153 魔法戦、そのとなりで







大量の水と暴力に融けて砕けて引っ掻き回された大地だ。


足場は悪いのはわかっている。


それでもわたしがルーナリィに向けて踏み込むと同時に、ルーナリィもわたしに向けて踏み込んで来ていた。


ルーナリィは高レベルといえど、職種としては魔法師のはずだけど、何故か接近戦を好む癖が見える。勝機のある土俵に向こうから来てくれるなら大助かりだ。


わたしは身体強化の魔法を併用しつつ、硬そうな地面を蹴って一足飛びにルーナリィに近づきーーそして直角に曲がりつつ、すり抜ける動きをする。


そのすり抜けざま、わたしの詠唱紋が一回転して魔法が完成する。


「黒色魔法 黒槍ーー形態『突撃騎兵』ーー九十一連・連環陣」


黒いドレスの女の周囲を、突撃騎兵を模した黒色魂力の人形が幾重にも取り囲む。七体一組の十二の円環陣。魔法体なので重力にとらわれない。そして簡単な意志も持つ。


突撃シェルシェ!」


魔法兵人形を突撃させると同時に、内側の四十体ほどが一瞬で蒸発するように消えた。何をしたかはわからないけれど、ルーナリィの反撃によるものなのは明白だ。


だからすべての魔法兵人形を突撃させずに、およそ半分を外縁で待機させておいたのだ。


再突撃ドゥヌボ!」


わたしは距離を取りつつ、腕を一振り。


今度の攻撃は、消されることははない。30体ほどの槍が、全方位からルーナリィが出現させた防護膜に突き刺さる。


けれど、どの槍もその薄い防護膜を貫けないーー。そしてここまでは予想どおりだ。


わたしは続けて、用意していた魔法を発動させる。


「混色魔法 光輝百炎ーー連恋々々折弾」


自分の魔法を極限まで圧縮する。魔法は圧縮すればするほど、威力が高まる。格上と戦うには必須の技術だ。


わたしは折り紙を何度も半折にする要領で、魔法を円筒形に圧縮する。ほんの親指の先ほどの大きさまで。


射出アンジェクト!」


魔法兵人形の合間を縫って、思いっきり圧縮した魔法の弾丸を、ルーナリィの防護膜にぶつける。


全方位を守っていたら、一点への攻撃にもろくなるでしょ?


そして爆発とともに、白い輝く火柱が立ちのぼった。


もうもうとあがる煙、思ったよりも大きく広がった魔法の炎を見て、わたしはさっきの一撃すら、ルーナリィの防護膜を貫けなかったことを知る。火柱はもっと絞られて高温になるべきものだったのに、防護膜を貫けずに外側で爆発した分、炎が外側に広がってしまっている。


そして、わたしはぞくりとしたものを背後に感じて、本能のままに前に向かって飛び込むように転がった。いつの間にかルーナリィが背後に立っていた。そしてわたしが居た場所を、死神の黒鎌が通り抜けていくのを見た。


「頭に来るわねぇ・・・いまの、普通に本気じゃないの・・・。飼い犬に手を噛まれるって、こういう気分かしら」


ぎらり、とルーナリィの黒曜石の瞳が、魔法の白い炎柱の輝きを反射して光る。


「これからするのは『しつけ』だけど・・・初めてだから、ちょっと力加減を間違っちゃうかも知れないわねぇ・・・」


胴を切断しに来ておいて、ちから加減もなにもあったもんじゃないでしょ。


「ごめんあそばせ。こちらもちから加減がわからないの。なにせ、外道に落ちた色惚け親を矯正するのは、初めてなので」


立ち上がったわたしは頬に手を当て、お嬢様を取り繕って困った顔をして挑発してみせる。効果はてきめんで、ルーナリィは犬歯をむき出しにぎりぎりと歯を鳴らす。


ルーナリィは、黒の大鎌を大ぶりに構えて飛び込んでくる。


わたしはそれには付き合わず、バックステップを繰り返して距離を取り、そして魔法を発動する。


近距離戦がしたいのはわかるし、苦手なはずのこの距離でもわたしは分が悪そうだ。でも、中距離戦ならどうかしら?


「黒色魔法ーー『黒翼』 十六連」


ぶわりとわたしの背から八対の十六枚の黒色の翼が現れる。


二枚を使ってルーナリィの黒鎌の大ぶりを、軌道をそらすことでさばいてーー、それだけで二枚が消えてしまったけれどーー、残りの翼で上から叩き潰すようにして振り下ろす!


ルーナリィは最初は盾で防いだけれど、わたしの手数が多いと見て、やはり全身防御の防護膜に切り替えた。黒翼の一撃では、盾どころか防護膜は砕けない。それはわかっている。


でも、一撃で砕けないなら、砕けるまで撃ち込むまでよ!


防御膜を張って防御態勢になったルーナリィ。逃さずにこの上から叩いて叩いて圧し潰してあげる!





■□■





そこは結界の外だというのに、凄まじい破壊音が響いている。結界というものは力も漏らさないし、音も光も減衰させるもののはずなのだが。


つまりずっと続いているこの破壊の音は、常識外れのものなのだと、銀髪の少女は肩をすくめて理解した。


隣を見やれば、一緒についてきた巨大黒狼は相変わらず沈黙している。必要なこと以外はしゃべらないぞという強い意志を感じて、銀髪の少女は言いかけた言葉を飲み込んだ。


どうせ無駄口なのだから、喋っても喋らなくても事態は変わらないのだが、気分は変わる。そして長い時間を生きる精霊にとって、気分というものは大事だ。長い寿命をどれだけ良い気分で過ごせるかという問題において。


だからーーというほど考えたわけではなかったけれど、結界の外で腰をおろしている男の隣に座ったのは、話し相手が欲しかった、という理由が大きい。


爆風かなにかで乾ききった細泥は、足で踏めば割れて砂になる。そんなところに腰をおろせば服が汚れるのは当たり前なのだけれど、これだけの破壊のあとでは、些末のことだ。


夜中に銀髪の少女のあるじが見当たらなくなり、探してみれば離れたところで戦いの気配がする。これはと思って追ってきてみれば、予想どおりにあるじは弩級ド派手な魔法戦を演じていた。


魔王との戦いとそう変わることのない、規模の魔法とそれに伴う破壊。相変わらず力のたがが外れたような戦いだが、そんなものが眼の前で繰り広げられているのに、微笑を浮かべている隣の白外套の男は、銀髪の侍女服の少女ーーサフィリアにもさすがに奇異に映った。


とはいえ、白外套の男が、サフィリアのあるじの関係者であることは間違いない。話を聞いておくべきだと彼女は思ったが、さて。


なにから話そうかのう。


完全にノープランだったサフィリアは、男の隣に腰をおろしてから考え始めた。


まあ、こういうときは、男子をのこ(をのこ)が主導すべきじゃろ。


そんな結論に彼女は達し、しばらく待っていると、案の定向こうから話しかけてきた。


「やあ。月の綺麗な良い夜だね」


大破壊行為を前にして、まるで月見でもしていたかのように語る男は、なかなかに尋常な感性ではない。さすが我があるじの関係者だとサフィリアは重ねて思った。


「魔王との戦いでは、大活躍だったね。君だろう? この一帯から水を噴き上げたのは」


なぜわかる、とはサフィリアは思わなかった。むしろ、そりゃあわかるじゃろと思った。あのとき地面から爆発させて吹き上げさせた水は、多かれ少なかれ、サフィリアの魂力を帯びていたのだから。


「そうじゃ。地層に水を這わせるように、慎重に方向を定めて掘り進めながら水を広げる必要があるのじゃぞ。あんな難事、わらわでなければできんわ」


「そうだね。水精霊のなかでも、とりわけ素晴らしい水魔法の専門家イクスパートだ」


ははっと笑う白外套の男。あの死戦を本当になにげない日常会話のように話す。調子が狂うわいーーと水精霊の少女は思う。


「で、そなたは何者なのじゃ? 以前に会ったと思うが、あるじさまからは細かいことも教えてもらっておらんでのう」


「あー。そうだね。細かいことは、これまで僕らもあのに教えていなかったからね。それはそうだ」


「前はどでかい兵士と戦い、今回は。調律者というものは、精霊のなかでもごく一部しか知らんことじゃ。なぜあるじさまに関わる? あるじさまを調律者の仲間に入れる意図でもあるのかの?」


気になっていたことを、サフィリアはずばり聞いた。いろいろと腹芸は苦手だ。思いついたことをとにかく聞いたほうがいい。


サフィリアの言葉を聞いて、白外套の男は紺色の瞳をきょとんとさせて、そして自身の髪をわしわしとかき回した。


「そうか。君は、『変えてない側』か」


「? なんのことじゃ?」


「いやいや、『後始末』は僕の担当じゃなくてね。誰の記憶を変えているのかわからないから、誰に何を話すべきかが難しくてね。つい、話がまわりくどくなってしまう」


「そうじゃのう。まわりくどいのはその通りかの」


「ごめんごめん。質問に答えようか・・・そっちの狼くんも、興味があるなら、もっと近くで話を聞くと良い。ふたりとも、リュミフォンセのお友達ということでよかったかな?」


「お友達・・・というか、しもべじゃな。主従契約を結んでおる」


「うんうんそうか。あっ、しまったな。こんなことになるなら、お茶のひとつでも用意してくるんだった・・・娘のしもべにお茶のひとつも振る舞えないのは、親としての体面が悪いよね?」


「いやお茶とかそういうのは別に良いのじゃが・・・。親じゃと? いま、親と言ったか? ぬしどのは、あるじさまの父親なのか? あんまり人の話を聞かんのは、ひょっとして血筋なのかや・・・?」









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