9.女の子なんだから、傷なんか作っちゃダメでしょ
服の汚れを払い落しながらルカがサラリと恐ろしいことを言う。その横で首をゴキゴキならしながらラスプもこう提案してきた。
「ゴブリンの肉はちと固いがよく煮込めば喰えない事もない。しばらくの食料確保だな」
「せっかくですから、トーナメント方式で戦わせて残った最後の一匹だけ生かしてやるとかどうでしょう? きっと愛憎入り乱れる面白いショーになりますよ」
「どこの独裁政治家!?」
恐怖で引きつるゴブリンたちを庇うようにバッと両手を広げる。
「ダメダメダメ! 彼らは生かすの! 絶対に殺させないからっ」
そんな夢でうなされそうなショーとか絶対ゴメンだし! ところがその時、異様な気配を感じて振り返る。
「うっ!?」
私を一心に見つめるのキラキラとした目・目・目……涙を浮かべたゴブリンたちが感動したかのようにこちらを見上げていたのだ。
「反逆を企てたオラたちを許して下さるとは……なんて心の広い魔王なんだ!」
「感激しただぁ!」
「僕たちスライムも絶対に見捨てなかった、魔王様すごいよ!」
「うぉぉぉん! 魔王様一生ついていきますううう!!」
「魔王様!」
「魔王様!!」
え、あれ、なんでこんなことに、なっちゃってるのかなぁ? 私はただ、平和的解決を目指してただけ、なんだけど
「アキラ様すっごいね! 一気にみんなの人気者だ!」
ライムが嬉しそうな笑顔で飛びついてくる。う、うん、意図したわけじゃないんだけど、ね?
「魔王様! 我らゴブリン軍、今後は命ある限り……いやこの命尽きようとも子々孫々おみゃー様のために尽くすことを誓うだよ!」
「いやいいよ、自分大切にしなよ……」
「なんとお優しいお言葉! ますます王の器にふさわしいだよー!」
ダメだ、これ何言っても好意的に変換されちゃうやつだ。宣言しておこう。逆ハーは要らないけど信者はもっと要らない!!
「そうと決まれば魔王城にキャンプ地を作るだよ!」
「おー!」
「僕らも手伝うよーっ」
「おう、さっきは悪かっただな」
「いいのいいの、今が良ければすべて良しってスライムの神さまの言葉があるんだよーっ」
さっきまで人質に取られてたスライムとゴブリン達が仲良く移動していく。でもまぁ仲良くなってくれたのは良かった、かな? 複雑ながらも苦笑しながら見送っていると、それまで戦闘に参加せず姿を消していたグリがふよっと降りて来て私のすぐ隣に立つ。彼はいつもの表情が読めない真顔で私にこんなことを訊ねてきた。
「この選択がどういう事だかわかってる? 彼らの命を預かったってことだよ」
「……そう、なるのかな」
「覚悟は、責任はあるの?」
厳しい言葉にグッと詰まる。だけど私だって軽い気持ちでスライム達の救出作戦を立てたわけじゃない。
「だって、こんな現状見せられて放っておけないもの」
手をギュッと握り込んで正直に打ち明ける。彼らの悲痛な叫びは本物だった。行き場を失くした魔族たちの為に、少しでも何かができるのであれば私は協力したい。
「それが私の前世のせいって言うなら尚更でしょ?」
身に覚えはないけれど、心のどこかで見捨てちゃいけないという気持ちがフツフツと湧きあがっている。これは無視しちゃいけない感情だ。
「どうやらすぐには帰れないみたいだし、それまでの間、少しでも魔族サイドの状況改善してみようかなって」
ここまで言った私はほんの少しだけ笑って誤魔化すように早口になった。
「なんて、建て前はカッコいい事言ってるけど少しでも味方が欲しいってのがホンネ。このままだと私、処刑コースまっしぐらみたいだし」
アハハなんて笑いながら打ち明けると、つられたようにグリもほんの少しだけ口の端をつり上げる。
(わ、真顔じゃないの初めてみた)
すごく綺麗な微笑みに思わず見とれていると、彼は私の頬にスッと手を伸ばして来た。途端にピリッと電流が走るような痛みが走る。
「痛っ!」
「女の子なんだから、傷なんか作っちゃダメでしょ」
あ、さっき石を投げられたところ掠ってたんだ。血は出てないみたいだけど触られるとちょっと痛い。ふいに左の頬がポゥッと温かくなる。続いてジグジグとむず痒いような、なんとも言えない感覚が傷痕を走る。
「んっ……」
グリの手が離れていき、自分でおそるおそる触ってみると何も無かったかのように傷は消えていた。
「え? もしかして治してくれたの? すごい!」
感動して思わず摩りまくる。治癒魔法? まさにファンタジー!?
「別に、そのくらいなら大したことないし」
「でもすごいよ、ありがとう!」
まだ感動が醒めなくて触りまくっていると、再び真顔に戻ったグリが口を開いた。
「あきらは人間なんだから、魔族領を出てそのまま人里で生きていくっていう選択肢もあるのに」
なんだろう、その響きはどこか思い詰めているような、そうしてくれと願っているような口調だった。
「でもそれ、こっちの世界に死ぬまで居るって事でしょ?」
こくりと頷いた死神に向かって、私はゆるぎない気持ちを自分にも言い聞かせるように口にした。
「それはだめ、私はルカを説得して絶対元の世界に帰して貰うんだから」
「……俺もあきらを元の世界に戻せるよって言ったら?」
「え」
唐突に切られたカードに一瞬思考が止まる。その情報を脳が理解した瞬間、私は目の前の白いコートに掴みかかっていた。
「お願い! 元の世界に帰してっ、それかせめてお母さんたちに連絡を――」
すがるように言うと、少しだけ目を開いたグリはフッと笑った。それは悲しそうな、どこか憐れむような視線で胸の奥をチリと焦がされる。
「……やっぱりダメ」
私の手を掴んで離させた彼は、そのまま城へと戻ってしまった。一人残された私はしばらくポカンとしていたのだけど、断られたのだと分かった瞬間やるせなさがこみ上げる。
「なんでーっ!」
もう居ない彼に叫んでも、声は虚しく響くだけだった。
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