8.どうも、魔王です!
手すりから離れたルカは手を振りながら淡々とこう続けた。
「単細胞のあなた方に、貴重な軍資金を明け渡すなど言語道断。お引取り下さい」
「こ、コイツらがどうなっても良いのかぁっ!」
「残念ですが、全魔族の未来と彼らの命を天秤にかければ、ですね」
ルカは瞳いっぱいに涙をたたえたライムの頭を優しく撫で、諭すように言った。
「ライム、魔族の未来のために、彼らを見捨てる事を許してくれますか?」
「……」
その時、震えるだけだったスライム達がその場でぴょんぴょんと跳ね始めた。
「ライム様! 気にしないで!」
「ボクらみんなの未来の為なら喜んで死にますっ」
「みんなぁっ」
ボロボロと泣くライムを見て胸が締め付けられる。こんな、展開って
「ごめん、ごめんねぇ……っ」
「単細胞とバカにされるスライムですが、どうやらゴブリンより数万倍は賢いようですね。それに勇敢だ」
称えるようなルカの声にゴブリンたちがグッと詰まる。彼らのリーダーは近くの切り株にドッカと腰を降ろすとこう宣言した。
「あと五分だけ待ってやる! その間に考えが変わらねぇようなら本気でこいつら叩っ殺すからな!」
どうにかできないの? 私が本当に魔王様の生まれ変わりだっていうんなら、何か――!
「見てるのがつらいなら中に入ってろ」
「っ!」
心配そうに声をかけてきたラスプが肩に触れた瞬間、またしても記憶の再現が始まった。頭がツキンと痛んで、意識が過去に飛ぶ
『アキュイラー!どこいきやがったちくしょう!』
『ふふ』
ほくそ笑んだ『私』は隠れていた物陰から通路に飛び出る。あらぬ方向にかけていくラスプの後ろ姿を見送った後、壁の一部に手をかける――と、何の変哲もない壁がズズと押し込まれ秘密の通路が現れて……
「!」
パッと意識が戻る。あの場所って確か――
(ラスプ、頼みがあるの)
コソッと彼に耳打ちをすると彼は一瞬驚いたような顔をした後、ゴブリンたちにバレないように中へと引っ込んだ。そして私は手すりの側まで進み出て、震える少年の肩を優しく叩いた。
「ライム、大丈夫だよ」
「おねえちゃん?」
私の存在に初めて気づいたのか、緊迫したゴブリンたちがこちらを見上げて来る。うぅ、しかし人の視線ってこんなに刺さる物なの? 落ち着け私、すぅ、はぁ……よしっ
「どうも、魔王です!」
「……」
「……」
私の魔王宣言に、場は水を打ったように静まり返る。あれ、無反応? と、思った瞬間、何かが頬をかすめチリッとした痛みが走った。
「ふざけるなぁっ! こっちは真剣なんだど!」
「お前みたいなチンチクリンな魔王が居るかっ」
ちょっと! ちんちくりんとは失礼な! ギャーギャーと騒ぎ始めるゴブリンたちを見下ろしながら、私はダンッと足元を踏みしめ大げさに手を水平に振り切った。
「聞けーい! 確かに私は前の魔王と見た目は違うかもしれないけど、生まれ変わって戻ってきたの!」
念の為に言うが、私はその件を信じたわけじゃない。ただこの場合はどうしても彼らの注目を集める必要があった。
「あなた達の苦労、全部判るとは言えないけれど気持ちは伝わったわ!」
ゴブリンのリーダーがさっきまで腰掛けていた切り株がガタガタと揺れる。よし合図だっ
「ただそれで他の誰かを傷つけるのは、ぜったいにダメーッッ!」
私が叫ぶと同時に、切り株を押しのけてラスプが飛び出る。彼は目にも止まらぬ動きで凶器をはたき落としたかと思うと、素早くリーダーを後ろから羽交い絞めにしてナイフを押し当てた。
「全員動くな!」
「ヒッ!? どこから!」
彼が目くばせすると、固まっていたスライムたちは察したのかサササと逃げ出した。それを見届けてから赤毛の彼は困ったように頭を掻いた。
「まったく、こんな隠し通路があるなんて聞いてないぞ」
「警備隊長の名が聞いて呆れますね」
「うるせーっ、あんな入り口分かるか!」
拳を振り上げたラスプはリーダーをスッと離してしまう。って、あれ? なんで離しちゃうの!?
「この……っ、仕方ねぇ今度はコイツを人質にするど!」
あぁぁやっぱり! 作戦ではそのままリーダーを盾にここまで戻って来る予定だったのに! ところが敵陣まっただ中で囲まれて絶体絶命のラスプは、ニィッと歯茎までむき出しにして笑うと肩をグルグルと回し始めた。
「ちょうどいい、さいきん家事ばっかりでストレスが溜まってた所だ」
「かかれーっ!」
一斉に飛び掛かってきたゴブリンの群れを見上げていたラスプが、フッと消えた。
「え――」
ゴブリン達の間を紅い閃光が駆け抜けたかと思うと、数十匹がボトボトと落ちていた。速っ!? 少し離れた位置に風を巻き起こして現れたライカンスロープは、中指をビッと突き立てたかと思うとガラも悪く挑発を仕掛けた。
「まとめてかかってこいやブタ共ぁぁ!!」
それにまともに乗ったゴブリン達が飛び掛かり、戦闘が始まってしまう。な、なんでこんなことに……
「やれやれ、仕方のない特攻隊長さんだ」
「わぁーい、ボクもボクもーっ」
「え、あの?」
両脇からルカとライムが手すりにパッと飛び乗る。止める間もなく彼らは下の乱戦へと自ら飛び込んで行ってしまった。ハッと我に返った私は何とか一言だけ叫ぶ。
「殺しちゃダメだからねーっ!!」
魔族全般が恐ろしく喧嘩っ早いのだと言うのを、私はここで初めて学んだ。……頼むから仲良くしようよ!
***
数分後、あれだけ大暴れしていたゴブリンたちはまとめて一人残らず縛り上げられていた。言いつけはちゃんと守ってくれたみたいで、死んでるのは居なかったけど鼻血を出したりうめいたりしてなんとも阿鼻叫喚な光景だ。
「さて、こいつらをどう処刑しましょうか主様」
「しょっ……」
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