13.ご主人様はあなたでしょう?

 それを見た瞬間、恐怖しかなかった私の心の中にポッとある感情が灯る。無意識の内にその手に追いすがり、しっかりと両手で包み込んでいた。


「なっ!?」


 こちらに視線を戻したラスプの顔が驚愕に染まる。


 怖い、だけど、ここで拒絶したらダメだ。


(だって助けた相手に怯えられて、傷つかない人なんて居ない!)


 心に灯ったこの気持ちを勇気と呼ぶんだろうか。みるみる内に広がるそれが恐怖心を明るく照らして隅に追いやっていく。


 ごくりと生唾を呑んだ私は、まっすぐに見つめたままカラカラに乾いた口をゆっくりと開いた。


「あ、の、助けてくれて、ありがとう」


 一字一句噛みしめるように言うと、しばらくポカンとしていたラスプはいきなりぷはッと破顔した。


「ムリすんな、震えてるぜ」

「わっ」


 驚くほど強い力で軽々と引き上げられる。トンッと立たされた時点で私の中の恐怖心はだいぶ薄らいでいた。予想外に優しい苦笑のまま、彼は私の頭にポンと手を置いてわしゃわしゃと撫でる。


「お前さ、やっぱ魔王むいてねーよ」


 ぼーっとしていた私はハッと我に返り思わず叫ぶ。


「どっ、どういう意味!?」

「さぁな」

「っていうか危ないじゃない! いきなり撃ち込むとかどういうつもり!?」

「外したんだから良いだろ? 猫だましと一緒で派手な音が必要なんだよこの技」


 そうは言っても顔の数センチ横が綺麗に陥没しているのだ。もし手元が少しでも狂ったら私の顔がこうなっていたのである。あばばばば


「ほら行くぞ、ルカとも合流しないと」

「うわ、そうだ! ああぁぁ怒られるぅぅ!」

「ばーか」


 こちらをけなしながらも、どこか嬉しそうな彼に心が暖かくなる。その背中を追いかけるように駆け出しながら、私は口元がほころんで来るのを止められなかった。


 ***


 探していたルカと無事合流できたのは良かった。古美術品の売却をするため、一本離れた通りに行くことにも異存はない。ただ、二人に挟まれながら歩く私は多大なる問題を抱えていた。


(浮いてる……この二人に挟まれて私めちゃくちゃ浮いてる!)


 もしゃもしゃとパニーニによく似たパンを食べ歩きしながら、さりげなく歩調を緩める。先を歩く二人と間が広がっていく。その距離三十、四十、五十センチ――


「どうしました主様?」

「何やってんだ、置いてくぞ」


 ところがすかさず二人が振り返る。途端に周囲の女性たちから小さく歓声があがった。



「ねぇ、あの人たちカッコよくない?」

「ホントだ、声かけてみる?」

「でもあの女の子なに?」

「妹じゃない? 似てないけど」



 そう、丸一日側に居たから実感薄れてたけど、この二人めちゃくちゃ美形なのである。一挙一動が洗練された王子様のようなルカに多少ガラは悪いけど男前なラスプ。そしてその間に挟まれるようにして歩く平凡な私。


(うん! そりゃ振り返るわ!)


 こんな三人組が通りかかったら誰だって振り返る。私だって振り返る。イケメン二人を両脇にはべらせたあの地味女はなんなんだと。


「ご気分が優れませんか?」

「熱でもあんじゃねぇの」

(うわ、わぁぁ)


 やめてえええ、なんかさっきからあっちこっちの女の人たちから視線がグサグサと痛い! 刺さってる! 肩にやさしく触れるな! 額に手を置くな! 心配そうに覗き込んでくるな本当に熱が出そうです神さま!


 はっ、そうだ、ここは一つ小芝居を!


「い、卑しいわたくしにも言葉をかけて頂けるとは、ご主人様たちはなんとオ優シイノデショウー」

「何いってんだお前」

「ご主人様はあなたでしょう?」


 あぎゃーす! 『私は召使いですよ』作戦失敗! ご主人様とか呼び返されて周りがざわついてるしっ


「お願い離れて歩いて! せめてどっちか一人にして!」




 そんな私の強い要請もあり、一行は再び分かれて行動することになった。古美術品を売りに行くルカと別れ、護衛のラスプと一緒に洋服屋さんの前へと来る。私の当面の服を買うためだ。


 もちろんお城には先代魔王アキュイラ様が使っていた服があるのだけど、サイズが合わな――胸じゃない、胸だけじゃないから――合わないし、なんていうかデザインがゴシックというかやたらとビラビラしてて日用向きとは言えない。それにいくらなんでも下着までお古っていうのはさすがに抵抗あるし(繰り返すようだがサイズの問題ではない)今日の視察を機に一通りそろえることになったのだ。


「じゃあ何かあったら大声で叫べよ」


 ラスプはお店の入り口から少し離れたところで壁に寄りかかって待つみたいだ。店内は女の子ばっかりだし恥ずかしいのは分かる。けど


「ぷはっ」

「何だよ」


 その店の外で待つ様子が何だかコンビニの外で待ってるワンコを連想させて、思わず笑いがこみ上げる。言っても伝わらないと思うしきっと彼の性格を考えたら怒り出すに違いない。だから適当にごまかそうとしたのだけど、ふと何かを思い出したような顔でラスプはいきなりこんなことを言い出した。


「そうだ、お前帰ったら汚れ物出しとけよ。まとめて洗うから」

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