185 厄介な客人






突然、リンゲンのわたしの元にやってきた、ルーナリィ。


何をしにきたかと問い詰めれば、わたしが次の魔王になるかも知れないから気をつけろという。


どういうことだか、まったくわからない。キーワードは、『大いなる魂の流れが、次の周期に入った』ということらしいけれど・・・。


この女に説明を求めれば、専門的な話になって止まらないとはわかっていたけれど、聞くしかなかったので、聞いた。


ルーナリィは、以前のように二重人格性を発揮し、マッド・サイエンティストモードになって、早口で切れ目なく滔々と語る。


二重人格そのものだわ、これ。


そんな彼女の説明によれば、この世界は大きな魂の流れで成り立っていて、生を謳歌する魂の流れと、魂が分解されて魂力だけになる流れが還流しているらしい。その大いなる流れに、定期的に淀みができて、それが勇者と魔王を生むちからになるらしいんだけれど・・・。


わたしは聞いたことがない説だし、話が難しすぎる。王都の学者ならわかるのかしら。


それに、わたしが聞きたいのは、『魔王にならないための方法』だ。それだけを聞かせてもらいたい。


その旨を提案したとき、ルーナリィは黒板に書いて説明するかわりに、魔法で空中にところどこのキーワードとなる文章を浮かべ、魂力の輝きで描いた図表を壁一面に並べていた。


わたしに向けてわかりやすく、というよりは、自分の思考の整理のためのメモ書きみたいなもの。


文章は長すぎたり、キーワードに丸だけつけられていて、本人以外には理解できない類のものだ。


わたしの提案に対して、ルーナリィは、マッド・サイエンティストモードの口調のまま、わかりやすく憤慨した。


「君はいったい何を言っているんだ。勇者と魔王が対の存在であり、魔王が存在しなくなれば勇者のちからもまた無存在といえるほどに弱まる、しかし逆に勇者がいなくなっても魔王はいなくならない、それどころか勇者は何度も復活するーー。この両者は対でありながら非対称性を持つ不思議さ、この命題について、世界の構築原理の視点か説き起こす貴重な論説を披露してやろうというのだぞ、この私が?!」


んあー・・・。


マッド・サイエンティストの扱いは厄介だわ・・・。途中で遮ると怒って教えて貰えなさそうだし、でも時間はないし・・・。


えい面倒だわ。事情をそのまま伝えてみよう。


「決して貴女の論説を軽んじるわけじゃないわ。でも・・・このあと、人と会う約束があって、わたしにあまり時間がないの。申し訳ないとは思うのだけれど・・・」


わたしが下手したてに出ると、ルーナリィはふんと息を吐く。


「神性は細部に宿る。詳細から起原へと視線を運び、すべてを俯瞰し掌握してようやく真理に到達できる。それがこの世界というものなのだ。真に価値あるものがなにか、わからぬとはな。これが我が娘とは・・・残念なことだ」


そう言ってルーナリィはやれやれの仕草。


かっちーん。


ルーナリィにそれをやられると、他の人にやられるのの5倍増しで頭に来る。けれど、これまで鍛えた令嬢力で、わたしはどうにか表情は取り繕う。


「ほっ・・・ほほほ・・・! そこは本当に申し訳ありませんわ・・・。でも面会予約なく急に来られたのですもの。こちらにも事情がありましてよ。もしよければ、日を改めていただくことはできますかしら?」


「ふむ。確かにこちらの都合のみを優先させていることは考慮に値するか。だが『楽園』の神、最後の1柱の活動が最近活発でな。その監視と調律者の戦力増強に忙しいのだ。今日のこの時間も、予定外に空いた空白の時間を利用していてな」


ルーナリィの失礼すぎる発言にも、怒りをこらえて対応したことが功を奏したのか、ルーナリィは意外にもこちらに歩み寄る姿勢をみせてきた。


では要点だけーー、とルーナリィは言って再び説明を始めた。


しかしやっぱり、本題に入るまでが長い。


これはもう、学者肌の習性かしら。しばらく聞くふりをしながら聞き流す。勇者と魔王のちからは対であり、魔王が欠けると勇者のちからは弱まるという話は気にはなった。


そして、ようやく話が関係のありそうなところまできた。


ルーナリィが言う。


「魔王候補同士が相争い、勝ち残った一番強いものに、『魔王のちから』が受け渡される」


知ってる。魔王トーナメントのことね。


この魔王トーナメントが、まもなく始まる、ということは、前段の長い長い説明から、なんとか理解している。


「だが、『勇者のちから』が受け渡しに場所を選ばないのに対し、『魔王のちから』は場所が指定される。その指定される場所というのが、魔王城だ」


魔王城。その言葉を、ルーナリィは繰り返す。ちなみに、勇者は心が強く純粋なものが選ばれる傾向があるのだそうだ。


「魔王領に存在する魔王の城。そこで魔王のちからの受け渡しがなされ、代々の魔王が誕生するのだ」




■□■





魔王城で、魔王になる。魔王城に行かなければ、魔王にならない。


魔王になるための最後の鍵が、魔王城ということ?


「魔王城という建物に特別なことがあるわけではない。『魔王のちから』を受け渡すのため、『大いなる流れ』からの魂力の通り道が定められているのだ。その通り道の終着地、固定された位置座標が、魔王城のある場所なのだ」


ふうむ。なら簡単な話だ。


わたしが何があっても魔王城に近づかなければいいのだ。それで魔王になるのを避けられる。


幸い、わたしに魔王城に行く用事などない。


「だが過去の記録を確認すると、ときに魔王候補者が魔王城にさせられたことがあった。これは魔王になるための強い器を持つ候補者が不足していたという状況を予想させるがーー、もうひとつの事実をも示唆している。候補たちを強制転移させた者がいるということは、魔王を誕生させるために勝ち抜き戦が確実に行われるよう、『管理者』が存在するということだ」


なにか不吉な話を聞いた気がする。


この世界に魔王トーナメントの管理者が居て、その管理者は、魔王城に候補者を強制的に集めることができる。


そして、いまのルーナリィの話から察するに、強制転移がどんな方法で、管理者が誰なのか、わかっていないのでは・・・?


「ちなみに、私のときは、候補者を倒しているうちに『導きの光』が出たので、それに従って魔王城まで移動し、『魔王のちから』を授かっている」


ルーナリィが魔王になったときの話か・・・。これは経験者の話だから、まず間違いのないことね。


わたしが考えをまとめているうちに、ルーナリィは話を進める。


「つまり、『魔王城に候補者たちを強制転移させ、魔王を選ぶ』というのは、候補者が揃わないときのための、『予備の仕組み』だと私は結論づけている」


なるほど・・・。つまり、次の魔王になりたい候補者がたくさんがいて、魔王トーナメントが順当に行われていれば、強制転移はない。わたしが次の魔王に選ばれることはなく、安心。


けれど、魔王トーナメントがしっかり行われなかった場合、わたしが魔王城に強制転移されてしまう可能性があるってこと。


強制転移されるを避けたいけれど、強制転移の方法や、管理者が誰かわからないから、防ぎ方がわからない。


一抹の不安は残るもの、要するに、次の魔王になりたい人たちが、魔王トーナメントを頑張ってくれれば問題ないわけね。万が一、強制転移させられたら、とりあえず全力で逃げよう。


まあ、まだまだ強いモンスターは各地に残っていそうだし、きっとだいじょうぶ。たぶん。


わたしがうんうんと頷いていると、ルーナリィは話題を変えた。


「理解できたようだな。なら、逆に聞いておきたいことがあるのだが、いいか?」


「・・・なにかしら?」


重い話のあとの話題転換。本来なら歓迎すべきなんだろうけれど、ルーナリィの場合は、厄介なことになる予感しかしない。


「最近王都で『精霊環』が開発されただろう? これは、『精霊王』の復活が近いことと関係しているのか?」


『精霊環』? 『精霊王』? また新しいワードが・・・!


「知らないわ」


いやほんと、全然知らない。なのでそう正直に答えた。


ただでさえオーバーフローを起こしている情報に、さらに新しい情報を足さないで欲しい。


答えながら、わたしが思わず額を押さえると、ルーナリィは、


「500年前に一度滅び、姿を消した精霊王。かの魂が大いなる流れをめぐり、再びこの世界に顕現する周期が来ただけのことだが・・・。昔は争いを好まない良い王だったらしいが、昔と今では、人間の世界がだいぶ違うからな。異文化同士の衝突コリジョンだ。どういうことになるか、大変に興味がある。何か情報があれば教えてもらいたいと思ってな」


わたしは精霊王自体を知らないーー500年前の存在だから当然だーーけれど、それは学者肌のルーナリィの興味を引く出来事なのだろう。黒曜石の瞳をらんらんと輝かせている。


「それでな。『封霊環』は、精霊の魂力を乱し、無力化するための鎖のようなものだ。王都の王城で現物を私は見た。かなり高性能だったぞ」


「王城で・・・?」ルーナリィの言葉を聞き、わたしはいぶかる。「それって、王城に忍び込んだってこと・・・? 法に触れることをしたんじゃないでしょうね?!」


「われわれ調律者は、超法規的存在だ。我々を縛れる法なんてない。それに、封霊環をじっくりみたのは、王城ではなく、王都にある別の大貴族の屋敷で、大量にあった在庫を拝借したときだ」


「拝借って、それって・・・! 超法規的存在って、王様に認められたわけじゃなくて、自分で勝手に言ってるだけでしょう?」


「解析後、ちゃんと返した。問題ない」


わたしが問い詰めると、ルーナリィはぷいとそっぽを向いてうそぶいた。


続けて問い詰めようとすると、ルーナリィの足元から、魂力を帯びた黒い霧が湧き出てくる。


「そういえば貴女は、いまは為政者だったな。まあ、今日のところは退散しよう」


転移のための闇渡りだ。転移に巻き込まれないように、わたしは距離を取らざるを得ない。


「ちょっと! 言うだけ言って帰る気?」


「ちょっと長居しすぎたからぁ。そろそろお暇させてもらうわぁ」


ルーナリィの口調が変わった。


マッド・サイエンティストモードから、通常モードに切り替わったらしい。


「隠れ家に届く手紙は、受け取っているわよぉ。毎回すぐに読む、ってわけにはいかないけれどぉ、ちゃんと目は通しているからぁ」


「だったら、返事ぐらい寄越しなさいよ!」


「私、筆まめじゃなくってぇ。まあ、今度、貴女が手紙で書いていた無属性魔法について送ってあげるからぁ。じゃあ、ごちそうさま〜」


闇の霧が広がり、ルーナリィの体を包み・・・


そして、霧はすぐに霧散し、彼女の姿もまた、消えていた。


「・・・ごちそうさま?」


突然出てきた言葉にとても嫌な予感がして。


わたしは執務室の自分の机に駆け寄る。


そこには、明らかに食べ終えたあとの食器が。


わたしはがっくりとあやうく膝から崩れ落ちるところを、机の縁をつかんでなんとか耐える。


「わ、わたしのクリームマシマシのガレットが・・・」


きれいさっぱり無くなっていた。仕事の疲れを吹き飛ばしてくれる、貴重な癒やしが。


ううう、おのれぇ。あいつマジ魔王・・・。許すまじ・・・!









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