14.こういうの、よくないよ

「洗うって、洗濯物?」

「あるだろ」


 あるけど。っていうか料理に引き続き洗濯も一手に引き受けてるんですか、見た目に反してめちゃくちゃ家庭的ですけどギャップ萌えでも狙ってるんですかあなた。


「い、いいっ、自分でやるよ! 下着とかあるし」


 慌てて言うと頬を微妙に染めたラスプが早口になりながら弁解するように返す。


「あのな、お前は仮にも魔おっ……、オレたちの頂点に居るんだよ。トップがのんきに洗濯してるところをゴブリンたちに見られてみろ」

「どうなるの?」

「……オレがルカにぶっ飛ばされる」

(何故――!)


 とにかくトップとはそういうことをしない物だという彼と、絶対に嫌だという私の主張が真っ向から対立する。


「あのぉ~、お客様……店の前ではちょっと」


 申し訳なさそうな顔をした店員さんが出てきてしまったのでこの話は一旦ここで中断にして店内に駆け込む。すみませんすみません……


 うぅぅ、それにしてもどうしよう。自分の物くらい自分で洗いたいんだけどなぁ。それかせめて女の人、メイドさんとか居てくれたら良かったのに。ゴブリンの女の子の中から志願者でも募ってみようかと思いつつ、動きやすそうな服を見繕っていく。白いブラウスにシンプルなスカート。カーディガンと


(うん、こんなものかな)


 ルカから預かった銀貨三枚でお支払いをする。どうやらこの世界の通貨は『メル』という単位らしく、だいたい金貨で万、銀貨で千、銅貨で百円くらいのレートみたい。つまり今もらったおつりの銅貨三枚でクロワッサンが三つ買える計算。じゅる


(そういえば、フツーに言葉通じてるんだよね)


 あんまり意識してなかったけど、よくよく考えてみると私がこの世界の言葉を話しているのだ。看板の文字も見たこともないはずなのになぜか読めるし、うぅーん異世界トリップ補正? それとも前世の記憶から引っ張ってきてるとかそう言うのだろうか。その考え方がスマートだけど、前世が魔王って認めることになるし――


 ドンッ


「わっ!」

「きゃあ!」


 ぼんやりしていたせいか、すぐ脇の道から出てきた誰かとぶつかってしまう。私は派手にしりもちをついてしまった相手に慌てて手を差し伸べた。


「ごめんなさいっ、大丈夫!?」


 キラキラ輝くブロンドの髪が美しい同い年くらいの女の子だ。淡いサーモンピンクのドレスに日傘を差していて、いかにも貴族のお嬢様といった風。お姫様みたい、と思わず見惚れていると、彼女は手にした扇子でこちらの手をバシッと叩いた。


「無礼者! わたくしを誰だと思ってますの!?」

「へ?」


 もしかして、物凄く有名な人なんだろうか。周りもざわつきだしてるし……ま、まずい!


「申し訳ありませんっ、まさか貴女様だとは露知らず!」


 トラブルの臭いを嗅ぎ取った私は慌てて頭を下げる。この子がいったいどなた様かは存じ上げませんが、ここは穏便に済ませる為にも先回りして謝るべきだ。チキンと言うなかれ、これが産まれてこの方磨かれてきた日本人根性、その名も特殊スキル――


 The・エアーリーディング空気読め


 なのである。


 トラブル回避はお手の物

 あぁ、すばらしきことなかれ主義

 謙虚堅実低姿勢が人生円滑に生きるコツ


「フン、今日は機嫌がいいので特別に許してさしあげますわ、その貧相な首が皮一枚で繋がったことに感謝なさい」

「へへへ、ありがとうございます」


 ヘコヘコしながら顔を上げた私は、彼女の後ろから出てきた影に一瞬で真顔になった。


「まったくもう、ボサッとしてないでさっさと起こしなさいよっ、気が利かないわね!」

「ごめんニャさいごめんニャさい、お嬢様、お許しください」


 二足歩行の猫だ。私が知っている猫より二回りくらい大きいのだけど、どうみても栄養が足りていない。グレーの毛並みはパサパサだしところどころ毛が抜け落ちて見るも哀れな姿になっている。ボロ布を一枚まとっているだけの彼は、やけにゴツめの赤い首輪をいじりながら駆け寄った。ところが彼の手を借りて助け起こされたお嬢様は、腹いせとばかりにそのやせ細った身体に蹴りを入れた。


「この、役立たず!」

「ニギャッ!」


 ポーンと宙を舞った猫は通りの向こうまでふっ飛ばされ、レンガの壁に当たってずるずると落ちる。お嬢様は愉快そうに笑うと持っていた扇子の手元をスライドさせた。中から赤いボタンが現れる。


「アハハ、十秒以内に戻って来れなかったら、首輪を爆発させてしまおうかしら」

「ニッ!?」

「それいーち、にー」


 彼は慌てて駆け出そうとするのだけど、往来の流れが激しすぎて中々こちらに戻って来ることができない。蹴られてはあっちこっちに転がり、しなやかな尻尾を踏まれて痛そうな悲鳴をあげる。綺麗なブルーの瞳からボロボロ涙を流しながら、彼はグググと立ち上がろうとした。


「や、やだ、死にたくニャい、おと、さん、お母さ……」


 それをあざ笑いながらお嬢様は鈴を転がすようにコロコロと笑う。


「まぁなんてブザマなのかしら。わたくしは本気よ? あんたの代わりなんていくらでも居るんだから」

「ニャううううニャあああ!!」

「きゅーう、じゅう! はいアウトー。通行人のみなさーん! そいつからお離れになって、今から爆破ショーをお見せいたしますわ!」


 サッと人垣が出来て猫だけが取り残される。彼は膝立ちになってガクガクと震えていた。首輪に手をかけ必死に外そうとあがいている。


「ムダな抵抗はおよしなさい。さぁこれが使えない奴隷の末路よ――」


 お嬢様が大げさな動作でスイッチを押そうとした瞬間、私は後ろからスッと扇子を抜き取った。



「こういうの、よくないよ」

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