ルート分岐2/グリ

 グリがおかしい。


 いや、ちょっとヘンなのは元からなんだけど、今朝は一段とおかしい。無表情なのに妙に背景にお花を飛ばしてるというか浮き足立っている気がする。引っかかるものを感じた私は、朝食の時に隣でもごもご口を動かしていたライムにそっと耳打ちしてみた。


(ねぇ、なんか今日のグリ、テンション高くない?)

(そう? ボクはいつも通りに見えるけどなぁ、アキラ様よくわかるね)

「おら、ムダ口叩いてないでさっさと喰えー、洗い物が片付かねぇだろうが」


 料理番長に注意された私たちは慌てて朝食を口に押し込む。みんなで「ごちそうさま」をした後、疑惑の人物は気配を絶つようにスッと大広間を出て行く。……怪しい。


 気になった私はこっそりと後をつけてみることにした。グリは心なしかいつもより機敏な動きで階段を駆け上がっていく。やがてたどり着いたのは彼の私室だった。私は特に隠れることもなくそのまま後ろについて部屋に入ってみる。中を見るのは初めてだけど、モノトーンでまとめられたセンスのいい部屋だ。あまり生活感は無く、陽の光を遮断するようにきっちりカーテンが引かれている。間取りが西向きだというのもあって部屋の中は薄暗い。


 死神様はよほど浮かれているのか部屋の中心へと進んでいく。そのまま背後の私には気付かず、入り口に背を向けるソファに腰掛けた。懐から水晶のような丸い玉を取り出し、正面のテーブルにある台座にセットする。


「ふふ、久しぶり――」

「何が?」


 思わず口をついて出た瞬間、ぶわりと風が巻き起こった。声を上げる間もなく首筋にひやりと冷たい何かを押し当てられる。鋭い鎌の刃が私の頚動脈を引き裂きそうになったその時、目の前の死神はホッとしたように息をついた。


「なんだ、あきらか。びっくりさせないでよ」

「……っちのセリフよ!!」


 この段階でようやく死に掛けたことに気付き、ドッと嫌な汗が噴き出す。普段の緩慢な動きからは考えられない反射速度でこちらの急所を押さえたグリは(動こうと思えば動けるんですか、あなた)笑いながら恐ろしいことを言った。


「良かった、昨日研いだばっかりだから簡単に飛ぶところだった。……首」

「早くしまってー!!」


 ようやく武器を収めたグリに心臓をバクバクさせていると、彼は人一人殺しかけたとは思えないユルさでのんびりと首を傾げた。


「いつの間に壁すり抜けられるようになったの?」

「いや違うから、後ろからついて入っただけだから」

「え」


 それにも気付かないぐらい、何に気を取られてたの? と、聞くと、彼は顔色を変えずにサッと位置取りを変えた。テーブルの上がこちら側から見えなくなる。


「……」

「……何、その水晶玉」

「……みた?」

「見た」


 そういうとグリは観念したように少しだけため息をついた。誰にも言わないようにと釘を刺してから野球ボール大の球を見せてくれる。


「前のが壊れたから死神通販で買ったんだ。遠く離れた地を映し出してくれる装置って言ったらいいのかな」

「へぇ、遠見の術。便利そう」


 これがあれば首都カイベルクの動向監視もラクなんじゃないかと思ったんだけど、そう簡単な話ではないらしい。


「よっぽど強く想い入れのある地じゃないと上手く映し出されないんだ。あとすごく繊細な扱いが必要になるから気軽には使えない――」


 そこで私の期待するような視線に気付いたのだろう、グリは少しだけ言葉に詰まった後、微妙に嫌そうな顔をしてみせた。


「……もしかして、使いたいの?」

「想い入れさえあれば、別世界でも映し出せる!?」

「やっぱり」


 難色を示されるけど、こんなチャンス逃すわけにはいかない。私の元いた世界を、家族を一目だけでもいいから見たい!!


 その後、しばらく押し問答をしていたのだけど、ついに折れたグリがため息をつきながらようやく承諾してくれた。


「わかったよ、じゃあ俺がメイン操作するから、イメージだけ重ね合わせて」

「やった! ありがとう!」

「いいよ、勝手に使われて壊されるよりマシだと思うから」


 うっ、ちょっとだけ言葉にトゲがある……ごめんってば、にらまないでよ。少しだけ申し訳ない気持ちになっていると、再びソファに腰掛けたグリが足を広げてポンポンとその間を叩いた。


「ほら、おいで」

「え」


 おいでって、そこに? 腰掛けるにしても隣とかそういうイメージだったんですけど。戸惑っていると、彼はいつもの無表情で何でもないことのように言った。


「共同で操作するときは正面に居てもらわないと。左右どちらかじゃ魔力が均等にならないし気が散る」

「正面で良いなら水晶の向かい側からとか――」

「使いたくないなら別にいいよ」


 ああああっ、困る! それは困る! ここでグリの機嫌を損ねるのはまずい! ……でも、でもさぁ、付き合ってもいない男の人とそんな密着するのは気まずいというか。


「うぅー」

「どうする?」


 頭の中で『家族の様子』と『気まずさ』を天秤にかける。前者に『もうこんなチャンスは二度と巡って来ないかもしれない!』という気持ちが上乗せされ、傾いた。


「し、失礼します」


 緊張でギクシャクしながらもグリの前にちょこんと腰掛ける。まぁ、どこぞのセクハラ吸血鬼さんじゃあるまいし、この死神様なら大丈夫だと思うんだけど。それでも悶々としていると、いきなり頭の上に顎をのしっと乗せられた。組んだ腕のひじを両肩に乗せられて重さはさらに増す。


「こうしてみると、ちっちゃいよね」

「グリが大きいだけでしょ、重い!」


 抗議の意味も含めて暴れるのだけど体勢は変えられない。当たり前だ、幹部たちの中でも一番上背のあるグリにすっぽりと包囲されているんだから。ああぁぁ、今さらだけど恥ずかしくなってきた。ハッ!? この状態を誰かに見られたら勘違いされちゃうんじゃ……いや、まだセーフだよ。現状、私は『ちょうどいい顎置き』になっているだけ、だよね?


 ドキドキしている私の鼻を、ふわりと、爽やかで少しだけ甘い匂いが掠める。香水でもつけてるんだろうか。


「じゃ、始めるよー」


 戸惑う私にはお構いなしに、グリはいつものようなゆるい喋りで遠見を開始する。私の左肩から長い腕がにゅっと伸ばされ、その指先に青い光がともる。すぐに水晶の中に白いケムリが渦を巻き始めた。


「強く思い描いてみて、イメージと現実が一致すれば映ると思うから」

「~~~っ!!」


 目をぎゅっとつむって、祈るように両手を握り合わせる。現代~~日本~~~私の住んでいた街ぃぃぃ!!


「あ、来た」

「!」


 願いが通じたのか、すぐにも反応が現れた。パッと目をあければまるで空から見下ろしているかのような風景が水晶玉の中に映りこんでいる。間違いない、うちの実家の近くだ! 学校も、よく通っていたスーパーも、図書館も公園も見える。


「うあ……」


 懐かしさでじわりと涙がにじみそうになるのをぐっと堪え、家を探す。この通りをまっすぐ行ったところに――あった! 家の青い瓦屋根!!


「もっ、もっと寄って! おじいちゃんとかおばあちゃんとか、畑に居ない!?」

「その操作は俺にはできないんだって」


 わーきゃー騒ぎながら念を送るのだけど、映像はあっちへフラフラ、こっちへフラフラと移動して肝心なところを全然映してくれない。そんなことをしている内に、少しずつ映像が薄れていってしまう。


「あぁっ!」


 やがて水晶玉は何のへんてつもないガラス玉へと戻ってしまった。後、もうちょっとだったのに……


「……え、あれ?」


 落ち込む私はここで初めて気が付いた。後ろにあったはずのグリの腕が、いつの間にか前に回されている。それはゆるく抱きしめられているのと変わらない体勢で――その状況を把握すると同時に、ぼんっと沸騰したかのように熱が上がる。


「な、なっ、ぐぐぐグリ? どうしたの? ほら、映像消えちゃったよ? 私、もう少し見たいなーなんて」

「あきらは、まだ帰りたいと思ってる?」


 すぐ近くで響いた声に動きが止まる。押し殺したようなくぐもった音はどこか懺悔めいていて……。左を見れば、少しだけクセのある銀髪が頬をくすぐる。彼はそれ以上なにも言わずに黙り込んだままだった。


「え、と、それ、どういう」

「……」


 しばらく身を固くしていたのだけど、それ以上動きはなく沈黙が続く。どうしてか振りほどくのが酷な気がして、ゆるく拘束し続ける腕に手をかけながら質問の意味を考えた。


「そりゃ、まぁ……今は成り行き上、王様なんてやってるけど」

「……」

「いつかは誰かにリーダーを託して帰るつもり。家族だって心配してるだろうし。わっ!?」


 答えに反応するかのように腕の力が強まり、もうほとんど抱きしめられているのと変わらなくなる。もぞりと顔を上げた気配を感じ、そちらを見ると至近距離で目が合った。



「……帰らないでよ」



 どこか苦しげに細められた銀のまなざしに、様々な感情が揺れている。だけど深く読み取ろうとする前に、彼は再び顔を埋めてしまう。


「俺の事すきになったら、帰らないでくれる?」

「それ、は」

「俺じゃなくたって良い、あきらの隣に安心できる誰かが立つのなら、それで充分だから、元の世界に戻るだなんて……言わないでよ」


 この人の気持ちに少しでも寄り添いたくて、でも私なんかじゃそれは全然適わなくて、ためらって言葉を探している内に、微かに微かに「ごめんね」と落とし、グリはゆっくりと私を解放した。



 一人にして欲しいと言われ、小さく遠見のお礼を言って部屋を出る。少し離れたところで、硬質な何かを叩き割るような音が聞こえた。



 ***



 足元で砕け散った水晶玉を見下ろし、死神は苦悩の表情を浮かべる。


 彼女に【真実】を告げた時、自分は果たして冷静で居られるだろうかと考え、万に一つも可能性がないことに絶望する。


「ごめんねあきら、俺があの時、あんなことさえ言わなければ、君は今でもあの世界で平和に暮らしていたはずなのに」




 だからせめて、俺は全力で君の幸せを願うよ――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る