10.異物混入!異物混入!

 とろふわの黄金色したオムレツ。つついたら揺れそうなほどつるんっとした白いゆで玉子。ピッチャーに入れられた牛乳とオレンジジュースが色鮮やかなコントラストで並んでいる。カリッと焼かれたトーストはふんわりと甘い匂いを振りまいて、挟まれたレタスとベーコンと共に舌先数センチへと……


「赤字です」


 幸せの塊へ今まさにかぶりつこうとした瞬間、暗い声がするものだから思わず口を開けた体勢のままでそちらを見やる。何十人も一気に食事ができるような長いテーブルで、斜め向かいの席に座っていたルカは深刻な顔をして顔の前で指を組んでいた。


「 赤 字 で す 」


 再度繰り返す彼を見つつぱくりと一口。もう一口。さらに一口。


 もぐもぐもぐもぐ

 もぐもぐもぐもぐ

 もぐもぐもぐもぐ

 もぐもぐもぐもぐ


「……主様、聞いてます?」

「ひいてふ」

「……」


 一瞬イケメンにあるまじき表情を浮かべたルカだったけど、気を取り直したのかキリッとした表情に戻った。


「これまでは城の古美術品などを少しずつ売ってやりくりしてきましたが、こうも大所帯になるとそれでは到底賄い切れません」

「ゴブリンとスライム達を養うってこと?」


 勝手に押しかけて来たのはあっちのような……と言外に匂わせると、援助ですよとルカは単刀直入に答えてくれた。


「彼らもこれから生活の基盤を作るため畑などを開きはするでしょうが、最初の収入はゼロ。抱え込んだ魔王様が当面の資金援助をするというのは自然の流れだと思います」


 口には出しませんが少なからず当てにしているでしょうね。と、彼は続ける。つまりここで見捨てれば人気はガタ落ち、魔王の評判もだだ下がりと言うわけだ。そうか、そう考えると軽々しく受け入れすぎちゃったかも……。


「今さら出て行けとも言えませんし、何より彼らの魔王様に対する忠誠心と熱意はかなり高いものがあります。魔王軍復興の足がかりとしてはこれ以上ない人材、逃がす手はありません」


 そこまで言ったルカは手を伸ばして血――ではなく、トマトジュースの入ったグラスを傾けた。


「仕方ありません、しばらくは城の美術品を一掃処分してまとまった資金を作りましょう」


 私も手を伸ばして爽やかなカナリアイエロー色のドリンクを口にする。わっ、スムージー? おしゃれ!


「で、一つご提案があるのですが」

「提案?」


 琥珀色のコンソメスープを引き寄せながら首を傾げる。グラスを揺すりながら目を細めたルカは鮮やかに微笑んだ。


「コストの一切掛からない、夢のような労働力を作りましょう」

「コストが掛からない……お金が要らないってこと?」

「金貨どころか燃料となるエネルギーすら要りません。主様、アンデッドをご存じですか?」


 その言葉に持っていたスプーンをぽとりと落とす。アンデッド、死んでない死体、生きる屍。


「まさかとは思うけど、ゾンビ?」

「そのまさかです」


 バッ! と、フォークを持ったまま腕をクロスさせて×を作る。


「ムリ! ホラー物苦手!」

「アキュイラ様が得意としていた技の一つに、死者蘇生法がありました。アンデッドを作り出す秘法を封じ込めた記憶……ライムに取ってこさせた小瓶がまさにそれです」

「聞いてる!?」


 ルカはコトンと例の小瓶を机に置く。って、あれ? 中身が空っぽなんだけど


「ま、まさか」

「えぇ、主様が乗り気ではないのを見越して今お召し上がりのそのスープ――」

「ブッ!」

「ではなく、先ほどお飲みのスムージーに混ぜておきました」

「手遅れーっ!」


 毒物でも放るように食器を投げ出すとすさまじい音が広間に鳴り響く。扉続きになってる厨房からラスプが飛び出して来て目を吊り上げた。


「あっ、てめぇオレの作った朝メシを!」

「異物混入! 異物混入!」

「思い出しましたか?」

「うっ」


 途端に軽いめまいのような、あの記憶の再現と同じような感覚が襲い来る。詳しく描写するのは控えるけど、それはそれは……もう……なんていうか……すごい『秘法』がドッと私の頭の中に流れ込んでくる。


「む、むり、吐きそ」

「お前なー、人の作ったモン喰って吐きそうって失礼だぞ」


 ぐえー、だって人が人で人のアレをそれして。口元を押さえながらラスプの差し出してくれた水を一気にあおる。少しはラクになったけど、これを得意としてたアキュイラ様っていったい……


「さぁ! Let'sネクロマンシー!」

「めっちゃ良い笑顔! 待った待った待った! 私、まだ納得してないからっ」


 慌てて制止をかけるとルカは「?」とクエスチョンマークを浮かべる。


「百歩譲って私が魔王の生まれ変わり『かも』しれないっていうのは認める。だけどまだ魔王がこの世界でどういう立ち位置なのか分かってないの」

「なるほど、世の中が限りなく平和で、例えば私が世界征服をするためだけに主様を騙して焚きつけてる可能性もゼロとは言い切れませんからね」


 お、おぅ……そうだよ、まさにその通りだよ。


「だからせめて勇者がホントに居て攻めて来てるのかどうかだけ確かめさせて、蘇生はその後!」


 ルカはしばらくその申し出に考えるそぶりを見せていたけど、ニコッと笑うと承諾してくれた。


「分かりました。では美術品の売却と必要な買い出しもある事ですし、一緒に人間領の王都へ出向きましょう」

「えっ」

「ラスプ、あなたにも同行をお願いします。魔王様の護衛、頼みましたよ」


 きょととした顔のラスプと目を合わせる。



 そんなこんなで、突発的にその日は王都へお出かけすることになった。魔王が人間領にって、それ大丈夫なの?

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