて左向かいを見ると、ライムが手にパンを持ったままじぃっとこちらを見つめていた。


「どうしたの?」

「あのね、ずっと気になってたんだけど『イタダキマース』って何の呪文? アキラ様、食べる前には必ず言ってるよね」

「食い意地はってるコイツのことだし、まじないでも掛けてるんじゃねーの」


 その向こうから、ラスプがせせら笑うように冗談めかして言う。ちょっとぉ、何よ食い意地はってるって。でも――


「合ってるよ。おいしく食べる『おまじない』みたいなもの」

「マジか」


 みんな興味を示したみたいで、食事の手を止めてこちらに視線が集まる。よしよし、とっておきの魔法を教えて進ぜよう。


 パンをお皿に戻した私は、パン屑を払ってから両の手のひらを合わせるポーズをしてみせる。ライムも見よう見まねで勢いよくペッ!と手を合わせた。


「『いただきます』っていうのには二つの意味が込められててね、まず一つ目は作った人に対して『手間ヒマかけて料理してくれてありがとう、食べさせて頂きます』って意味での感謝なの、この場合はラスプにお礼を言ってることになるかな」

「へ? オレに対して言ってたのか」


 意外そうに自分を指す彼に向かって、隣のライムが元気よく言う。


「ぷー兄ぃありがとーっ、いつも頂いてました!」

「頂いてるよ」

「頂いてます」


 グリとルカにも言われ、何となく照れた様子のラスプは頭を掻きながら視線を逸らした。口元がむずむずしてるよ、にやにや。


「お、おう。なんだ、悪い気はしねーな」

「ラスプが調理するのが当たり前になっていましたからね。改めて御礼を言いますよ」

「ねーねー、いただきますのもう一つの意味はー?」


 合わせた両手をブンブンと上下に振りながら尋ねられ、私は再びパンを手にして指を沿わせた。


「二つ目はね、『命を頂きます』って意味。お肉とかお魚とか、常に何かを犠牲にして私達は食べてるわけでしょ、だから食材に対しての感謝。あなたの命を決してムダにはしませんって意味が込められてるの」


 小さい頃におばあちゃんが教えてくれた大切なことは、今でも私の一番奥深いところに根付いている。……まぁ、その教えのせいで、私は人よりほんの少しだけよく食べる子に育ってしまったわけだが。


「へぇ、命を無駄にしないかぁ」


 生死に深く関わりを持つ死神は興味を惹かれたように自分の手を見比べていた。


 その後も「いただきます」の話題であーだこーだ話していると、手首ちゃんが慌てたように広間へと駆け込んできた。その手には――というか空中に見覚えのある手紙を浮かべている。


「えっ、もしかして反応があったの!?」

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